23,悪女らしい部屋(side:閣下)
それから小一時間調べたが、この部屋から見えてくるレニエラ・プラーシルは“噂通りの令嬢”以外に言いようがなかった。
机やドレッサー、ショーケースまでくまなく探したが、あるのはレニエラ嬢を悪女たらしめるようなものばかり。
机から見付かったのは、封の切られないまま放置されたお茶会やパーティーの招待状と、封の切られた夜会の招待状の束。
誰かにしたためようとした、書きかけの手紙も出てきた。しかも筆跡は、シモナから提出された手紙と酷似していて、咄嗟に薄紫色の髪の令息が頭をよぎった。
あの男への手紙か?やはり恋仲か、それとも遊び相手だったのだろうか。
そう考えると、無性に胸がざわついた。彼女はそんな人間ではないだろうと、自分に言い聞かせたくなるような不安と苛立ちがふつふつと湧き上がる。
ここを見る限り、金遣いが荒く、遊び好きの令嬢の部屋――それ以上でもそれ以下でもない。
だが、彼女が伝えたいのはこんなことではないはずだと思ってしまう。
……いけないな。
つい先程、担当官達に「安易に人の話を鵜呑みにするな」と言ったばかりなのに、俺がレニエラ嬢に肩入れしてどうする。ここが彼女の部屋だと言うのなら、どう見ても悪女そのものではないか。
一度かぶりを振って、見落としがないか、もう一度手紙を整理しながら確認していく。
――そこへ、声がかかった。
「……閣下、少し宜しいでしょうか?」
おずおずと近付いてきたのは、「もう少しお優しくなさっては……」と言ってきた担当官だった。
何やら気まずげな様子で、とある魔導具を握っている。
「どうした?」
「その……この部屋、おかしいんです」
「おかしい?」
「被疑者レニエラ・プラーシルのものと思われる魔力痕跡が、あまりに少ないのです」
言い淀みながらそう告げた担当官に、俺は目を丸くした。
人は皆、魔力を持って生まれてくる。かつては誰しも魔法が使えたと言われているが、今や人体にはその名残のように僅かな魔力が残っているだけ。
そんな魔力は人それぞれ質が違い、痕跡として部屋や物に移る。
同じ香水を使い続けていれば、部屋や家具に香水の匂いが移るのと同じように、微かに漏れ出る魔力でも、積み重ねで色濃く残るのが普通だ。
「レニエラ・プラーシルを捕らえた初日、身体検査で採取した爪や髪を鑑定液に溶かして抽出した魔力色と数値がこちらです」
担当官から資料を手渡された。分析部から上がってきた報告と同じもので、俺は軽く頷く。
「魔力鑑定の魔導具を通して部屋を確認したところ、そちらの色が全くないわけではありませんが、比較的濃く残っているのはドレッサー周辺。あと、ごく一部のドレスやアクセサリーのみでした。この部屋……ベッドやソファに至っては、全くと言っていいほど魔力痕跡が見られません」
「ほう……?」
「壁や床も同じです。わ、私はこの魔導具を現地で使うのが初めてだったので、もしや調べ方が間違っているのかと思い、他の担当官と操作手順を確認しながら調べ直しました。ですが、何度試しても、部屋全体の痕跡が薄すぎるのです」
そう口にする担当官の顔色は悪い。それはそうだろう。魔力痕跡が見付からない。それはつまり――
「いくら丁寧に掃除をしていたとしても、壁紙を張り替えた直後か、家具が新品でもない限り、ここまで被疑者の魔力が感じられないことはありません」
「では、ここはレニエラ・プラーシルの部屋ではないと?」
「……そう考えるのが普通かと」
残り二人の担当官にも微細証拠の採取をさせていたが、同様に表情は冴えない。それぞれから報告を受けたが、確かに違和感だらけだった。
まず、レニエラ嬢らしき毛髪は落ちていたようだ。だが、確認出来たのは、やはりドレッサーの周りからのみ。絨毯に絡まっていたものを発見したようだ。
しかし、そのほか――特に毛が抜け落ちていそうなベッド周辺ですら、臙脂色の髪は見付からなかったという。
使用人達が日々綺麗にしていたとしても、生活していたにしては彼女の痕跡がなさすぎると感じたようだ。
彼らには、レニエラ嬢の「どうぞ“わたくしの部屋”をお探しください」という言葉は伝えていない。それを知らない彼らが導き出した結論が、ここはレニエラ・プラーシルの部屋ではないのではないか、なのだ。
「噂通り遊び歩いていた令嬢ゆえ、この部屋をあまり使用していなかった可能性はある。だが、いくら使用していなかったとはいえ、ベッドやソファに腰かけないことなど考えられんだろう。……よし、君」
「はっ!」
「トマーシュを探して、ここに連れてきてくれ。これからの捜査にはあいつの協力が不可欠だ」
「了解しました!」
魔導具を持っていた担当官に指示を出し、トマーシュを探しに行かせた。
その間、自分の目でも魔力痕跡の確認をし、他の担当官にしっかりと記録を取らせる。
「報告通り、ごく一部のドレスやアクセサリーには痕跡が残っているのですね。一体どういうことなのでしょう?」
「一度袖を通したドレスを二度と着ない者もいる。お気に入りのものだけを残して、それ以外を総入れ替えしているのなら……噂通りの散財っぷりだが」
かけられているドレスはいずれも趣味が悪い。派手な色や柄、何重にも重なったフリル、散りばめられた宝石。胸元や背中の大きく開いたものもかかっている。
「そういえば、彼女は留置局での約一週間、こちらの用意した服を文句一つ言うことなく着ていたな」
「……!ほ、本当ですね」
「留置局に収容されるご令嬢からは、一度は文句を言われるワンピースなのに……」
最低限の部屋。ドレスではない質素な服。十分とは言えない食事量。使用人も用意されず、自分の世話を自分で行わなければならないなど、貴族として育った者にとっては屈辱のはずだ。
だが、レニエラ嬢から一切文句を聞いたことはない。むしろ、ベッドで十七時間も寝入るほど安眠し、楽だと言わんばかりにワンピースを着て、その量でも多いと訴えるように食事を残してくるというのだから。
あまりのちぐはぐさに頭を悩ませる担当官達の元に、明るく呑気な声が割って入ってきた。
「トマーシュ・クレイゼア、ただ今戻りましたー。それで、何か見付かりましたか?」
俺は情報の共有と次の指示をすべく、そちらへ視線を向け――後悔することになる。
戻ってきたトマーシュは、絶好調に不機嫌そうな、ドス黒い笑みを放って立っていた。




