忘却
森の中の静寂。
静寂に溶け込むように、地に伏している少女が一人。
「うッ……!!」
一瞬顔を歪め、指が動く。
ゆっくりと少女の瞼が開く。透き通る蒼い瞳に、光が反射する。
「…………」
視界に飛び込んできたのは、草花と木々。そして、自分の毛であろう金色の髪。
傍には、なぜか黒髪の束が落ちている。これは、桂、と言われるヤツだろうか。
「つつ……」
どれくらい気を失っていたのか。頭を振り、身体を起こす。
「ここは……」
視界を高めても、森の中。それ以上の情報はない。
それなりに高い山の中の様子で、下には町が見える。
「…………」
自分は、ここで何をしていたのか。と、足元に荷物を見つける少女。その傍には、剣が転がっている。
十中八九、自分のものだと思う。何の躊躇いもなく、中身を確認する。
(着替え、整容のセット、薬類……手帳……)
手帳を見た瞬間、刺すような痛みが頭に走った。
「ッ……!!」
どうやら、自分は数日間滞在するつもりで外出していたらしい。
と、そこで初めて『自分』の存在が分からないことに気づく。
ここの場所だけでなく、『自分』の名前も分からない。
「え……私は……」
咄嗟に自分のことを「わたくし」と言った少女。普段から、この一人称なのだろうか。
「そうだ、この中に何か……」
自分を証明できるものがあるかも、と荷物を探ろうとした時、足音が聞こえてきた。
「!!」
本能的に、隠れようとする少女。しかし、そんな場所はどこにもなく、ただ荷物を抱え、剣を握ることしかできないでいる。
「はぁ……はぁ……」
重い剣。震える剣先。しかし、懐かしさを覚える。
ただ、不思議だ。懐かしさ、手になじむ感覚はあるのに、本当に重たい。自分の剣のはずなのに、全く扱える気がしない。
少女がそれを受け入れなくとも、足音は近付いてくる。
そして、邂逅する。
「あぁ……?」
現れたのは、若い男。少女は自分の事が分からないはずなのに、自分と同じか、少し下だ、と思った。
理由は分からないが、自然とそんな考えが浮かんだ。
サラサラの黒髪。一部分だけ灰色に脱色している。
前髪は長いが、両目が隠れないように分けられている。顔も整っているが、表情が怖い。
襟にフサフサの毛が付いているタイプの上着に、自分と同じ剣を携えている。
「なんだ、テメェ……」
「ひ……!」
怖い顔の低い声。思わず、悲鳴にならない声が漏れる。
その男は、自分をじっと見つめている。値踏みするように。
(……身なりは汚ねぇが、悪くねぇ女だ)
僅かながら、口角が上がる男。
と、その男の背後から、更に声が。
「ヴグレ~~?」
「どしたん?急に……」
「……クワイツ。イヨイ」
茶髪の青年男性。ヴグレ……よりも親しみやすような雰囲気。男性の方が、クワイツか。
なら、女性はイヨイか。黒髪前ぱっつん、サイドだけ伸ばしている。髪の長さは肩より下。
おめめパッチリで、可愛らしい。
と、自分と目が合うクワイツとイヨイ。
「「え!?誰!?」」
二人共驚き、ヴグレを見る。
「……変な気を感じた先に、コイツがいた」
「へぇ……」
「あぁ、それで……」
どうやら、このヴグレという人物は、何かを察知してここに来たらしい。
ただ、クワイツとイヨイには、その「変な気」とやらが分からなかった、と。
この三人は、仲間同士なのか。
「で、どうすんの?」
「…………」
ヴグレは剣を納め、振り返る。
音量を落としたため、内容は少女には聞こえない。
「……『売り』に出す」
「え……?」
「……よく見ろ。汚れはあるが、若いし見てくれは上玉だ」
「まぁ、そやね」
「いい金になる」
きょとんとする少女をよそに、内緒話は続く。
「安く見積もっても、活動に困らないレベルで潤うだろうな」
「確かに、あのレベルなら同感だな」
「……同じ女として、気が進まんのだけど」
「知るか。なら、金は要らねぇのか?」
「……それはいる」
「決まりだな」
内緒話が終わったのか、ヴグレが振り返り、前に出る。
どうやら、彼がこのグループのリーダーらしい。
「いくつか質問する。素直に答えた方が身のためだ」
「……はい」
「一つ。何者だ」
「その、分からないんです。気付いたら、ここに……」
彼の後ろのクワイツは声を漏らす。
「はぁ……?いやいや、あり得ないでしょ。こんな山奥で」
「ほんそれ。嘘なんやない?ヴグレ。気をつけなよ」
「……分かっている」
ヴグレはそう返す。が、この女、嘘を言っているようには見えない。
ただ、そこを追及しても、何も出ないだろう。
「その分だと、何が目的でここに来たのか、も分からないのか」
「…………」
コク、と少女は頷く。
(……好都合だ)
ヴグレはほくそ笑む。どうせ金にするだけの女だ。
身元不明の方が、何かと都合がいい。
「……ソイツは預かる。素直に従え」
ヴグレは、荷物と剣を顎で示す。当然、躊躇う少女。
「…………」
「はぁ……今死んでも、俺は困らないんだが」
その言葉が決め手となった。少女は屈し、荷物と剣を差し出した。
荷物は問題なかった。しかし、剣を受け取った瞬間、ヴグレが地面に倒れた。
「!?」
クワイツとイヨイがそれぞれ武器を構える。
クワイツは斧で、イヨイは双剣だ。それだけでなく、説明しにくい力を両者から感じる。
「このアマ……!!」
ヴグレの顔が歪み、彼本人の剣を抜いた。
「何しやがった……?」
少女は咄嗟に両手を挙げる。抵抗する気などない。
「私は、何も……!!本当です……!!」
「…………」
ヴグレは、目の前の無抵抗な少女を睨む。
全身の震えに、今にも泣き出しそうな顔。小さく縮こまり、何の圧もない。
これで演技なら、見る目がないと諦めるしかない。
「ち……クワイツ」
「ボク?」
やれやれ、と言った形で、クワイツが少女の剣を持ち上げようとする。
しかし。
「……アレ?」
「ふざけているのか?」
「そんなワケ無いって!!めっちゃ重いんだよ!!ヴグレもそう感じたでしょ!?」
「…………」
確かに、受け取った瞬間、あり得ない重さを感じた。
この小娘が何かをしたと思っていたが、剣は完全に女の手を離れている。そして、龍魂ードラゴン・ソウルーの圧も感じない。進行形で何か細工をしていることはあり得ないはず。
「……イヨイ」
「あたしぃ?はいはい……」
イヨイが剣を取ろうと屈む。しかし、結果はクワイツと同じ。
「あれ……何でよ?」
滅茶苦茶重い。というか、「重い」で片付かないレベルで重い。
ミリ単位でも動かないのだが。こんなモン携帯していたら、腰ベルトが千切れてしまう。
ヴグレはため息をつき、怯える少女に声をかける。
「おい。どうやってコイツを運んだ」
「……に」
「あ゛?聞こえない」
「ふつう、に……」
少女はそう言うと、恐る恐る剣を手に取った。
いとも簡単に。
「「「!?」」」
龍力も感じない。見た感じ、力を入れている訳でもなさそう。
それなのに、剣は易々と持ち上がった。
(コイツ……本当に何者だ……?)
売りに出すだけの女。そう考えていたヴグレだったが、少しばかり興味が湧いた。
それは多分、後ろの二人も同じだろう。
奇妙な女との出会いは、三人の運命を大きく変えることになる。




