25,わたくしにとっての部屋
格子の嵌められた窓からでも、外を眺められ、日の光が差し込むというのは実に心地がいいですわね。
温かな日差しを浴びながら、歌ったり読書をしたり。こうして無為な時間を過ごすのは、なんて楽なのでしょう。
わたくしは瞼を閉じ、ぼんやりと我が家へ向かった閣下や担当官達を思い浮かべます。
彼らが案内されるのはどうせ偽の部屋でしょうから、あまり期待を抱いてはいけません。
戻って来た彼らの――まっすぐこちらを見る閣下の目が、侮蔑の色に変わっている可能性だって高いのですから。
――そう考えてしまう思考そのものが、期待を抱いていることに他ならないのでしょうけれど。わたくしは気付かぬフリをしました。
わたくしの母は、プラーシル家の当主でした。
この国では、後継は男であることよりも血筋が優先されます。ですから、兄弟のいなかった母が当主を継ぎました。
母は昔から、領民を心から思う優しい人だった……らしいのです。
ですが、わたくしは知らないのです。そんな母の姿など。
屋根裏部屋でヒューヒューと細い息を吐き、虚ろな瞳で天井を見ている。美しかった髪を失い、枯れ木のような骨と皮だけの体。
――それが、わたくしの目に焼き付いて離れない、母の姿なんですもの。
父と母は、よくある政略結婚でした。
母の両親……わたくしからすれば祖父母が、一緒に旅行に出かけていた際、不幸に見舞われて帰らぬ人となってしまいました。
亡くなった両親が決めていた婚約だからと、母は父と結婚。
父は子爵家の次男で、伯爵家の一員になれたことを大いに喜んだようです。
しかし、あくまで当主は母。父は伯爵家の婿です。屋敷の者達は、父よりも母の言葉に従いました。
母は父との距離を縮めようと、初めは努力したらしいのです。けれど、子爵家で長兄のスペアとして育てられたにしては学がなく、補佐を頼んでも碌に仕事の出来なかった、口先ばかりの父。
その姿を見て、母は早々に父を見限ったと聞きました。突然降ってきた当主としての重圧や膨大な執務の量を考えると、母も父を気遣う余裕がなかったのでしょう。
居心地が悪くなった父は、次第に屋敷に帰って来なくなりました。
執事に調べさせると、母との婚約前に恋仲だったという元男爵令嬢と密会していることが分かったようです。
結婚してすぐわたくしを産んだ母からすれば、本来であればもう数人子供がほしかったはず。
しかし、夫は別の女の所に入り浸り、帰って来ません。
そこで母は、手づからわたくしを育ててくれたと教えてもらいました。いずれ伯爵位を継ぐのはわたくしになるだろうから、この子だけは大切に守らなければと口にしていたそうです。
――その生活が変わり始めたのは、わたくしがおよそ一歳半の頃。父が度々屋敷に戻って来るようになってからでした。
とはいえ、家の仕事や母の補佐は出来ないまま。ただ優雅にお茶を飲んでいるだけだったようですが、時折母に差し入れを贈るようになったそうです。
もしかしたら愛人との仲が上手くいっていないから、こちらに擦り寄って来ているだけかもしれない……。
母はそう考えつつも、夫がやっと自分を見てくれるようになったのではという期待もあったようです。その様子は、少女のように嬉しそうだったと執事は言っていました。
ですが、その幸せは長く続きませんでした。
最初は軽い下痢や吐き気から始まり、母の体調はみるみる悪くなっていきました。
母が辛そうにしていると、父は寄り添ってその背中を支え、すぐに医師を呼び、執事に当主の仕事を任せて献身的に母の看病をしていたと聞きました。
やがて母が倒れ、本格的にベッドから起き上がれなくなると、プラーシルの血を引く唯一の娘であるわたくしが未成年であることから、父はわたくしが成人するまでの間、伯爵家当主代理の座に就くことになり――
全てが変わってしまいました。
まず父は、母の仕事を代行出来る執事と、勤め始めて間もない、言うことを聞かせやすい使用人達だけを残し、長くプラーシル家に仕えてくれていた使用人達を解雇してしまったのです。
「病が移るかもしれないと、レヴリンは皆を案じていた。執事と数人の使用人がいれば、最低限のことは回せるから、どうか体には気を付けてのびのびと生きてほしい――そう願っていた」
と、さも母が口にしたように伝えて。
それでも残ろうとする使用人達に、母直筆の手紙を渡し、引き下がらせていたそうです。……母はそんなもの書いていないのですけれど。
使用人を追いやると、物置部屋から入れる屋根裏部屋に、病気の母とわたくしを追いやりました。
ですから、わたくしにとっての部屋は屋根裏部屋なのです。
物心がつく頃からそこで生活していたのですもの。他を知らないわたくしは、これが普通なのだと……そう思って生きてきましたのよ。
一方、父は暫くしてから、未亡人のローレとその子供ラウラを、堂々と屋敷に連れ込んだのです。当主代理の補佐として、ローレに社交の場での情報収集を依頼して。
わたくし達はそんなことも知らず、屋根裏部屋で生活していました。時折、使用人が世話に来ましたが、彼女達にわたくし達への忠誠心などありません。
嫌そうな顔で屋根裏部屋から連れ出され、水風呂に放り投げられたこともあります。八つ当たりで叩かれることも、食事を抜かれることも。
ですが、それすらもわたくしにとっては“普通”だったのです。
父は母の様子を定期的に見に来ては、何かを飲ませていました。
――許さない。絶対に、許さない……。
母は父に、よく囁いていました。ですが、その頃のわたくしには分からなかったのです。
だって当時、わたくしは三歳にも満たない子供で、父からは「レヴリンの体を治すための薬だぞ」と聞かされていたのですから。あれは薬なのだと、信じきっていたのです。
ただ、そのうちの一回、父が母やわたくしの髪を全て切っていきました。
何故かその髪を、何やら煌めく道具を使ってまで大切そうに袋へ詰め込んでいったのを覚えています。
――今では全て理解出来るのです。
母の怨嗟の意味も、父の手にしていたものが魔導具だったことも。母の身に何が起こり、父が一体何をしたのかも、今ならば……。
その後、暫くして母は亡くなりました。
薬を飲んでも治らなかったのだと、母に縋り付いて咽び泣くわたくしを、父は鬱陶しそうに殴って意識を失わせました。そして今度は、屋根裏部屋に執事を連れて来たのです。
執事は拷問でも受けたようにボロボロで、足を引きずりながらわたくしの側まで寄って来ました。
「こいつを教育し、執務が出来るようにしろ」
理解の追いつかないわたくしを無視して、父は執事にわたくしの教育を命じました。
令嬢としての教養を身に付けさせ、そして伯爵家の仕事が出来るように、と。
死臭を放つ母と三日三晩屋根裏部屋に閉じ込められ、言うことを聞かなければお前もこうなると言われ続けました。そこでわたくしはようやく気が付いたのです。
――おかあさまは、おとうさまにころされたの?
あれは、ほんとうにおくすりだったの?
当時のわたくしには、何も分かりませんでした。けれど、分からないながらも身をもって感じたのは、実の父親からの明確な悪意。
後に、父はゴミでも回収するように、麻袋に母を詰めて屋根裏部屋から出ていきました。
わたくしが許されたのは、変わらず屋根裏部屋での生活。あとは執事の監視のもと、屋根裏部屋から物置部屋へ下り、使用人達の使うお手洗いや浴場を利用する時だけ。
わたくしや執事は、三階から降りることを一切禁じられたのです。わたくしの幼少期は、そんな日々でした。
執事は近くの使用人部屋で寝起きしているようで、痛めた足で毎日屋根裏部屋の階段を往復してくれました。
時々わたくしを追い立てるためなのか、父や義母、ラウラが罵倒や折檻をしに来ることがありました。
「まだそんなことも出来ないのか」
「汚らしい。これが伯爵の血を引く娘だなんて」
「こんな鼠みたいな子が私の妹なの?気持ち悪ーい」
馬鹿にされ嘲笑われ、そして誰よりもラウラから折檻されていた記憶が強く残っています。父や義母が笑う中、ラウラに叩かれ、蹴られ、鞭で打たれて。
けれど、わたくしではなく執事が折檻される方が苦しくて、見ていられませんでした。
その度に、わたくしは父に泣いて縋りました。
「セバスは悪くありませんわ!わたくしが悪いのです!早く一人で何でも出来るようになりますから!それ以上、セバスを叩かないでくださいっ!」
そうすると父は、「汚らしい!」と吐き捨てながら、わたくしを突き飛ばすのです。彼らの矛先を自分に向けさせることでしか、わたくしは執事を助けられませんでした。
そんな劣悪な環境でも、執事はわたくしがいつか自由になる日のためにと、必死で教育してくれました。沢山母の話も聞かせてくれました。
プラーシルの血を引く者は、もうわたくししか残されていないのだからと。いつか母の大切にしていたプラーシル家を再興させるのだと、そう夢見て――。
ですが、わたくしを待っていたのは、更なる絶望でした。
わたくしが教養を身に付け、伯爵家の仕事がある程度出来るようになった十二歳の頃。父の命令で、使用人達が屋根裏部屋へわたくしと執事を迎えに来ました。
我が家のはずなのに、全くと言っていいほど記憶のない屋敷の中。一歩進むたびに、僅かな希望に胸を膨らませました。
わたくしはやっと認められたのでしょうか。これからは、こうして陽の当たるところで暮らしてもいいと、許してもらえるのでしょうか。
そんな淡い期待を抱きながら、二階にあるという団欒室に連れられたのです。
そこで、これまで一度も見たことのなかった人物を見て――わたくしは立ち尽くしました。
母やわたくしと同じ色の髪をした、幼い少年。
何処の誰かも分からないその子は――何故かわたくしと同じ髪色で、じっとこちらを見つめていたのです。




