13,深まる違和感(side:閣下)
局長室に戻り、両手で頭を抱えながら溜息を吐く。
途中から合流したトマーシュが、何も言わずコーヒーを淹れ始めた。
「溜息が癖になってきておりますよ、閣下」
「やめろ、気色悪い」
「ははっ、悪い悪い。で、どうだったの?被疑者公認の盗み聞きは」
「癪に障る言い方だが、間違っていないから更に腹が立つな。……なんというか、強烈だったな」
こぼれた言葉は紛れもなく本音で、椅子に腰かけると疲労が肩にのしかかってくる気がした。
令嬢を捕らえた二日後。事情聴取のためプラーシル家を訪れ、無駄な接待を受けたあの日。
婚約者を亡くした娘とその家族だというのに、誰も彼も悲しむ様子がなかった。
貴族然としていると言えば、そうなのかもしれない。だが、単純に見たまま受け取るのが正しいのではないかと思える態度だった。
彼女の義姉は悲しげな表情を作ってはいたが、文字通り“作っている表情”で眉を下げるだけ。夫人に目配せをされるとしなを作り、俺の体に触れようと隣に寄ってきた。
似たような振舞いを幾度となく経験してきた俺からしてみれば、嫌悪しか抱かない。とはいえ、一応は婚約者を亡くした被害者だからと、上手く躱しつつ捜査のために話を聞いた。
「私とアマン様は、婚約して一年ほどです。私が成人してすぐ、お義父様が婚約を決めてくれたんです」
「被疑者レニエラ・プラーシルと被害者アマン・オルドラークとの接点は?」
「アマン様は私とお茶をするために、定期的に屋敷に来ていましたから。レニエラがアマン様を気に入ったようで、待ち伏せて話しかけたり、お茶の席に乗り込んできたり。……噂のようなことを、屋敷でもしていたんです。ぐすっ」
義姉の話は、資料や報告書の内容と相違なかった。その場にいたインツ殿や夫人、弟も口を挟むことなく頷いていた。
他には、伯爵令息と、その母であるオルドラーク伯爵夫人と三人でよく出かけていたらしい。家族ぐるみで親しくしていたと語っていた。
だったらもう少し偲んでやればいいものを……。
そこで何を勘違いしたのか、俺が親身になっているように見えたのか。インツ殿や夫人は、「お若い二人で」などと執事や使用人まで退室させて二人きりにしようとするわ、特に何の変哲もない庭を義姉に案内させようとするわ……。
何度、「いい加減にしろ」と怒りそうになったか。
それでも、悲しむ義姉を思い遣ってのことだろうと心を鎮めて流していた。捜査資料には、“プラーシル家は貴族の家には珍しいほど家族仲がいい”と書かれていたからな。
だが、今日控え室で聞こえてきた、令嬢に対する罵声。そして、自身の元妻であり、令嬢の母親を疎むような暴言。
そこには愛情の一切がないように思えた。
――以前、警士がこう言ったらしい。「実の子であろうとも他人だから」と。
その言葉通り、どの家でも家族間の諍いは尽きない。後継者争いや、色恋沙汰――親や子供が意のままにならない事柄など、挙げればキリがないだろう。
かの令嬢が噂通りの娘で、どれだけ注意しても反省せず改善する気配もなければ、いくら家族であろうが愛情深く接してやれなくても理解は出来る。
しかし、俺が直接話した彼女は、それほど思慮の浅い人間ではなさそうだった。実際、彼女が黙秘を続けた理由を突き詰めた結果、こちらに落ち度があったのだから。
資料に書かれている令嬢と、実際の彼女。同一人物の情報のはずなのに、ずっと噛み合わずにいる。
暫く黙って考えを巡らせていると、目の前に淹れたてのコーヒーが差し出された。
「強烈……ねぇ。ちなみに、面会者側の担当官から渡された報告書がこれだよ。読んでみて、面白いから」
コーヒーと共に手渡された報告書にサッと目を通してみると、呆れて言葉を失ってしまう。
「彼女の義姉は面会を断られたからと、暇な時間の相手をさせるために俺を呼べと言ったのか」
「そう。このお義姉さん、心細いと言って泣き出すし、夫人も加わって喧しいったらなかったそうだよ」
面会希望者の中には、まだ心の整理がつかず、感情の起伏の激しい者は確かにいるが……。貴族然とした態度は何処に置いてきたんだ。
「閣下は忙しいと言って断ったら、途端に不貞腐れたんだって。一人で散歩に行ったってさ」
「くだらん。婚約者を亡くしているんだぞ……。悼んで喪に服すのが普通だろう」
「一緒にいた弟がお義姉さんを宥めていたようだけれど、こちらへの謝罪はなかったらしいしね。何とかその場を収めようとしていただけだってさ」
……どう考えても、家族の方が非常識に聞こえるのだが?
痛む頭を押さえながらコーヒーに口を付ける。今日もこの苦味が体に染み渡る。
「僕もね、つい気になって覗きに行ったんだよ。見られたのは、帰っていくプラーシル家一行だったんだけどね。どんな様子だったと思う?」
「……にやつくな。どうせ碌なことじゃないんだろう?」
「聞いてよ。もうね、おかしくってさぁ。父親が、『あいつのおかげで、また閣下が我が家に来てくださるかもしれん。ラウラ、綺麗に着飾って閣下をもてなすのだぞ』って言っていたんだよ」
……令嬢の前では、迷惑そうに叱り付けていなかったか?それに、俺は事件の捜査に行くだけだ。もてなす必要などないと、彼女も言っていたというのに。
「しかもお義姉さん、それを聞いて、随分と機嫌よく帰っていってさぁ。あいつら、僕達の仕事を何だと思っているんだろうね」
言葉に含まれた熱を感じ取って目線を上げると、トマーシュはにこにこと笑っていた。が、明らかに笑顔が黒い。
これは……想像以上に怒っているな。
こいつは俺と違って温厚そうな見た目だから勘違いされやすいが、それなりにいい性格をしている。食えない男な上に、本気で怒ると手段を選ばず相手を潰しにかかる過激派だ。
面倒なことが起こらなければいいが……。これ以上余計な心配を増やしてくれるな。
「それで?父親は娘に何を言いに来たの?」
「曰く、彼女は捕まる前、義姉が婚約者との思い出の品をしまっていた宝箱の鍵を盗んだらしい。それをどこへやったのだと問い詰めていた」
「なにそれ。わざわざそれを聞きに?」
「らしいな。あとは、令嬢が屋敷内を引っ掻き回して出ていったせいで、執事や使用人達が仕事にならんと困っているらしい」
俺が首を捻ると、同じようにトマーシュも首を傾げた。
「……そんな時間あったのかな?」
「警士がプラーシル家に到着してから令嬢が来るまで、多少時間はあったようだが……。たかが三十分程度で使用人達が困り果て、仕事が出来なくなるなど有り得るのか?」
「そうだよねぇ。……屋敷内を燃やしでもした?」
平然とした顔で物騒なことを言うトマーシュに、呆れた視線を投げ付ける。
「そんなわけないだろう。適当なことを言うな」
「いやだってさ、例えば服やシーツを水浸しにしたくらいじゃ干せばいいだけだし、汚されたにしたって綺麗にするか、替えを買えばいいじゃない?」
むっと口を尖らせて、トマーシュは聞いてきた。それはそうだろうなと頷く。
「他には……なんだろう。調理場や食料庫を荒らして回る?でも、そもそも誰かしらいるよねぇ?」
「伯爵家の調理場なら、誰一人いないなんてことはないだろうな」
「他にも屋敷を汚すだとか、家具を壊すだとか、色々やりようはあるんだろうけど……。そんな短い時間で令嬢一人に何が出来るのさ」
そうなのだ。インツ殿の言い分は、些かおかしい気がする。なにせ――
「屋敷のことが回っていないなんて言い方も妙だ。それだと、一部だけでなく屋敷全体で被害を受けたように聞こえる」
「だから、怒りに任せて屋敷を燃やしでもした?って聞いたんだよ。令嬢が捕まってもう数日経つのに、未だに使用人の手が追い付かないなんてさ。各所に火をつけて回ったら、一番手軽でダメージが大きそうかなって」
「……分からなくはないが、訪問した時に火事まで起きていたら、必ず警士から報告が入るだろう」
「それはそっか。残念」
「はぁ……。何が残念だ」
そういえば、留置局に連れてこられた彼女は、とてもやつれた顔をしていたな。
あんな華奢な令嬢が、何をどうやったら屋敷全体が回らなくなるようなトラブルを起こせると言うのか。
「とにかく、彼女が先んじて宣言してしまったからな。近いうちにもう一度訪問しなければならんのか……。潔く諦めて家宅捜査するしかないか」
「あっ。ねぇねぇ、それならさぁ……」
僅かに跳ねるような声で、トマーシュがこちらを覗き込んでくる。
この顔は……また碌でもないことを思い付いたらしい。
早速面倒が増えたと、俺は深く溜息を吐いてから眉間を押さえた。




