21,捜査開始(side:閣下)
登場人物整理パート2として、誰が誰か分からなくならないよう、あとがきに簡単にまとめております。必要であればご覧ください( .ˬ.)"
約束を取り付け、プラーシル家の屋敷を訪問してみれば、俺達は屋敷の者達に総出で出迎えられた。
「ファルスキー様!ようこそおいでくださいましたぁ!」
その中からインツ殿に背中を押されて、レースをふんだんに使った淡いピンクのドレスをまとった令嬢が飛び出してきた。栗色の髪を二つに結った義姉ラウラが、甘い声を発しながら駆け寄ってくる。
後退りそうになる体をなんとか留め、細めた目をインツ殿へ向けた。
「いやはや、すみませんな。閣下がいらっしゃると伝えたところ、仕事でお疲れであろう閣下のために、少しでももてなしたいとラウラが言うもので……」
「気遣いは結構。伝えていた通り、私達の目的はレニエラ・プラーシルの追加捜査だ。被疑者の部屋に案内してもらおう」
取り付く島もなく言い切ったが、義姉は臆することなく俺の方に近付いてきて、顔を覗き込んでその身をくねらせる。
「そんなに急がれなくても、レニエラの部屋は逃げませんよ。温かいお茶はいかがですか?肌寒い中いらしてくださったのですから、ひと口だけでも」
その心配りは、周りに“心優しく気遣いの出来る令嬢”という印象を与えるのかもしれない。
だが、レニエラ嬢とトールとのやり取りに出てきた“子猫”の存在。一度目にプラーシル家を訪問した時や、面会のため留置局を訪れた時の態度。
それに何より、この瞳だ。
義姉の目は、自分の利や欲に目が眩んだ者と同じそれだ。外見や家柄だけで俺を捉え、内面を知りもせず好意を示す、これまでの令嬢達と何ら変わらない。
……いや、これまでの令嬢達以上に、異様な気迫を感じる。一体何なんだ?俺に気に入られれば、適当な捜査で済ませてくれるとでも思っているのだろうか。
多くの令嬢は、冷ややかな態度と厳しい口調を向けた途端、「こんなに冷たい方だなんて」と怯え、勝手に落胆し失望するのだがな。
――そういえば、レニエラ嬢はどんな俺を見ても態度が変わらなかったな。
そんな考えと共に、ふと彼女の顔が頭をよぎり、俺は昨日のことを思い出した。
シモナ・レグリーを塔の最上階に隔離した次の日。俺はプラーシル家に遣いを送り、翌日の訪問を取り付けた。
名目は、被疑者レニエラ・プラーシルの犯行を裏付ける決定的な証拠の捜索。
そう伝えれば、あの家の者達も歓迎してくれるでしょう――と言ったのは、レニエラ嬢本人だった。
「あの方達は、自分の証言が疑われるなんて露ほど思っていないはずですもの。それを逆手に取って、油断させるとよいのではないでしょうか」
再び形だけの取り調べのために呼び出すと、開口一番そんなことを言い出したのだ。本当に彼女は何者なんだろうな。
レニエラ嬢は、他の令嬢達とはまるで違う。
局長として厳しい態度で接しようと、威圧的な取り調べをしようと、彼女は常に冷静で、少なくとも品を欠くような振舞いはしなかった。
何故悪女などと呼ばれているのか、疑問ばかりが膨らむほどに。
だから、プラーシル家を訪れるぎりぎりまで、俺はトマーシュが調べてくれたレニエラ嬢の噂や悪評の詳細と、彼女の義姉についての資料を徹底的に見直した。
トマーシュとアウレアにも手伝わせて分かったのは、奇妙なことに、噂がふっと落ち着く時期が度々あったことだ。
「なんだろうね、この……ひと月ふた月くらいの空白」
「レニエラ・プラーシルの目撃情報も、全くありませんね」
「体調でも崩していたのか?」
「えぇ?そんな単純な理由?……まぁ、丈夫そうには見えないけれどねぇ」
あとは、義姉の資料を見返しても、やはり特別不審な点は見られなかった。
被害者の伯爵令息とは、互いの家を行き来して交流を深め、被害者とその母、三人でよく出かけていた……と。
先日、王宮で行われたパーティーにも二人で参加し、ダンスを踊っていたようだ。婚約関係にある令息令嬢なら当然の光景だろう。
彼女の言っていた“子猫”が、俺達の想像している人物だった場合、“子猫”はレニエラ嬢を貶めたいと思っているのかもしれない。
だが、今回の事件――伯爵令息殺害の犯人ではなさそうに見える。
そのパーティーでも、レニエラ嬢は壁の花になっていたという。彼女が噂通りの悪女なら、仲睦まじくしている二人の間に割って入りそうなものだが……被害者に言い寄る姿や接触していたという情報はなかった。
それなら一体誰が、どのような理由で令息を殺害したのか。それは彼女の噂や悪評と関わりがあるのか……。
俺達はますます分からず、首を傾げるしかない。
なにぶん、調査にかけられる時間が足りていない。局長として、この件ばかりに対応しているわけにはいかないからな。それに、人手が心許ないのも事実だ。
彼女を悪女と決め付けている者達に手伝わせると、シモナ・レグリーのような愚かな行動をするかもしれない。
留置局を取りまとめている者として不甲斐ないことこの上ないが、だからこそ、直感などではなく論理的な答えを示す必要がある。局のため、担当官達への指導のため、そして――自身の中にある霧を晴らすために。
以前から感じていた違和感が形になりつつある今、間違いなく屋敷に求める答えがあるのだろう。
――それを知るために、君の言う“わたくしの部屋”を暴かせてもらおう。
しかし、それをこいつらに悟らせるわけにはいかない。あくまで俺は、“レニエラ・プラーシルの罪を暴くために来た、留置局の局長”なのだから。
インツ殿と夫人はにこやかな表情で、弟は何を考えているのか分からない目でこちらを見ている。
その後ろに控えているのは、くたびれた顔の老執事や、頭を下げながらも何処かはしゃいだ様子の若い使用人達。
そして――
「こちらです、ファルスキー様!どうぞこちらへ!」
まとわり付いてくる義姉の様子に辟易しつつも、案内されるまま屋敷へ足を踏み入れた。
思惑通りに事が進む中で、俺は冷静に彼らを精査していた。
お茶の誘いを丁重に断り、インツ殿にレニエラ嬢の部屋まで案内させようとしたところで、
「レニエラの部屋でしたら、お義父様でなくても私が案内出来ますよ。お義父様は忙しいでしょう?でしたら、私が案内してもいいですよね?」
と、義姉は先手を打つように提案してきた。インツ殿もそれは名案だと言い、親思いの出来た義娘だと褒め称えている。
いや、捜査より優先すべきことなど、そうないだろうが。
横目で見ると、トマーシュは頗るいい笑顔を浮かべていた。こいつ、こういう奴らが嫌いだからな……。
だが、目的は部屋の捜査だ。案内する人間が誰であろうとかまわない。断るのも面倒だと諦め、義姉に案内させることにした。
「その……調べるのはかなり骨が折れると思いますよ?あまりの量に驚いてしまわれるかも」
そう言って義姉はとある部屋の扉を押し開けた。その光景に、俺を含め、連れてきた担当官達が揃って眉を寄せる。
「……いやぁ、これは。確かに凄いね」
そうトマーシュが呆気に取られてこぼした言葉通り、目の前に広がる世界は凄まじかった。
そこには、彼女が留置局に連行されてきた時のドレスをそのまま調度品に様変わりさせたような、派手で華美な空間が広がっていた。
天蓋からベッドシーツまで真っ赤なベッドには、金糸で刺繍が施され、レースがふんだんに使われている。更には、レニエラ嬢なら余裕で寝転べそうなほど大きく立派な猫足のソファが鎮座している。
見栄えのために誂えたような洒落た机が壁際に置かれ、その隣には俺でも知っている高級化粧品がずらりと並んだドレッサーが。極めつけに、ショーケースには無数のアクセサリーがこれでもかと詰め込まれている。
嫌悪感から顔を背けると、隣の部屋が目に付いた。
「あちらは……衣装部屋か」
案内するために開けてあったのだろう。隣接した衣装部屋には、驚くほど豪奢なドレスが所狭しとかけられ、中には仮面舞踏会に参加していたと思わせるマスクがドレスの隙間から覗いていた。これを付けて夜会に行くことがあったのだろうと容易に想像出来る。
この部屋をパッと見ただけで分かるのは、“レニエラ・プラーシルは噂通りの令嬢”だということだ。
「……彼女はこの部屋を見て、何を分かってほしいんだろうね?どう見ても噂を肯定しているようなものだと思うのだけれど」
同じ感想を抱いたらしいトマーシュが、ひそひそと耳打ちしてきた。
担当官達は義姉からレニエラ嬢のことを聞いているようだ。
手で口元を覆って躊躇いがちに話しているように見えるが、延々と語られるのは彼女の悪い行いばかり。担当官達も同情的に話を聞いている。
このまま義姉に居座られては、捜査の邪魔になるな。
「悪いが外に出ていてくれないか?案内は済んだだろう」
「そんな……。私、お仕事の邪魔はしませんっ」
うるうると瞳を潤ませてこちらを見てくるが、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだった。
つかつかと部屋の出入口まで歩いて行き、バンッと荒々しく扉を開く。
「聞こえなかったか。捜査の妨害行為と見なすぞ」
「……っ!し、失礼いたします!」
義姉は身を竦ませると、そそくさと出ていった。その背中が遠ざかったのを確認して、しっかりと扉を閉める。
俺の態度が気に入らなかったのか、正義感の強そうな一人の担当官が物申すようにこちらにやって来た。
「閣下、被害者のか弱いご令嬢ですよ?もう少しお優しくなさっては……」
「おい……!」「閣下に向かって……!」
同期らしき二人の担当官が止めに入ろうとしたところで、俺はしっかりと釘を刺す。
「“被害者のか弱いご令嬢”と言うが、つい先日婚約者が亡くなったにも関わらず、あのように男に擦り寄ってくる時点でおかしいと思わないのか?昨日、安易に人の話を鵜呑みにするなと、噛んで含めるように言い聞かせたはずだぞ」
ハッとした様子の担当官を見て、つい露骨に顔を顰めてしまった。
シモナ・レグリーのように、言い聞かせても納得しない担当官がいると知ってしまった以上、現実を見せてやるのが手っ取り早いと思い至った。
今回は特に、俺やトマーシュがいるのだから問題ないだろうと、経験の浅い担当官を連れてきたのだが……早まっただろうか。
「警騎士として、留置局の者として、自覚が足りなさすぎる!表面的なものだけに囚われ一向に学ぶつもりがないのなら、これから先はないと思え!」
「「「申し訳ございませんっ!」」」
深々と頭を下げる担当官達を尻目に、捜査の準備を進める。こいつらへの叱責や処遇は局に帰ってからでかまわないのだから、さっさと調べなければ。
「では各自、この部屋からレニエラ・プラーシルの罪に繋がる証拠がないか捜査せよ」
「「「はっ」」」
怒鳴られたばかりの担当官達は慌てて部屋の中を調べ始めた。しかし、返事をしたのは連れてきた担当官の三人のみ。トマーシュは何やらにこにことこちらを見ている。
「閣下、私はご家族や使用人達からもう一度話を伺ってきても?」
「……まぁ、そういうのはお前が適任だろうな」
「でしょう?――ちょっと好き勝手してくるよ」
最後の言葉を俺にだけ聞こえるよう囁いて、静かに部屋を出ていく。人をいいように動かすのが得意な男だ。そちらは任せておけばいいだろう。
さて……。
「彼女は何を伝えたいんだ?」
- ルドヴィークの人物メモ -
事件に携わる担当官と追加人物。
ルドヴィーク・ファルスキー……自分自身。公爵家の三男。
警騎士貴人留置塔管理局の局長。
トマーシュ・クレイゼア……俺の補佐官。侯爵家の次男。
アウレアと婚約している。
アウレア・マーレイン……数少ない女性担当官。伯爵家の三女。
トマーシュと婚約している。
シモナ・レグリー……アウレア同様、数少ない女性担当官。
(今回の件で処分対象となる可能性あり)
トール……謎の面会者。レニエラ嬢と“いい仲”だと言う。
担当官が尾行するも、ブティックで見失う。
執事……プラーシル家に仕えている老執事。
彼ならこの家について詳しいだろうか。




