24,受け入れるしかない光景(side:閣下)
戻ってきたトマーシュから報告を受けたあと、こちらの状況を説明すると、きらりと瞳を輝かせた。
「えっ。魔力痕跡がないなんて、かなり怪しいのでは?」
「そうだな。間違いなく怪しいんだ、嬉しそうにするな」
一応部下がいるから言葉は選んだが、明らかに楽しそうなトマーシュに釘を刺しておく。
「いやぁ、すみませんね。それで私は何をすれば?」
「魔導具を持って、この屋敷の中で彼女の痕跡が多い場所を洗い出す。だが、奴らに邪魔をされては面倒だからな。お前には、あの家族を引き留めておいてほし――」
「えぇ!?私、まだここの人間と話さなくてはいけないんですか!?」
おい、まだ話している最中だろうが……まったく。トマーシュは俺の声を遮り、悲壮な表情を浮かべて嘆いた。
この男がこれほどまでに話すことを拒否するのは珍しい。なんでも面白おかしく楽しむ男なのだが……。
「どの使用人に話を聞いても、人形のように同じことしか言わないのですよ。レニエラ・プラーシルについて、よく聞かれそうな内容を問いかけると、しっかり受け答えしてくれて噂通りの話を返してくれるのですが、ちょっと別の角度から聞くと『知りません』『分かりません』ばかりで。仕えている家の令嬢のことだと言うのに、全くと言っていいほど把握していないと言うんですよ」
余程苛々しているのか、トマーシュは捲し立てるように言い切った。担当官達がギョッとしている。
「使用人なら多少なりとも世話をしているはずだろう」
「ですよね?でも、『遊び歩かれているので、いつ戻られているか分かりませんから』『いつも不機嫌で追い出されてしまうので、お世話をする機会はありません』と言って、“世話をしている”時のことは一つも話してくれませんでした」
これには担当官達も、「え……?」と呟いた。
この国は血脈が重んじられている。インツ殿が当主になれないのと等しく、伯爵家で最も丁重に扱われるべきは、前当主であり故人であるレヴリン・プラーシルの遺した二人の子供だ。
いくら彼女が悪女と言われようと、伯爵家の血を引く正当な後継者に違いない。その動向を知らない?不機嫌で追い出されるから、世話をしていない?
そんな馬鹿な話があるか。
「ふむ……。何か隠しているのか、本当に把握してないのか疑問だな。では、使用人ではなく家族の方から、令嬢について噂以上の話を聞き出せないか?」
「私、今なら笑顔で締め上げられる気しかしませんが、宜しいです?強めに尋問してもいいでしょうか?」
「……職務妨害だと訴えていい対応をしてきたらにしてくれ」
「うーん。それなら、鎌をかけるくらいなら許してくれますよね?脅していませんし」
おい。言質は取ったぞと言わんばかりに笑うな。
だが、これだけ不満そうな中、あの面倒そうな家族の対応を押し付けるのだ。多少大目に見てやらねばならんか。
「閣下が屋敷を見て回るとなれば、使用人達が止めにくるかもしれませんね。いくら私が引き止めていても、使用人が伝えに来る可能性もあるでしょうし。そうなると厄介では?」
「そうだな。では、まず一人がトマーシュに同行。家族全員を集め終えたら一度報告しに戻って来ること」
そこで一人の担当官と目が合ったため、そいつに行くよう促す。
「その後、もう一人追加し、トマーシュのいる部屋に誰も入らぬよう、二人体制で扉の外で待機。もし使用人が無理やり入ろうとしても阻止しろ。残る一人は俺と同行し、魔力痕跡の濃い場所を探す。いいな」
「「「「はっ!」」」」
今度はトマーシュも返事をし、すぐに動き出した。
トマーシュが家族を集め、来客室に入ったとの報告を受けると、俺はすぐさま魔導具を確認しながら屋敷の捜査を始めた。
俺に同行するのは、正義感の強そうなあの担当官。挽回したいと自ら同行を願ってきたため、承諾した。
カモフラージュで聞き込みをしているよう装い、使用人達に軽く声をかけながら魔導具を確認する。二階を一通り歩いたが、何処を歩いても魔力痕跡はほぼ一定だった。
そこで気になったのは、彼女の部屋だと案内された部屋よりも、他の部屋や廊下の方が、彼女の痕跡が見られたことだ。
屋敷を歩けば痕跡は残って当然だ。しかし、自室の痕跡があれほど薄いのに、他の部屋や廊下の方に色濃く痕跡が残るなんておかしいだろう。
そうこうしているうちに、廊下の端の階段まで辿り着いた。階段に残った痕跡を調べるため、魔導具をかざす。
「一階は補佐官のいらっしゃる来客室を含め、いくつかの来客用の部屋やホール、食堂などが。三階は、住み込みで働く使用人達の部屋の他、物置部屋などがあるようです。どちらを調べましょうか?」
「痕跡は上下共に伸びているな。さてどうするか。…………いや、待てよ」
俺はその痕跡を目で追った。
一階、三階、どちらも同じくらいの魔力痕跡が残っている。その奇妙さに眉を顰めた。
使用人達に見られていないか振り返り、問題なさそうなことを確認すると、俺は足早に上階へ足を向けた。
「閣下、上は使用人の部屋と物置くらいですが、何故三階へ……?」
「分からんか?」
学ばせるため、担当官に問いかける。暫く頭を悩ませ唸っていたが、見当が付かないようだった。ふるふると首を横に振った担当官に、俺なりの考えを伝える。
「レニエラ・プラーシルは貴族の令嬢だぞ。使用人の部屋と物置しかないような三階に、一体何の用がある?」
「あっ!」
「馬鹿者、大きな声を出すな」
「し、失礼しました。いえ、でも確かに……確かにそうですね。食堂のある一階へ向かうのと同じくらいの魔力痕跡が、三階へ上る階段に残るはずは……」
使用人達は皆働いている時間帯のため、三階は誰もいないらしい。静かに、そして慎重に、魔導具を確認しながら三階の廊下を歩く。
二階の部屋と同様に、使用人達の部屋の入り口にも平均的に彼女の魔力痕跡が残っていた。
「どうして使用人の部屋にまで……?」
「さぁな。それで、一番濃く残っているのが……ここか」
そう口にしながら扉を開いた先は物置のようで、古い家具や掃除道具などが並べられていた。
部屋自体は特に何の違和感もない物置部屋だった。だが、彼女の部屋だと案内された場所よりも、遥かに魔力痕跡が色付いている。
更にその色は、奥に進むにつれ益々濃くなっていく。
そうして家具や掃除道具などを縫うように進んだ先。部屋の隅に、天井から吊るされた紐と、床にある二つの窪みを見つけた。
紐を引くと仕掛けが作動したのか、ギィと音を立てて天井から梯子が降りてくる。床の窪みは梯子の足によって出来たものだったようで、窪みにぴたりと嵌った。
「これは……屋根裏部屋への梯子でしょうか?」
「そのようだな」
無意識のうちに、低く鋭い声が出た。胸の内に沈んでいた最悪の想像が、現実味を帯び始めていた。
まさかそんなと思いながらも、確信めいたものを感じながら梯子を上る。
薄暗いそこは、平均的な男の身長なら背を伸ばして立つのも難しいほど圧迫感のある空間だった。更に、独特だが嗅ぎ慣れたある臭いが鼻を突く。
前屈みになりながら、持ってきた明かりを灯した瞬間、息を飲む。連れてきた担当官の顔を一瞥すると、口を押さえて真っ青な顔をしていた。
床には、そこかしこに紙や本が散らばっている。
そして、ボロボロのシーツと藁で作られた、ベッドと表現していいのかも怪しいものが置かれていた。未だこんなもので寝ている貴族令嬢が、この世界にいるだろうか。
書類の積まれた古びた机には、前当主と思われる彼女の母の写真が立てかけられている。落としたのか、表面にヒビが入ったままになっているが……この環境を見る限り、直したくとも直せなかったのだろう。
立て付けの悪いチェストを開くと、屋敷の使用人と同じ、着古したお仕着せがしまわれ、ダークグレーのカツラが丸められていた。
洗濯ロープのように吊るされた紐には、ツギハギだらけのワンピースや替えの下着らしきもの、大小様々なタオルがかけられており、間違いなくこの空間で誰かが生活していたのだろうと窺える。
部屋は家捜しでもされたのか、至る所に紙や藁のくずが散乱している。
しかし……それ以上に、この染み付いた鉄の匂い。
ベッドもどきやタオル、何よりも床板には、そこかしこに赤黒い血の跡が滲んでいる。
そしてそれらには、べったりと彼女の魔力痕跡が見えた。つまりは――
「あ、あのレニエラ・プラーシルが、こんなところで生活していた……?」
震える声でそう言った、担当官の言葉。想像を遥かに上回る悲惨な光景だが、それでも目を逸らすわけにはいかなかった。
ここが――この場所こそが、彼女が間違えぬようにと釘を刺していた、“わたくしの部屋”なのだろう。




