12,崩れ始めた張りぼて(side:???)
あの方が捕まって数日。
屋敷の中は大混乱に見舞われています。
何故なら、あの方がいなくなって、全員が困り果てているのですから。
初めは、ほんの僅かなことだったのです。
「……はっくしょん!」
「ねぇ、いつものお茶はどうしたの?」
「はぁ。つまんなーい」
「セバス、今日の分は?」
あの方が捕まったことで、警騎士や担当官からの事情聴取に追われています。当然のことながら、捜査協力以外の外出は自粛しなくてはなりません。
お茶会やパーティーは全て欠席。お約束していた方全員にお断りのご連絡をすることになりました。
それがあの方のせいであろうとなかろうと、この屋敷で殺人事件が起きたのですから。
「お前には苦労をかけるが、頼んだぞ」
「はい、勿論です」
返事をし、当主代理に頭を下げます。私は私の役目を全うするしかありません。あの方がいなくなってしまった以上、こうなることは目に見えていましたが。
部屋を出て、私はちらりと振り返りました。
「……それでもきっと、すぐに綻びは大きくなると思いますが。どうするつもりなんでしょうね」
――そう呟いた言葉の通り、それはすぐ表面に現れました。
「何だ、この食事はっ」
「ちょっと!私のドレス、準備されていないのだけれど!?」
「今日も一日屋敷にいないといけないの?はぁ……」
「セバス、今日はどれだけあるの?」
あの方が連行された日を含めても、たった四日。
全員が音を上げ始めました。使用人達は言葉数少なくせっせと働き続けています。
――が、どうやら追い付いていないようです。
そのせいもあって、家族団欒の時間も決していい雰囲気とは言えません。
暫くすると、当主代理が大慌てで部屋にやってきました。
「例の引き出しの鍵を知らんか!?」
「……?いいえ、私は何も」
「くそっ!あいつ、一体何処へ隠したんだ!」
悪態をついて出ていく背中を見送り、ふうと息を吐きます。きっとあの部屋を探しに行くのでしょうね。
「でも、あの部屋に鍵はありませんよ。それに、あったとしても……」
私はそっと自分の机を撫でました。
「こうなってしまった以上、あの方の本来の望みは叶わないでしょう。ですが……私にとっては好都合です」
そのためにも、段取りだけは間違えないようにしなければ。
私は、今後の計画を紙に書いては暖炉で燃やし、書いては燃やし……満足がいくまで思考を巡らせ続けました。
翌日。
「面会に行く。早くあいつを連れ戻さねば……鍵も見当たらんし、家も立ち行かん!くそっ、もっと早く気付くべきだった……!」
疲労感を滲ませて、当主代理が吐き捨てました。
やはり鍵は見付からなかったようですね。それに、ようやく事の重大さに気付いたようです。
「そんなことを黙っていたなんて!あぁ、嫌らしい。ラウラ、もう少しの辛抱よ。あなたにはファルスキー公爵令息との新しいご縁があるのだもの。そちらに専念するのよ」
「そうね、お母様!」
「あんな子のせいで、あなたの未来を奪わせないわ。あなたはもっと上へいける子だもの。いいわね?」
「ふふっ、当然よ。それなら、留置局の方々によく思われるように、しっかりおめかししなくちゃ!」
一方で、今からお見合いにでも行くのかというほどの気合いの入れようで、二人は衣装部屋へ向かっていきました。
私も留置局へ同行しましたが、どうやら当主代理以外は面会を断られてしまったようです。
「せっかく会いに来てあげたのに……っ」
「可哀想なラウラ。本当にあの子は……!」
そうして抱き合う母子は、確かに哀れに見えるでしょう。同情するような視線が集まってきます。
当主代理も「なんで駄目なんだ!?」と言い募っていますが……単純にあの方が断っただけでしょうね。
すると――
「わざわざここまで来たのに、レニエラに会えないなんて……。あの子、大丈夫なのかしら……」
「お前は本当に優しい子だなぁ。……そうだ、君。ファルスキー様はおられないのか?」
当主代理は何かを思い立ったかのように、近くの担当官に声をかけました。
「閣下……でございますか?」
「あぁ。この子は、婚約者を殺された被害者なのだ。あの方も、まだこの子に聞きたいことがあるだろう」
「まぁ、そうね!そこの方、ファルスキー様を呼んでくださらない?」
などと言い出しました。私は近くで静かに成り行きを見守るしかありません。
担当官はぎょっとしつつも確認をしに行きましたが、戻ってくると「閣下は業務が立て込んでおり、今は席を外しているようで……」と言葉を濁しました。
「なんてことなの……レニエラには面会を断られて、閣下にもお会い出来ないなんて。お茶会やパーティーにも行けずにお屋敷に閉じ込められて、こんなに心細い思いをしているのに……」
「泣かないで、ラウラ」
涙を流し、それを慰める子供の姿を見た母は、担当官に向かって喚き始めました。
「どうして罪を犯したあの子の要望が通って、この子の『義妹に会いたい』って望みが通らないの!おかしいでしょう!」
……いえ、面会の予約も取らず急に押しかけてきて、当主代理が通されるだけでも十分温情をかけられていると思いますよ。
担当官達は眉を下げ、困り果てています。“婚約者を失った哀れな令嬢”には違いありませんからね。
ですが、留置局の局長ともあろう方に、おいそれと会えると本当に思っていたのでしょうか。それに、まだ調査が必要なことがあるなら、向こうから訪ねてくるか召喚状が届くはずです。
それを、「聞きたいことがあるはず!」だなんて理由で会えるはずないでしょうに。
「……もういいわ。お義父様はレニエラと会うのでしょう?きちんと罪を明かして、戻ってきてと伝えてくれる?」
「あぁ、勿論だとも。優しいなぁ、お前は」
当主代理は栗色の頭を撫で、まだ憤りを残した顔で面会室へ入っていきました。
「あの子には会えないし、ファルスキー様ともお話し出来ないなんて。お母様、ここにいても暇なだけだから、外を歩いてきてもいいかしら?」
「そうね、私がここでインツ様をお待ちしているから、かまわないわよ」
「私も一緒に行こうか?」
「ミルズ、ごめんなさい。少し一人になりたいの」
そんな会話を繰り広げて、彼女は一人外へ出ていきました。私は暫くその場に控えていましたが、何かあってはいけないからと一言伝えて、様子を見に行くことにしました。
――そこで、私は見てしまったのです。
「あなたのような担当官の助けがあれば、あの子に自分の行いを認めさせられるはずです!私は、悪いことをしたならきちんと償ってほしいだけなの……。力を貸してくださらない?」
「やはりあの令嬢は……!分かりました。喜んで協力させていただきます!」
「まぁ、嬉しい!これで伯爵家は救われます!」
「えぇ。……閣下にも早く目を覚ましていただかないと」
そんなやり取りをしているところを。
暫く隠れて話を聞いていた私は、気配を殺して引き返し、別の場所で彼女を探すふりをしました。
あぁ、本当に……。
また碌なことにならなさそうです。
このままでは、あの方の罪がでっち上げられてしまいます。あの方の罪は、そんなものではありませんのに。
「……お叱りになるかもしれませんが、やむを得ませんね。“トール”を使いましょうか」
私は留置局を見上げます。きっとあの方は、この塔の何処かの部屋で寝起きしているのでしょう。
「あの部屋のように、足の踏み場がなくなるようなことは……ないのでしょうね」
ただその事実だけが、私の心を慰めていました。




