14,薄気味悪い関心
いつも通り取り調べの時間になり、わたくしはアウレアさんに案内されて取調室に入室しました。
そこには閣下と……橙色の髪をした知らない方が。
「やぁ、初めまして。閣下の補佐官を務めているトマーシュ・クレイゼアです。宜しく、麗しいお嬢さん」
「……ごきげんよう。プラーシル伯爵家が次女、レニエラですわ。本日は閣下に加え、補佐官の方までわたくしの取り調べを?」
「いや、こいつは勝手に付いてきたんだ。放っておいてかまわない」
溜息を吐く閣下と、にこにこと手を振っている補佐官様。
明らかに温度差のある二人を見て、一体何に巻き込まれているのかしら……と目を細めます。そっと椅子に腰かけると、補佐官様が近付いてきました。
「“補佐官の方”なんて言いづらいでしょう?僕のことは好きに呼んでください。何なら親愛を込めて、名前で呼んでくださってもかまいませんよ」
「いいえ、結構ですわ。補佐官様」
「あらま。それならせめて、クレイゼアと呼んでくださいよ。補佐官様も堅苦しいじゃないですか。ほらほら」
補佐官様は黄緑色の垂れ目をまん丸にして、何だか楽しげにこちらを見てきます。そして催促するように急かされ、わたくしは諦めることにしました。
「クレイゼア様……で宜しいのですか?」
「そうそう!その方がいいですよ」
「……本当に何をしに来たんだ、お前は」
クレイゼアもファルスキーと同様、有名な高位貴族の名です。彼はクレイゼア侯爵家の令息なのでしょう。
そんな高貴な方が、一体何のご用でしょうか。わたくしの噂を知っているはずなのに麗しいと言い、名前で呼ぶことを許す発言をするなんて。怪しいとしか言いようがありません。
わたくしは警戒しつつ、閣下へ視線を向けます。
閣下は呆れた表情で向かいに腰かけました。クレイゼア様は閣下の後ろに控えて、こちらの話を聞くつもりのようです。
「今日の面会について話を聞きたい。まず、君は義姉の鍵を盗んだのか?」
「何でしたかしら……。“オルドラーク伯爵令息との思い出の品を入れていた宝箱の鍵”……でしたか?」
「そう言っていたな」
自分で言ってみて、その言葉があまりにも胡散臭く、乾いた笑みがこぼれそうでした。
別にそう主張するのはかまいませんけれど……父は後先を考えて言ったのかしら。もしラウラの部屋が調べられた時、困るのは彼女でしょうに。
「わたくし、そんな鍵は知りませんわ」
「本当か?」
「えぇ、ラウラがそれほど大切に婚約者との思い出の品をしまっていただなんて、初めて知ったくらいですもの」
嘘ではありませんわ。だって、そんな鍵や宝箱は知りませんもの。
「じゃあ君の父親は何をしに来たのだ?」
「鍵を探しているのでしょう?」
「……君は何を言っているんだ?」
答える気は毛頭ないので、肩を竦めて誤魔化します。怪訝な顔をこちらに向ける閣下を華麗に無視すると、今度はクレイゼア様から声がかかりました。
「では、屋敷を出てくる時に何をしたのですか?」
「何……とは?」
「あなたの父親曰く、執事や使用人達の仕事が回らなくなるような何かをして出てきたのでしょう?」
……そういえばそんなことを言っていましたね。わたくし、閣下の問いには多少答えるつもりはありますが、クレイゼア様にまで返答する必要はあるのでしょうか。
それにこの方、笑みが薄気味悪くて苦手です。
閣下へ視線を向けると、面倒くさそうなお顔で「答えてやってくれ」と言われました。あの……その方、あなたの補佐官なのですわよね?
「何のことでしょう。警騎士の方々がいらっしゃるまでの間、わたくしの側には監視のように使用人達がいましたけれど?そのまま客室に連れられたのに、いつ何をしたとおっしゃるのです?」
「ん?じゃあ、使用人達の訴えはどういうことですか?彼らが皆、嘘をついていると?」
「わたくし、嘘だなんて一言も言っていませんわ。訴え通り、わたくしが原因で屋敷のことが回らないのでしょう」
「え……いや、え……?」
クレイゼア様にも閣下と同じように返答します。
違うと否定しながらも言葉通りの意味だと返せば、意味が分からなくて当然でしょう。二人とも、まるで渋い果物を食べた顔をなさっています。
二人は困惑した顔を見合わせながら、「ねぇ、どういうこと?」「俺が知るか」とやり取りをしています。上司と部下にしては、随分と気さくなやり取りですわね。
「わたくしは、父が何を言いたかったのか、使用人達の訴えにどんな理由があるのか理解出来ますわ。ですが……前回と同様に、わたくしの発言を誰が信用してくださると?」
首を傾げて問いかけてみましたが、閣下は無表情のまま、クレイゼア様は目を瞬かせながら、無言を貫いています。
「父も言っていたでしょう?醜聞だらけのわたくしの言葉を誰が信じるのか、と。ですから、わたくしが発する言葉に意味はないのです」
「つまりは我々自身で、その意図や意味に気付け――と?」
「そうしていただければ、とは思っておりますわ」
とはいえ、彼らにとっては証言だけを信じ、わたくしに罪を押し付けた方が手っ取り早いはずです。
父の言う通り、醜聞だらけで庇う必要性がなさそうなわたくしに手を差し伸べるだなんて、普通に考えれば時間の無駄ですもの。
「それで?君の部屋を探せと言ったな?」
「そうですわ。ここに居続けて宜しいのでしたら、是非ともそうしたいところなのですけれど。……いつかは夢から覚めなければなりませんものね」
頬に手を当てて残念そうに告げると、閣下は顰め面で何を言っているんだという表情を浮かべました。クレイゼア様も苦笑気味です。
「本心ですわよ?」
「本心であってたまるか。ここは貴族令嬢が暮らすような部屋ではないだろう。それに、令嬢の家出先や宿屋として提供している場所ではないんだが?」
「あら。わたくし、望んでここに来たのではありませんけれど?」
しれっとした態度で答えると、閣下は言い聞かせることを諦めたのか、「もういい」と続きを促します。
「プラーシル家で“わたくしの部屋”を見れば、わたくしがどういった人間だったか、お分かりいただけると思います」
「はぁ……。君が勝手に言ってくれたせいで、私自身がまた伯爵家に行かねばならなくなったではないか。君の部屋の捜査まで私自身がすると返事した覚えはなかったのだが?」
「だって、わたくしの言葉を聞いてくださったのは閣下だけですもの。他の担当官の方々を信用出来ると思いまして?」
閣下はぐっと息を詰まらせ、気まずそうに視線を逸らしました。
意地悪を言ったとは思いますけれど、事実ですから。このくらいの可愛い嫌味は受け止めてくださいませ。
すると、閣下の後ろから机に手をつき、乗り出すような姿勢でクレイゼア様が楽しげに問いかけてきました。
「ねぇ、プラーシル伯爵令嬢。それ、僕も同行してかまいませんか?」
その問いにわたくしは困惑し、ちらりと閣下を窺います。しかし、面倒だと言わんばかりに顔を背けておられます。なんてこと……。
そもそもこの方、今“僕”っておっしゃいましたね?そちらの方が地なのでしょうか。
「……クレイゼア様もですか?わざわざ留置局の閣下と補佐官様が?何故でしょう?」
そう聞き返した途端、クレイゼア様の背中から黒いオーラが漏れ出ているように見えました。な、何故……?
「君のお義姉さんはね、面会室に入れなかったからって我らが閣下に暇な時間の相手をさせようとしたそうなんですよ」
「えっ」
「その上、君が家宅捜査だと伝えたはずなのに、どうもそのお義姉さんが着飾って閣下を出迎えようとしているらしくって。家族揃って意気込んでいると聞いているんです。そんなの、とっても気になるでしょう?」
と、にっこりと笑いながら、早口でお返事をいただきました。
それはそれはとびきりの笑顔……なのですけれど、これは――とっても怒っていらっしゃいませんこと?
恐ろしいほどの圧ですけれど、そもそもそんなことがありましたの?あの人達、本当にどういう神経をしているのかしら……。
「……誰が家宅捜査に向かわれるのか、わたくしに人を選ぶ権限はありませんわ。閣下に行っていただきたいという要望が叶うのであれば、それ以外にわたくしから申し上げることはございませんが……」
「ねぇ、ルド!許可をもらいましたよ!僕も行っていいよね?」
クレイゼア様は、勢いよく閣下に顔を向けました。黒いオーラが霧散して、まるで無邪気な子供のようです。なんて変わり身の早さでしょう……。
「聞こえている。取り調べ中に愛称で呼ぶな、嬉しそうにするな、普段の口調と敬語を混ぜるな、気持ち悪い!こっちを見んでいい!」
二人は想像以上に仲がいいらしく、じゃれ合っているようにしか見えません。
……あの、わたくし、何を見せられているのでしょうか。
取り調べの最中ですよ?と、取り調べられている側のこちらから突っ込んだ方がいいのか悩んでしまうほどです。
「コホン。とにかく、我々はプラーシル家を捜査することになるが、仮に君の部屋を見付けた場合は遠慮なく調べてよいのだな?」
閣下はクレイゼア様の顔を押し退けながら問いかけてきました。全くもって締まらない絵面ですわね。
「こちらがそれを望んでいるのです、当然ですわ。――ですが、どうか間違われませんよう。閣下に探していただきたいのは“わたくしの部屋”、ですからね」
お読みくださり、ありがとうございます。
side:???にて漂い始めた、新たな展開の気配。
そんな中、ルドヴィークとトマーシュが抱く違和感や謎は更に深まっていく――。
レニエラの言葉の意図とは?
“わたくしの部屋”には一体何があるのか……?
来週もお楽しみに!
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