10,預言のような面会
翌朝、届けられた朝食を半分ほど食べ、読書を楽しみながら寛いでいると、ノックの音が響きました。
取り調べの時間にしては随分と早い訪問です。扉を開くと、アウレアさんが立っていました。
「プラーシル伯爵家の方々が面会にいらっしゃっていますが、お会いになりますか?」
「――はっ」
あぁ……いけません。うっかり鼻で笑ってしまいました。少し目を丸くしたアウレアさんに「すみません」と謝罪します。決してあなたを笑ったわけではないのですよ。
――だって、まさか一週間も耐えられないなんて。
わたくしはアウレアさんに閣下への言伝を頼みました。この方はシモナさんと違って、嫌な顔をせずすぐに動いてくださいますね。僅か十分程で閣下が部屋にいらっしゃいました。
「……君は預言者か何かなのか?」
「いいえ。わたくしも、昨日の今日で少し驚いております」
昨日の発言は、あくまで近々来そうな気がしただけです。それに預言者なのであれば、こんなことになる前にさっさと逃げおおせるでしょう?
「ところで、昨日お願いしたことは……」
「面会中の会話を確認すればいいのだろう?同席はしない方がいいんだな?」
「可能であれば」
「分かった。機密のため、どのように聞くかは説明出来んがな。しかし……捕らえている側から堂々と盗み聞けと言われたのは初めてだ」
先導していた閣下は、少し振り返ると呆れたように苦笑しました。
わたくしは聞き流していたのですが、どうやら周囲にとって今の会話は普通ではなかったようです。ざわっと空気が揺れ、担当官達の視線がこちらに集中しました。
……何かおかしな会話をしたでしょうか。
「記録のための書記は同席させるぞ。面会中の会話で分かることも多いからな」
「それはかまいませんわ」
「最後の五分から十分程度であれば、書記に離席を求めることは可能だ。ここでは家族や夫婦、婚約者など、水いらずで話したいと求められることもあるからな」
随分と寛容なのですね。外部と接触している最中に目を離すなんて。
……いいえ、きっと個室と同様に、何かしらの魔導具が作用しているのでしょう。そう考えれば、同席せずとも会話が聞けるのも納得出来ますから。
「では、わたくしから申し上げることはないでしょうね。恐らく父は、二人で話したいと言うでしょうけれど」
父の顔が頭を過り、体が強張っていきます。平静を保とうと心がけても、心臓の音が耳にまで響いているように感じます。
――痛っ!いやっ、切らないで!やめてぇっ!
目を閉じれば蘇る、消えることのない記憶。忘れることのない恐怖。
けれど、そんな弱い姿を晒せば、簡単に付け込まれてしまうでしょう。わたくしは両手をきつく握り締め、静かに息を吸い込みます。
「面会室への入室はどうする?家族総出で来ているそうだが、全員と話したいか?」
「義母やラウラ、それにミルズまで?そんな大人数で、一体何をしに来たのかしら。面会は父だけで、他の三人は結構ですわ」
「……分かった。そのように手配しよう」
閣下は、近くにいた担当官に面会の準備を指示します。そうしているうちに、面会室手前の控え室に到着しました。
控え室に入ると、面会室の様子を確認するための小窓から中が見えました。面会室の中央はガラスで区切られ、更にその奥にある扉から父が入室してくるのでしょう。
「では、行ってまいります」
「あぁ」
閣下に一礼して、わたくしは面会室へ入室します。中央に置かれた椅子に腰かけ、静かに息を整えます。
それから暫く待ってみましたが……何故か誰も入ってきません。
父以外との面会を断ったからでしょうか。もし揉めているのであれば、向こう側の担当官には申し訳ありませんね。仕事だと割り切って堪えてくださいと祈っておきます。
そうしてようやく入室してきた父の眉間には皺が寄り、頬は少し赤らんでいるようでした。外で何があったのでしょうか。
顔を上げ、わたくしの顔を見た父は、ハッとした表情を浮かべたあと、憎々しげに睨み付けてきました。けれど、書記の担当官に気付くとすぐに表情を繕い、眉を下げます。
担当官をちらりと見ると、父の表情の変化に気付いたのか、僅かに目を見張っていました。
「元気そうで何よりだ」
「心にもないお言葉をありがとうございますわ。えぇ、ここに来てから、とてもゆっくり過ごせておりますの。随分と顔色もよくなりましたでしょう?」
「それはお前が夜遊びして、不規則な生活をしていたからだろう」
「……さぁ、どうなのでしょうね」
書記の担当官がいるからか、わたくしを噂通りの娘にしておきたいのでしょう。同時に人の耳を気にして、何を言い出すか分からないわたくしに、深く切り込んでこられないようですね。
「今日ここに来たのは、他でもない。お前が出て行く前、ラウラが大事にしまっておいたものを隠したそうじゃないか」
「……何のことでしょうか?」
「とぼけるんじゃない。アマン殿との思い出の品を入れていた宝箱の鍵を、お前が隠してしまったとラウラが嘆いていたぞ」
わたくしは父の言葉に、ぱちぱちと目を瞬きます。
……なるほど、そういう設定にしましたのね。
身に覚えはありませんけれど、そう訴えればラウラを虐める悪者として広めることが出来ますもの。
これまでのわたくしであれば、素直に答えるだろうと思っていたのでしょう。
――でも、今のわたくしが、素直に答えてやる義理が何処にありまして?
わたくしは無表情のまま首を傾げてみせました。すると、父は更にわたくしを非難すべく、言い募ります。
「それに、セバスや使用人達も困り果てていたぞ。お前が屋敷内を引っ掻き回して出ていったせいで、全く仕事にならんと。今でも屋敷のことが回っておらんのだぞ」
「へぇ……。それはそれは」
「なんだその態度は!もういい加減にしてくれ……!ラウラの鍵は何処へやったんだ。家にこれほど迷惑をかけて満足か……!?」
父は悲痛な声と表情で、わたくしに言い聞かせます。さも被害者のような顔で、哀れまれるべきはこちらだと主張するように。
ですが、いいのですか?そんなことを言って。
だって――
「そうですわね。“プラーシル家”に迷惑をかけたいとは思っておりませんけれど、お父様達や使用人達が困っているというのなら、それは……とても」
「……?」
「ざまぁみろ……って気持ちになりますわね」
心から、そう思いますもの。
ニィと口角を上げてせせら笑うと、顔を真っ赤にした父がカウンターを叩きました。バンッと大きな音を響かせ、その勢いで立ち上がります。
「育ててやった恩も忘れて、そのような態度を!そこの担当官、しっかりと娘の態度を書き留めておいてくれ。ラウラの婚約者を殺し、反省もしない犯罪者だ。もう娘とも思えん!」
ついに怒鳴り声を上げた父を見て、わたくしは内心満足していました。ですがその代わり、今にも歯がカチカチと音を立ててしまいそうで、必死に堪えます。
いくらわたくしが容疑者であったとしても、正式な判決が下されない限り、わたくしの身はこの公的な施設や担当官達によって守られています。
今も、こうして分厚いガラスに隔たれている安心から、虚勢を張っていられるのです。……守ってくださりそうな担当官は、ごく僅かですけれど。
「でしたら、さっさとわたくしのことを義絶なされば宜しいでしょう?」
「……っ、それは」
「わたくし、捕らえられる時にも『今すぐ縁をお切りくださいな』とお伝えしたはずですが?」
「鍵の場所を言わぬ限り、縁を切ることは出来ん。今お前を放逐してしまっては、鍵の在処が分からずラウラが悲しんでしまうではないか」
父はさも当然のようにそう言い切ります。けれどわたくしはその言い分にまた失笑しそうになりました。
そんなにも大切なものなのでしたら、ラウラはどうして簡単に盗まれるようなところに鍵をしまっておいたのでしょうね?
それに、わざわざわたくしに確認しに来ずとも、宝箱自体を破壊して中身を取り出すか、鍵職人にでも依頼して開けさせればいいことではありませんか。
「それに、本来なら他家に嫁がせ、伯爵家に貢献してもらいたいところなんだぞ。だが、迷惑をかけると分かっている娘を、他所様に嫁がせられんだろう。お前は私達が屋敷で監視した方が世のためだ」
絞り出すような声色は、心からそう思っているように聞こえます。
伯爵家の娘として政略結婚の駒にすべきところを、迷惑になるからと屋敷で面倒を見ようという姿勢は、書記の担当官の耳にも、家族としての情や親の責任を全うしているように響くことでしょう。
ですが、わたくしはそんな白々しい父の顔を、温度のない瞳で見上げます。
あぁ……この男は本当に。
わたくしを飼い殺しにして、決してあの家から出すつもりがないのだと――改めて理解しました。
お読みくださり、ありがとうございます。
抱いた違和感が大きくなりつつあるルドヴィーク。
気丈に振舞いながらも、何かに怯えているレニエラ。
わざわざ面会に来たインツの望みは一体何なのか。
来週もお楽しみに!




