名前
記憶がない少女。
しかし、完全に喪失しており、何も分からない訳ではなく、エピソード記憶を中心に欠落している様子。
だから、言葉の意味は通じるし、会話もできる。要領を得ない回答や、噛み合っていないような回答もあるが、問題はない。
外見も良い。
登山の影響か顔や服は汚れているが、整えてやれば、最高クラス超一軍レベルであろう。
これならば、記憶の欠落などネガティブ材料にはならない。
身寄りの記憶もなく、足がつきにくそうなのも魅力。
いい金になる。と思っていたのだが。
(あの剣。どんなカラクリが……)
少女は、謎の剣を持っていた。
初見では何も思わなかったが、いま一度確認してみると、龍力を感じる。僅かだが。
装飾も豪華だし、これも別で金になると思っていたが、持ち運べないのではゴミ同然。
記憶の欠落くらいなら平気だが、武器とセットでは価値が落ちてしまう。
購入者が封印するにしても、本人しか持ち運びできないのでは、面倒である。
「……お前、属性は」
「え、と……」
「龍魂だ。使えるんだろ」
この事象。龍魂が絡んでいないと、説明ができない。
「その、申し訳ございません……それも、分からないんです……」
「…………」
なんだそれは。
龍魂なしで、このミステリアスソードを持ち歩いているのか。
「怪しいな。関わらない方が良いんじゃない?」
「あたしも同感やね。謎が多い」
クワイツとイヨイは消極的な様子。
活動資金は欲しいが、この少女は何か危険。
売り払うのは構わないが、後々面倒なことになりそうな気がする。端的に言えば、復讐。
龍魂を宿しているのは確実。この剣も何か細工があるのも確実。なら、顔も名前も知られてしまった今、そっとしておく方が安全。
「フン、弱気だな。「俺が」こいつに負けると?」
「そうじゃないけど……(ボクらは戦力外?)」
「そんな話やなくて……」
「俺たちの目的を忘れたのか?そのためには、(金が)必要だ。その後のことは、向こう(購入者)が考える話」
「まぁ、うん……」
「小さい数字にはならねぇ。必死で囲うだろ。護衛も異常にな」
少女に内容を悟られぬよう、直接的な言葉は裂けるヴグレたち。
「万が一でも、その頃は遠い地だ。そうそうカチ会わねぇ」
「確率的には、そうだけど……」
龍魂は確率を凌駕するし、単純に悪いことは重なる。これも確率を無視する。
が、最終的にはヴグレの案に乗った二人。リスクは承知で、リターンを取る。
「お前、名前も忘れてるんだろ」
「あ……」
確かに。
ただ、瞬間的に、言葉が浮かんだ。
「……ら」
「ら?」
「りえ、ら……」
その三文字が。
「リエラ?自信なさそうだけど」
「言うてリエラっぽいよね」
外見とリエラ。しっくりくる。
本名かどうかは怪しいが、口をついて出た言葉だ。多分、無関係ではないのだろう。
自分の事を「わたくし」と言うくらいだ。記憶がなくなる前は、そこそこの階級にいたのだろう。
ただ……
(……だとすれば、尚更妙だな。そんなレベルのお嬢様だとして、こんな山奥に一人なワケがねぇ。は、下んねぇ思い過ごしか)
クワイツとイヨイの不安も、自分の予感も、全て無駄。
売り払って、その後会うことはない。
「行くぞ。ついて来い」
「……はい」
少女リエラに拒否権はない。
武器は手元にあるが、三対一では分が悪いし、行く当てもない。
ヴグレたちの目的は不明だが、誰かと行動していた方が情報も得やすいだろう。
大人しくしているしかない。ただ、警戒は怠らない。
と、その瞬間、ヴグレたちの表情が険しくなった。
「……ヴグレ」
「あぁ。囲まれている」
「中型が五体やね」
「面倒だが、やるぞ」
売り物を置いて、逃げる訳にはいかない。
龍力を宿しているはずだが、本人に自覚がない。逃げても、追いつかれてしまう。
ヴグレ、クワイツ、イヨイ。三人はリエラを守る様に立ち、龍魂を発現させた。
リエラは、その様子を見ていることしかできない。自分にこの剣は扱える自信がないし、戦闘なんてもっての外。そう直感が囁いている。
「来やがったな。クマ公」
現れたのは、中型のクマ型の魔物五体。自分たちの二倍はある背丈だ。
鋭い牙から涎が滴り落ちる。長い爪には、血の跡がしっかりと残っている。歴戦の証だ。
ヴグレは闇、クワイツは地、イヨイは風。
リエラの龍魂の記憶はないのに、何故か属性が分かってしまった。
それなのに、自分の龍魂は分からない。記憶のちぐはぐに、本人が一番困惑している。
「殺すまで欲張るな。戦闘不能で十分だ」
「了解」
「分かったよ」
殺せば金品や道具を落とすこともある。が、今は護衛対象がいる。
逃げるスキができれば、それ以上は望まない。
ヴグレたち対キラーベア五体。
記憶喪失後の初戦闘を、リエラは見守る。




