15,常識的な悪女(side:閣下)
取り調べを終えて局長室に戻ってくると、てきぱきと資料を整理しながらトマーシュがこぼした。
「ルドの言っていた通り、彼女、家とか権力とかそういうのに全然興味なさそうだったね」
「だから言っただろうが」
「君が言うのだから間違いないとは思っていたけれど、実際に会ってみたくなるじゃないか。公爵家にも侯爵家にも靡かない、見た目にも左右されないご令嬢だなんて。気にするなという方が無理だよ」
上機嫌なトマーシュに胡乱な目を向ける。一応彼女は被疑者だぞ。分かっているのか、こいつは。
「……婚約者が聞いたら怒るぞ」
「まさか!僕が彼女に興味を持ったのはアウレアや君がきっかけであって、異性としてではないよ。それに、僕がこういう人間だと分かってくれているからね、アウレアは」
楽しげに語るトマーシュの婚約者は、シモナ・レグリーの代わりに彼女への伝達と管理を任せたアウレアだ。
トマーシュがお喋りで行動的なのに対し、アウレアは静かで寡黙な女性だ。アンバランスで合わなさそうに思えるが、意外と相性がいいらしく、仲はいい。
主にトマーシュが話し、トマーシュが世話を焼き、トマーシュが連れ回し……それにアウレアが付き合っている形ではあるが。
「普段あまり話さないアウレアが、あんなにあの令嬢のことを気にかけていたんだよ?そりゃあ気になるでしょう!?」
「何だったか……。『留置局の食事を半分も食べずに残すなんて、あんな華奢な体で大丈夫なのかしら』だったか?」
アウレアは、トマーシュのように興味本位で動くこともなければ、他人に対して態度を変えることもない。
そんな彼女が令嬢の体を心配し、書物を準備していいかと聞いてきた時、これはどうしたと驚いたものだ。
「そうだよ!アウレアがあの令嬢を心配したんだ。留置局とはいえ貴族が収容されている塔だから、それなりに腕のいい料理人に調理させているし、食事の味は悪くないでしょう?」
「そうだな」
「でも、どうしても一人あたりの量は多くない。男女で変えているけれど、腹八分目くらいの量のはずなんだ。なのに、その半分も食べずに残しているそうだね」
そう言われて思い出すのは、ワンピースの袖から覗く異様な細さの手首や、令嬢らしからぬ荒れた手だ。体型を気にして食事を控えている令嬢とはまた違った、不健康そうな体つきが頭をよぎる。
「あの子は他人を気にかけるタイプではないからね。色々な人を見ているだけあって、大体の人間を“気にかける価値もない人間”って切り捨てて考えているからなぁ」
トマーシュとの付き合いが長い俺は、必然的にアウレアと接することも多い。
令嬢達にうんざりしている俺からすると、彼女はとても淡白でやりやすいのだが……。こうして聞くと、アウレアの性格もどうなんだと思えてくるな。
「……同意しかねるのだが」
「ははっ!それ、同意しているのと大して変わらないけれどね?そんな彼女が令嬢を気にかけたんだ。何を感じ取ったのかは分からないけれど」
取り調べを終え、三人揃って部屋から出ると、外で待機していたアウレアはトマーシュの声を無視して、まっすぐ令嬢へ向かっていった。ショックを受けているトマーシュがおかしくて、少し笑ってしまったな。
令嬢の顔色を見て問題なさそうだと分かると、こちらに一礼して彼女を部屋へ送っていった。あれほどアウレアが甲斐甲斐しく面倒を見るなんて初めてのことだ。
「それに君も、どちらかと言えば証言や周囲の噂より、令嬢本人の様子に違和感を覚えているんでしょう?」
「まぁな。だが、俺は真実を明らかにするために、彼女の証言の検証をするべく動いているだけだ」
「堅いなぁ。……でも今日話してみて、君が驚いたのにも納得したよ。謎めいた雰囲気はあったけれど、プラーシル家の人達よりも余程常識的だったし。噂って本当にアテにならないね」
あの家族なんてさぁ……とぶつくさ文句を言い続けるトマーシュの言葉を聞き流しながら、面会後の彼女を思い出す。
父の無礼を詫び、頭を下げた彼女の振舞い。
家族に迷惑ばかりをかけ、男遊びと散財が好きな、身勝手で悪評ばかりの令嬢。どう見てもそう言われる人間には思えない。
対して、仲睦まじい温かな家族と評判のプラーシル家の方が、なんだか薄ら寒いものに感じてならない。
「だが、何故こうも彼女の悪い噂が広まっているんだ?彼女が『何もしていない』と主張したとしても、目撃証言や噂の種類が多すぎる」
「そうだよねぇ……」
悪評の出所は様々なのだ。しかも、問題は証言している者が下位貴族や使用人ばかりではなく、高位貴族達にもいることだろう。
貴族は噂好きが多いため、他所様の話を面白おかしく広めるのが得意な者ばかりだ。
しかし、万が一その噂が全くの的外れだった時、逆に噂に踊らされた者として指を差される可能性もある。
そのため、身分が高くなればなるほど、噂を流すにしても慎重に裏取りをした上で、都合よく利用して広める場合が多い。
だからこそ、誰もがレニエラ・プラーシルを噂通りの令嬢だと信じて疑わないのだ。しかし――。
「トマーシュ。令嬢の噂や悪評の詳細を集められるか?詳しい日時や、目撃者も含めて」
「勿論。すぐに取りかかるよ」
「令嬢とオルドラーク伯爵令息との接点も、義姉や家族、使用人達の証言以外に何かないか捜査せねば。……そういえば義姉が言っていた、婚約者とその母親との外出についての確認は取れたのか?」
「うん、これにまとめてあるよ。家族ぐるみで仲良くしていたのは本当みたいだね」
トマーシュは、資料の山から一枚の報告書を取り出す。目を通すと、レストランやカフェ、ブティック、劇場、植物園など、三人で出歩いていたという多くの目撃情報が記されていた。
それぞれの店にも確認を取ったようだ。オルドラーク伯爵家の名で予約していた履歴があり、更に対応した店員の証言も得られている。
とあるレストランの店員達は、
「オルドラーク伯爵夫人と、夫人と髪色や顔立ちがそっくりのご令息ですよね。昔からご贔屓にしていただいております。この一年は、娘様ではなく、ご令息の婚約者のご令嬢と三人で、お食事を楽しんでいらっしゃいましたね」
「とても紳士的でお優しいご令息でしたよ。夫人にも婚約者にも椅子を引いて、丁寧にエスコートをしていらして。お食事の最後には、いつも夫人がお好きな季節のタルトを注文して、皆さんで召し上がっていました」
と語り、随分と三人に好印象を抱いている様子だったと書かれている。
義姉は、婚約して一年ほどだと言っていたが……そう考えるとかなり頻繁に三人で出かけていたらしい。
「義姉と、婚約者やオルドラーク家との関係は良好そうだな。インツ殿や夫人、弟の三人は、被害者とあまり接点がなかったようだから、今の段階では彼らが殺人を犯すほどの理由がない。そうなると、令嬢が横恋慕したというのがもっとも分かりやすい殺害動機ではあるのだが……」
「あんまりそんなふうには見えないよねぇ」
俺は、留置局で出す程度の紅茶を大事そうに飲む姿や、全てを諦めたような瞳が……演技のようには見えなかった。
――彼女には、何かある。“悪女”と罵られても、弁明を諦めてしまうような過去が。そう思えてならない。
俺の眉間に力が入ったのを目敏く見ていたトマーシュが、頭をコツンと叩いてくる。
「それを見付けるのが、留置局を預かる僕達の仕事……でしょ?情報はすぐに集めるし、プラーシル家に行けば令嬢の部屋なんてすぐに案内させられるんだからさ。まずはそれを見てから考えようよ」
「……そうだな」
「ふはっ!令嬢の取り調べをするより、伯爵家に行く方が余程嫌そうだね!」
……煩い。放っておけ。




