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19,子猫と桃と手紙の真相


 わたくしは、まずトールの説明から始めました。


「最初にお伝えしたいのですが、トール……彼の存在自体を、極秘にしていただきたいのです。特にシモナさんは、他の担当官とも接触させないよう隔離していただけませんか?」

「極秘?しかも、わざわざ隔離だと?」

「ええ。その手紙を持っていたのが彼女であれば、伯爵家の者と内通しているのは明らかですもの。シモナさんを二度と伯爵家の者、あるいはその関係者と接触させるわけにはいきません。これだけは何としてもお約束いただきたいのです」


 わたくしが真剣な表情で伝えると、閣下はクレイゼア様とアウレアさんへ視線を投げかけました。二人とも静かに頷きます。


「君の話次第だが、考慮はする」

「……分かりましたわ」


 確約をいただけないのが気がかりですが、致し方ありませんわね。それなら、ご理解いただけるよう努めましょう。


 相応の理由は説明出来るでしょうから。


「彼の存在を極秘にしていただきたい理由は、単純に彼がわたくしの協力者だからですわ。決して、伯爵令息殺害の共犯者ということではありませんと、先に言っておきますわね」

「ふむ。それで?」

「悪評だらけの悪女レニエラ・プラーシル。ですが、これまでの取り調べで何度もお伝えしましたでしょう?『わたくしはやっておりません』と」


 わたくしの言葉を聞いて、地べたでシモナさんが藻掻いています。まるでまな板の上で跳ねる魚のようですわね。


 全員で彼女を一瞥し、小さく息を吐いて無視することにしました。


「彼は、わたくしの過去を知る一人なのです。もしわたくしの訴えが虚言ではなかったとすると、わたくしの罪や悪評は作られたものになりますわ。そんな過去を知る者がいたとすれば、どうでしょう?」

「……でっち上げた者にとっては都合が悪いだろうな」

「その通りですわ。ですから極秘でお願いしたいのです。……あんな危険を冒してまで会いに来るなんて」


 トールは無事に帰れたのかしら。そんな不安から、思わず声を漏らしてしまいます。


「君にとって彼は、信用に足る人物だと?」


 ……閣下?何故そんなにも怖いお顔をなさるのです?眉間の皺の跡が消えなくなってしまいますわよ?


「……分かりませんわ」

「信用していないのに、彼の話を信じたのか?」

「危険を冒して伝えに来てくれた、その行動が信用に足ると思ったまでです。……わたくしの人生において、“誰かを信用する”なんて、存在し得ませんわ」


 吐き捨てるように付け加えた言葉に、その場はしんと静まり返ります。

 

 むしろ、どうして信用なんて出来ると思いますの?


 わたくしは、何度も言っているではありませんか。『やっておりません』と。それこそもう、ずっと昔から。何度も……何度も。


 では、悪女レニエラ・プラーシルは……一体どうして出来上がってしまったのでしょう。


 それでどうして、“誰かを信用する”ことなど出来るでしょう。


 わたくしの返答に、アイスブルーの瞳が僅かに歪んだように見えました。


「わたくしとトールは……互いに贖罪の意識があるだけですわ。それに、信用して正解だったでしょう?彼が教えてくれた通りの展開になりましたもの」

「子猫と桃……だったか?」

「えぇ。わたくし達の会話に登場した“桃”。こちらは――ここまでお膳立てすれば、お分かりになるでしょう?」


 わたくしが首を傾げてみると、閣下は目を見開いて床へと視線を向けました。そして、クレイゼア様に声をかけます。


「トマーシュ。面会の会話記録はあるか?」

「うん、これだね」


 クレイゼア様はバインダーから用紙を取り出し、閣下の前に置きました。二人でじっと紙を見つめています。


「……まさか、あんな会話の中で?」


 閣下が呆然と呟く中、クレイゼア様は会話記録を指でなぞっていきます。


「子猫と桃……。子猫が、桃を食べようと……子猫がレグリー担当官に、何かをしようとしている?」

「だが、彼には子猫からレグリー担当官を取り上げる……接触を絶つことは難しかった」

「不用意に近付いてバレたら、危険どころでは済まないもんね」


 二人が記録を読み解いている間、わたくしはその様子を眺めたあと、シモナさんを見下ろしていました。


 彼女は、わたくしがトールと話していた間に外を動き回っていたはずです。ですから、面会のことは知らなかったのでしょう。閣下とクレイゼア様のやり取りに、目を白黒させていますもの。


 どうせ耳障りのいい、自分にとって都合のいい話を聞いて、それを鵜呑みにして動いたのでしょう。――子猫にいいように転がされて。


「子猫は桃の味をしめてしまったから……というのは、レグリー担当官の利用価値とかかな」

「なるほど。つまりトールは、子猫がレグリー担当官を利用しようとしている現場を目撃したのか。こちらは……単純に君の感想か?」

「それで?子猫が、可愛すぎて『君が羨ましい。ずるい』……手紙……?」


 クレイゼア様の声にハッとした閣下は、今度は手紙に手を伸ばしました。


「手紙には、こう書いてあるのではないですか?『ラウラばかり愛されて羨ましい。どうしてあの人はわたくしを愛してくれないの。ラウラばかりずるい』と。わたくしの署名入りで」

「……概ね正解だ」

「待って待って!そうなると子猫って……」


 クレイゼア様は言葉を区切り、確かめるようにわたくしを見ます。けれど、わたくしは横に首を振りました。


 だって、そんなものは野暮ですわ。


「それを今ここで明かすのは無粋でしてよ。『再びプラーシル家を調査なさるのであれば、“わたくしの部屋”をお調べください』とお伝えしたはずです」

「いや、だが……」

「子猫が誰か、シモナさんはご存知でしょう。けれど、もしそうだったとして、今明かされるのは、“この手紙が子猫からシモナさんの元に託された”ことだけ。渡したのが本人か人づてかも分かりませんわよね。『レニエラを嫌う誰かが用意して、私が気付くように置いたのよ』とでも言って、言い逃れられる程度のことですわ」


 信じられないと言わんばかりの驚愕を貼り付けて、シモナさんはこちらを見上げています。涙目で暴れ続けている姿を見る限り、まだ認めたくないようですわね。


 これにはわたくしもうんざりして、さっさと彼女に鉄槌を下すことにしました。




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