16,新たな面会者
次の日、取調室に案内されると、閣下から「伯爵家の家宅捜査をするまで、何も話す気はないのだろう?」と問われました。
……確かに、特に話すことも、話すつもりもありませんわね。苦笑してみせると、仕方なさそうに息を吐かれました。
「何の聴取もしていないと思わせるわけにはいかないからな。一時間ほど、ここで時間を潰してもらう」
閣下はそう言うと、机の上の本を指差しました。どうやら暇潰しに本でも読んでいろと言いたいようです。
「……むしろ、このような対応をしていただいて宜しいのですか?」
「確固たる証拠があるのなら、尋問でも拷問でもするところだがな。そんなものはないし、君自身も容疑を否認しているしな」
まぁ、恐ろしい。証拠が揃っていたら、一体わたくしはどんな目に遭ったのでしょうね。
閣下はわたくしの対面に腰かけたまま、何か資料を読み始めました。どうやら他の仕事をなさるようです。
容疑者の前で、随分と無防備なのでは?……いえ、わたくしの力などでは、到底及ぶわけもないのですけれど。
そうして取り調べの時間が終わりに差しかかったころ、扉がノックされました。
「アウレアです。レニエラ・プラーシルに面会希望のご令息がいらしています。『トールと言えば伝わる。彼女といい仲の男だからね』と言伝を頼まれたのですが、お会いになりますか?」
その瞬間、わたくしは咄嗟のことで表情を繕えず、顔色を変えてしまいました。
トールですって?どうしてわざわざここへ……?
そんなわたくしの変化を、閣下が見逃すはずもありません。
「何かあるようだな」
「……っ!それは……」
「面会室を用意しろ。控え室には俺が待機する。何か進展するかもしれん」
「はっ!」
アウレアさんはわたくしの返事を待たず、閣下の指示に従って部屋を後にします。
申し訳ありませんけれど、わたくしとトールが面会をしたところで進展などしないでしょう。なにせ彼は、幽霊のようなものですから。
「その男は恋人か?」
「いいえ。違いますわ」
「なら、“いい仲”とは何だ?」
「……いい仲、とは言い得て妙な言葉ですわよね。ですが、わたくしとトールとの関係を表すには、とても的確な表現だと思いますわ」
淡々と返答するも、わたくしは閣下の目を見ることが出来ませんでした。
「今回は父の時と違って、会話を聞かれたくありません。書記の方の記録だけにしてもらえませんか?」
「……分かった」
閣下の了承を得られ、少しほっとします。極力トールについて知られたくありませんもの。
けれど、気を抜いてはいられません。ぎゅっと手を握りしめ、必死に考えを巡らせます。不要な情報を与えてしまえば、トールの身にも危険が及ぶかもしれませんから。
準備が整ったと案内され、わたくしは面会室へ通されました。前と同様、書記が同席するようです。
「やぁ、レニィ」
「……トール」
軽薄そうな声。あからさまに軟派な風貌をした令息が入室してきました。
薄紫色の髪を掻き上げ、肩を竦めます。
「下手をしたね。あの男を花瓶で殴り殺すなんてさ」
「……帰ってちょうだい。わたくしは、話すことなんて」
「それにしても、随分顔色がよくなったね。どんな生活を強いられているか心配だったけれど……大丈夫そうだ」
「……っ!」
トールは安心したように目を細めます。見慣れた瞳が柔らかく弧を描き、ほっと息を吐きました。
わたくしの身を案じる言葉に、思わずぐっと喉を詰まらせます。
あぁ、やめて……。わたくしは、あなたの人生を奪ってしまった一人なのに。
その温かさを振り切るように、わざと声を荒げます。
「何故ここへ来たの!昼間に堂々と訪ねてくるなんて!どうせわたくしを思い遣って面会に行ってきたとでも言って、心優しい男を演じたいだけでしょう!?」
「そんなわけないだろう?あなたがいないから暫く夜会には行かないし、執事がこうして息抜きを許してくれなきゃ部屋に缶詰めにされるんだから」
トールは帰る気が更々ないようで、正面の椅子に腰かけ、長い脚を見せつけるように組みました。
「トール!」
「そういえば昨日、屋敷の子猫が桃を食べようとしていてね」
「……は?」
突然始まった話に、わたくしは眉を寄せます。
「……子猫に桃だなんて、贅沢ですこと」
「やっぱりそう思う?でも、私には桃を取り上げることは出来なくてさ。私は猫達の世話係ではないし、不用意に近付いて引っかかれたら堪らないからね」
トールはそう言って肩を竦めます。
何となく彼の言いたいことを理解し始め、わたくしはぎゅっと手のひらを握りしめました。
「子猫は桃の味をしめてしまっただろうから、また食べたいってねだるんじゃないかな」
「そうやって甘やかすから付け上がるのよ。まぁ、わたくしは桃が苦手だからどうでもいいけれど」
「……ふーん、レニィは桃が苦手だったんだね。なるほど、覚えておくよ。みんな子猫が可愛いから、甘やかしたくなるんだろうね。子猫が可愛すぎて、『君が羨ましい。ずるい』なんて手紙が届くくらいだから」
「……ばかばかしい。わざわざそんな話を聞かせるために来たの?帰って!」
わたくしはうんざりした表情で席を立ち、トールに背を向けました。彼を少しでも早く帰らせるために。
それなのに――
「あなたがこのまま罪を着せられるなら、私が全てを壊してあげる」
背後からかけられた不穏な言葉に、ハッと振り返ります。
「トール!」
「あなたが閉じ込められるなら、私が攫って逃げてあげる。仮にあなたが処刑されるなら、私が全てを殺して、一緒に死んであげる」
「ち、ちょっと、君!」
書記の担当官が慌てて口を挟みました。犯罪を仄めかすようなことを言えばそうなるでしょう!あなたまで目を付けられたらどうするつもりなの!?
わたくしが必死に顔を歪めて睨み付けると、彼は泣きそうな顔で笑いました。
「レニィを、一人にはしないから」
「……っ!」
わたくしは我慢ならず、面会室を飛び出しました。ぎょっとした閣下と目が合います。
「おい……!」
「不愉快です!部屋に戻らせてくださいませ!」
控え室の扉まで勢いよく開けると、待機していたアウレアさんが目を丸くしました。
「大丈夫、ですか?」
「……ええ。部屋に戻ります」
「分かりました」
アウレアさんは何も聞かず、手枷に鎖を繋ぎ、淡々とした声色でわたくしを部屋へ連れていってくれます。何も聞かれない距離感が心地よくて、わたくしはゆっくりと息を整えました。




