26,真実を明らかにするために(side:閣下)
俺は屋根裏部屋で通信用の魔導具を使い、声を潜めながら留置局の担当官に指示を出した。
「警巡察局へ増援要請を頼む。レニエラ・プラーシルだけでなく、プラーシル家そのものの捜査が必要そうだ。悟られぬよう屋敷を包囲し、待機してくれ」
『承知いたしました。包囲であれば、規定の十二名でよいでしょうか?』
「……もし屋敷内を制圧する事態になれば、五人だと心許ないか。動ける者がいるなら、追加で四人増援がほしいところだな」
『では、警士十六名以上で要請し、現場に向かわせます』
通信司令室にベテランの担当官を置いてきたのは正解だったな。話が早くて助かる。
「あと……そうだな。マーレイン担当官に、レニエラ・プラーシルを屋敷に連れてくるよう伝えてくれ」
『承知しました。他に何かございますか?』
「……レニエラ・プラーシルは、冤罪かつ被害者だった可能性が出てきた。マーレイン担当官に任せれば問題ないと思うが、増援の警士と向かってくるようであれば、対応にはくれぐれも注意するよう、警巡察局に伝えてくれ」
『承りました。伝えておきます』
通信を切り、ふぅと息を吐く。
緻密な捜査は出来ていないが、おおよそ予想は付いた。増援が到着する前に勘付かれて、奴らを逃がすわけにはいかない。俺は、未だ顔色の悪い担当官を引き連れ、急いで元いた偽の部屋へ戻った。
魔力痕跡から察するに、レニエラ嬢の本当の部屋はあの屋根裏部屋なのだろう。
机に積まれていた、当主が対応するような書類や資料。その中から確認出来た“インツ・プラーシル”の署名。血が滲むほど使い古された羽根ペン。
その上、使用人の服にもくっきりと残っていた彼女の痕跡――。
つまり彼女は、あの部屋で当主としての仕事をこなしながら、使用人の仕事もしていたのではないだろうか。
クマの濃い不健康そうな顔に、あまりにも細すぎる体。令嬢らしからぬ荒れた手。十七時間も寝入り、すっぽかした取り調べ。衣服に頓着しない振舞い。いつも残されている食事。部屋に文句を言うことも、浴室の使い方を聞くこともない姿勢。暇だからと暴れることなく、本が読みたいというささやかな願い。
それらが全て繋がっていく。
――あなたはわたくしの言葉を聞いてくださるのですか?
もしこの予想が真実なのだとしたら、彼女のあの一言にはどれほどの重みがあったのか。想像するだけで握りしめた手が震えた。
「か、閣下……。あそこは、一体……」
「……俺とお前が今抱いている憶測は、そう変わらんだろう。それを確証に変えるのが、我々の役目だ」
暫くすると、魔導具の魔石が仄かに光った。
『警騎士警巡察局、犯罪捜査部部長エボルド・リーグルです。総勢二十名、間もなく到着します。また、マーレイン担当官とレニエラ・プラーシルには別途護衛を付け、馬車で向かわせています』
十六名以上とは聞いていたが……予定より四人も多く、しかも部長自ら来たのか。レニエラ嬢の護衛まで用意して。
……そういえば前回の捕縛で、警士が彼女に非道な態度を取っていたと、あちらの局長に連絡したな。その失態を挽回したいのだろう。
「よし。四人を屋敷の入口に待機させてくれ。残りはいつものように、屋敷の四隅に配置。準備が整い次第、展開してくれ。もし逃亡者を見付けた場合は即確保してかまわない」
『はっ!』
それから偽の部屋を出た俺達は、使用人に玄関口へ案内させた。「部屋の物が多すぎたため、増援を頼んだ」と言って。
合流した者達は、警士を示す紋章が刺繍された帽子や腕章を外し、入口で待機してくれていた。おかげで使用人達は彼らを担当官の増員と認識したようだ。
彼らと共に、一階の来客室へ向かう。扉を見張っていた担当官二人も引き連れ、来客室の中へ入る。
そこでは楽しそうにはしゃぐ義姉が、紳士的な笑顔を貼り付けたトマーシュと話をしていた。あぁ……絶対に怒っているだろう、あれは。
「まぁ、ファルスキー閣下!レニエラの部屋の調査はいかがです?こちらでお茶でも飲んで、少し休憩なさいませんか?」
義姉はパタパタと跳ねるように近付いてきて、俺の腕に手を伸ばしてきた。
それをサッと振り払い、後ろの警士達に視線で合図する。増援の四人はそれぞれ出入り口や窓際へ立ち、逃げ道を奪う。
ただならぬ空気を察したのか、慌ててインツ殿が立ち上がった。夫人も慌てて窓や扉に目を向けたが、既に警士が立ち塞がっている。
その上、トマーシュや俺、担当官達もいるのだ。二人とも身動きが取れないながらも、何とか逃げられないかと視線だけを右往左往させている。
「な、なに?一体どうしたの……?」
「……」
義姉は何も分かっていないのか、困った表情で首を傾げ、弟は静かにソファに座ったまま、小さく息を吐いた。
壁に控えた老執事は、やつれた表情ながら目をぎらつかせ、他の使用人達は目を見開いて息を潜めている。
そんな彼らをトマーシュが冷ややかな視線でぐるりと見渡し、インツ殿にソファへ座るように命じた。
「閣下が何かを見付けたようですね。お座りください。あなた達には捜査に協力していただきますよ」
「な、何を……」
そのタイミングで通信が入った。
『閣下、準備が整いました』
「よし。起動しろ」
俺の合図とともに、屋敷を囲ませた警士達に逃走防止の魔導具を展開させる。
屋敷の四隅を取り囲んで魔導具を展開するため、魔導具の起動とその警護のため各箇所二人ずつの計八人、四隅の間を監視する者を四人。合わせて十二人が包囲制圧時の規定数なのだ。
「この屋敷は警騎士により包囲されている。無駄な抵抗はやめるのだな」
「包囲ですと!?我々は被害者ですぞ!?」
逃げ出そうとしていたのだから、悪事を働いていた自覚があるだろうに。認めるつもりのなさそうなインツ殿に冷ややかな視線を向けながら、俺はトマーシュに声をかけた。
「トマーシュ。俺と同行していた担当官に案内させ、“部屋”を確認してこい」
「……私が離席しても宜しいのですか?」
「増援もいるから人は足りている。俺だけでなく、お前も見ておいた方がいい」
「分かりました。行ってまいります」
彼らの相手から解放されると思ってか、あからさまにトマーシュの表情が明るくなった。しかし、案内をさせられる担当官の顔色は未だに悪い。温度の全く違う二人は、来客室を出て行った。
俺は、先程までトマーシュが座っていたソファにどかりと腰かけ、腕を組んだ。正面に座る四人は身を寄せ合い、特にインツ殿の顔色は悪かった。
「さて、我ら警騎士には真実を詳らかにする責務がある。インツ殿の義娘が案内した部屋は、レニエラ・プラーシルの部屋で間違いないのだろうな?」
「……ら、ラウラ?お前は閣下をレニエラの部屋へ案内したのだろう?」
「はい。私は間違いなく、レニエラの部屋にお連れしましたよ」
義姉は、躊躇いなく自信を持ってそう言い切った。その表情はきょとんとしており、嘘を付いていなさそうに見える。
何人かの担当官は、俺に不安げな視線を向けてきた。自分達の勘違いではないか――と言いたげな目で。
「なるほど、今の言い方では中途半端か。例えば当主の部屋に案内しろと言って、その先が執務室でもプライベートな部屋でも、当主の部屋に違いないからな」
「……ファルスキー様は何をおっしゃっているのですか?」
「ならば言い直そう。あそこは“レニエラ・プラーシルが寝起きし、普段生活していた部屋”か?」
俺の言葉を聞いて、インツ殿や夫人の視線がみるみる下がっていく。俺が何かに気付いていると分かっているのだろう。
だが、義姉はまだニコニコと笑っている。
「それ以外に何があるんですか……?だって、レニエラは夜な夜な遊び歩いていましたから。普段どの部屋で寝起きしていたかなんて、きちんと把握していませんよ」
「じゃあ、あの部屋は何なんだ?」
「レニエラが身支度をするための部屋です。噂をご存知でしょう?殿方と一夜を過ごして帰ってくるのが普通でしたから……自室で寝ていなくたって、ねぇ?」
口元を手で覆い、言葉を濁したふりをする。しかし、誤魔化したいのなら、そこまで明確に語る必要などない。
――「帰ってこない噂はご存知でしょう?」
それだけでいいはずだ。本人は意図していないのかもしれないが、義姉の言葉からはレニエラ嬢を貶めたい感情が滲み出ている。
「身支度をするためだけに、あんな豪華なベッドやソファがあると?」
「レニエラは煌びやかなものが好きで、散財が趣味のような子ですから。私は知りませんけれど、部屋にいる時は優雅に寛いでいたんじゃないですか?」
使用人と同じく、当然のように告げられた「知りません」に、俺は口の端を上げた。
「ふっ。それにしては、その立派なベッドやソファには、彼女の痕跡が一切なかったがな?」
「……」
鼻で笑うと、笑顔のまま義姉の顔が硬直した。しかし、表情を取り繕うことに必死で、膝の上の手を無意識に握りしめているようだ。
――俺はそれを、視線だけで確認していた。
お読みくださり、ありがとうございます。
ルドヴィークがようやく見付けた“わたくしの部屋”。
レニエラがどんな暮らしをしていたのかが明らかになり始める中、ルドヴィークとプラーシル家の者達との直接対決がついに幕を開ける――!
プラーシル家は何を隠しているのか。
アマン・オルドラークを殺害した犯人は誰なのか。
そして……間もなく屋敷に到着するレニエラは、この光景を目の当たりにして何を語るのか。
来週もお楽しみに!




