11,わたくしの知らない愛
「ふっ!あはは!」
「な、何がおかしい!」
わたくしはあまりの不愉快さに、煽るように鼻で笑ってやりました。せっかくですから、ここ数日の取り調べについて伝えてみましょうか。
「監視……ねぇ。そうそう、お父様。わたくし、取り調べで担当官の方々から『お前が犯人だろう』と散々言われたのですけれど、『わたくしはやっておりません』とお伝えしたんです。身に覚えがないのですもの。そう言うのは当然ですわよね?」
「なっ!?」
「部下の方々では手に余るからと、留置局の局長自ら取り調べをしてくださったのです。ですから、『わたくしのことは好きにお調べくださいませ』とお伝えしましたわ」
「お前っ!ファルスキー公爵令息に取り調べをされたのか!?」
父はぎょっと目を剥き、両手をカウンターにつきます。
「わたくし、何もしておりませんもの。答えられることなどございませんでしょう?」
「お、お前がアマン殿を殴り殺したと、使用人達が言っているのだぞ!?」
「そうらしいですわね。でも、知りませんもの。担当官の方々が、『何も答えない』『態度が悪い』とおっしゃっても、どうすることも出来ませんから放置しておりましたの」
父はわなわなと体を震わせ、みるみる顔色が悪くなっていきます。わたくしを悪だと思っているのなら、今こそ叱り付けるべきでしょうに。
「ですから、更なる捜査をなさるはずですわ。わたくしの態度や噂があまりにも酷いうえに、何も話さないのですから。他にも余罪がないか、証拠や証言がないか……閣下が直々に伯爵家をお調べになるかもしれませんわね?」
父の望み通り、悪女らしい台詞を投げかけ、首を傾けてみせます。すると、ガラスに唾が飛ぶほど、父は声を荒げました。
「何故、また我が家を捜査されるようなことになる!?お前が罪を認めれば、こんなことには……!」
「何度も申しておりますけれど、わたくし、してもいない罪を認めたくありませんもの。それともお父様は、あなたの娘であるわたくしが犯人であってほしいのですか?」
「そう、ではないが……っ!」
そうですわね、そう言うしかありませんわよね。
呻くような声を絞り出す父に、わたくしは淡々と言い聞かせます。
「それなら、オルドラーク家のためにも全てを明らかにしませんと。かの家は嫡男を失われたのですから」
「だが、閣下をお迎えするとなれば、それなりの準備が要るだろう!」
「捜査のためのご訪問でしょう?協力なさるだけで宜しいではありませんか。何の準備が要るというのですか?」
「何の準備だと?先日、ファルスキー公爵令息がご訪問くださった時、ラウラがあの方を気に入ったようでな。あの方もまんざらではないようであったから、当主代理として、ラウラの義父として、相応のもてなしをせねばならんだろう!」
――は?
この人は、何を言い出すのでしょう。
そもそも、閣下がまんざらでもない様子って……。
鼻の下を伸ばしている閣下のお顔を思い浮かべようとしましたけれど……ないでしょうね、と白けてしまいました。
父の主張を聞く限り、心からそう考えているのでしょう。ラウラと閣下が互いに気に入るだなんて。……本当に、都合のいいように解釈するのが好きな人ですこと。
書記の担当官を横目で見ると、いくら評判のいいラウラであっても、閣下が気に入ったという発言は信じられなかったのか、顔を引きつらせています。
……あなたは何も悪くありませんわ。しっかり記録してご報告なさいな。まぁ、そもそも筒抜けでしょうしね。
「オルドラーク伯爵令息を大切な婚約者だと言っておきながら、閣下を気に入った……?その程度で忘れられる相手だったということではありませんか」
「あの子は家のため、気丈に振舞ってくれているんだ。そんなことも分からんのか、お前は」
さも当然のように言う父に、呆れて肩を竦めます。
「全くもって分かりませんわね。お父様はラウラのことを、婚約者を失ってすぐ他の男に靡く子だとおっしゃりたいのですか?純情で可憐だと言われているのに、それでは随分な尻軽ではありませんか」
「尻軽なんて下品な言葉、ラウラは言わん!お前は本当に淑女として品性のカケラもないな!!」
……今、そんな話をしていまして?聞きたくないことを聞き流して、話をすり替えるのが本当にお上手ですこと。
いい加減、言葉を交わすのにも疲れてしまい、大きく溜息を吐いて顔を背けます。わなわなと震え続ける父は、担当官に八つ当たりのように声を荒げました。
「娘と二人で話をさせてくれ!言って聞かせねば気が済まん!!」
「……分かりました。ですが、あまりカウンターや仕切りを叩かれませんよう。何処かに破損があれば、伯爵家に請求いたしますので」
「うっ……わ、分かった」
これまでの態度を指摘され、父は気まずそうに顔を歪めました。担当官は一礼すると、書類を持って部屋を出ていきます。
誰も見ていないと分かるや否や、父は面会室の椅子を乱暴に引き、深緑色の髪を掻き上げながらどかりと座りました。
「さっさと認めた方が罪も軽くなるだろうに。何を言おうが、どうせお前が犯人になるのだ。皆がお前の罪を証言しているのだからな。醜聞だらけのお前の言葉など、誰が耳を貸し、信じるというのだ」
わたくしを嘲った父に無表情を返します。その様子を見て、また父は声を荒げました。
「本当に気味が悪いな!何を考えているか分からんその表情、お前の母親とそっくりだ!顔色が良くなったせいか腹立たしいほど似ておって、虫唾が走るわ!!」
「そんなわたくしを作った片親は、あなただと記憶していますが?」
「黙れ!あの女は、私を夫として迎えたくせに、伯爵家の人間として扱わなかった!あの女に仕えていた使用人共も同じだ。誰も彼も、私を婿だ部外者だと見下しおって……!」
父は何かを思い出しながら、ブツブツと呟いています。“婿だから認められなかった”――きっと父は、いつまでもその言葉に囚われ続けているのでしょう。
それにしても、書記の担当官がいなくなったからって、随分と舌が回りますこと。閣下には存分に聞いていただきませんと。
「いいか、無駄な抵抗などせずさっさと罪を認めるんだ。殺人とはいえ、国家反逆や王族への罪ではないのだ。令嬢への実刑だと修道院行きが妥当だろう。酷くて、鞭打ちが追加されるかどうかくらいではないか?」
この国の法で、貴族に対する処刑は滅多に行われません。
父の言ったように、国家を揺るがすものや王族に対する罪、あとはこの国が重んじている血筋にまつわるものではない限り。
「であれば、我が領地の修道院に閉じ込め、こちらで管理すると言えば融通してもらえるだろう。早く自白した方が刑が増やされずにすむぞ」
「嫌ですわ」
「お前っ!!」
父は勢い任せに立ち上がって椅子を倒し、拳をガラスに叩き付けます。先程の担当官の言葉をもう忘れてしまったのでしょうか。
大きな音がしましたけれど、さて警報は鳴ったのかしら。
「調子に乗るんじゃない!お前が戻ってきた時、徹底して閉じ込めてやる。これまで以上に自由はないと思え!!」
そう吐き捨てると、出口に向かってドスドスと歩いていきます。ですが、父はふと扉の前で立ち止まって、振り返りました。
その顔は醜悪そのもので、
「まぁ、お前のおかげでファルスキー公爵家との縁が出来たのだ。オルドラーク家への慰謝料は痛手だが、それ以上の縁だ。お前はお前で前科持ちとなり、婚約が決まってもどうせ碌でもない相手だろうからな。徹底的に私達が監視した方がよかろう。精々お前は幸せになるラウラを眺めておるがいいわ」
そう言い残して出ていきました。
開かれた扉の先から義母の声が聞こえてきます。きっとラウラやミルズも側にいるのでしょう。
あの子達は、二人から愛されていますものね。甘やかされ、許されて。……それは、はたして幸せなのでしょうか。
「家族って、何なのかしらね」
わたくしは小さくこぼし、部屋を出ます。控え室の椅子に腰かけている閣下は、腕と脚を組み、眉間の皺を深めて思案しているようでした。
「お聞き苦しいものを、失礼いたしましたわ」
「いや……」
わたくしは閣下に深く頭を下げます。
閣下は一言呟いて以降、何も発することなくアウレアさんにわたくしを託し、立ち去っていきました。




