第69話:皇都の思惑
元老院の奥まった一室。
口髭を蓄えた小太りの男と、骨と皮だけの痩せ細った男の杯が触れ合う音だけが、静かに響いていた。
「実を言いますと、ローレン卿へ頼みがございましてな」
「何でございましょうか」
「あの小娘が、革命軍討伐部隊を組みたいと申しましてな。我々としても、前々から手は打ちたいとは考えてはいたのですよ。そこで貴殿には申し訳ないのだが、以前から頼んでおいた旧皇主派の者と一緒に、処分していただけますかな」
元老は杯を揺らし、薄く笑った。
口髭の小太りの男、元老の一人であるフレデリックは、小娘ことイザナに専属の騎士を認めた張本人でもある。
「なぁに、面倒なことは言いますまい。旧皇主派の貴族には、すでに〝あれ〟を差し向けてあったはず。貴殿は引き続き任務の続行と、そのついでに湧くであろう羽虫を片付けてくれればよい」
「……しかし、革命軍は本当に来るのでしょうか?」
「ええ。旧皇主派は革命軍と繋がっている、という噂がありましてな。貴族が護衛を求めるなら、寄越されるのは革命軍の者でしょう。ならば、ついでに護衛も始末させればよい」
「なるほど。それを討伐隊の功績とする、と」
「話が早くて助かりますな」
元老は満足げに頷く。
「あの小娘も、自分の提案した部隊が成果を挙げれば、納得するでしょう。そのために、貴殿を討伐隊の総司令官に任命したのですから」
「承知いたしました。……しかし、部隊の者たちは」
「適当に名簿を埋めておけばよろしい。実際に動かす必要はありません。ましてや、あの小娘が連れてくる者など」
元老は喉の奥で笑った。
「怪我でもさせれば、あとが面倒ですからな。待機させておくに限る。手柄も立てさせず、余計なものも見せず。それで十分でしょう」
「仰せのままに」
ローレン卿は深く頭を下げた。
その口元に浮かんだ笑みは、元老のそれとよく似ていた。
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討伐部隊の編成が発表されたのは、ルミを騎士に迎えて三日後のことだった。
イザナは自室で、侍女が持ってきた書状に目を通していた。
「総司令官は、ローレン卿だそうです」
「そう。フレデリック卿の側近ですわね」
予想どおりだった。指揮官の座を握らせるはずがない。それは最初から織り込み済みである。
問題は、その下だった。
「隊員の名簿は?」
「それが……」
侍女が言いにくそうに目を伏せる。
「ルミ様のお名前はあるのですが、他の方々のお名前は、お教えいただけませんでした。ルミ様ご本人にも、待機のご命令が」
「理由は?」
「皇女殿下の騎士様に、万が一のことがあってはならない、と」
イザナは書状から目を離さずに、口の端だけを持ち上げた。
心配という体裁をとった、飼い殺しだ。手柄を立てさせず、動きも見せず、ただ名前だけを置いておく。わかりやすいほど、見え透いた嫌がらせだ。
「優しいこと」
無邪気に微笑んで書状を畳むと、侍女が小さく首を傾げた。
「よろしいのですか?」
「ええ。あちらがそう望むのなら、そうしていただきましょう」
イザナは窓の外へ視線を向けた。
わざわざ待機をさせた上でメンバーすら公表しないということは、彼らが正道ではなく邪道を選択したという、分かりやすすぎる証明でもあった。
くすり、と小さな笑い声が静かな部屋に落ちる。
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「……また、失敗か」
ローレンは報告書を握りつぶし、机に叩きつけた。
これで四度目である。回を重ねるたびに、報告書の文面は短く、重くなっていく。
貴族の屋敷に差し向けた騎士崩れたちは、ことごとく撃退された。生き残りの報告によれば、相手は少年二人だという。
「革命軍の、たった二人に……?」
アクイ博士からは、「送った駒は成果の報告を上げよ」と、のんきな返事が届いている。
まずい!まずい!まずい!
皇女肝煎りの作戦として、散々表立って宣伝してきたのだ。それが微塵も進展していないとなれば、面子が丸潰れどころの話ではない。
これ以上損害を出せば、他の旧皇主派連中の暗殺まで支障が出かねない。
元老フレデリックは、まだ何も言ってこない。それが、かえって恐ろしかった。
「いつまでも、黙ってはいまい……」
額の汗を拭ったところへ、扉が叩かれた。
ビクッと情けなく反応したあと、小動物にも似た弱々しい視線を扉へと向ける。
「失礼いたします。皇女殿下より、お召しでございます」
「……殿下が?」
ローレンの喉が、乾いた音を立てた。
本来、皇女という立場の人間が自ら足を運ぶことはない。用があるなら、呼びつければよい。
そのタブーを犯してまで、彼女がここまで足を運んだ理由は何なのか。
単なる気まぐれか。それとも――。
応接室の椅子に腰掛けたイザナは、足をぶらぶらと揺らしながら、ローレンを待っていた。年相応に退屈をもてあます子供にしか見えない。その無害さこそが、彼女の最初の武器だった。
扉が開き、ローレンが入ってくる。慇懃に頭を下げるが、血の気の失せた頬に貼りつけた笑みは引きつっている。
「お呼びだてして、ごめんなさい。ローレン卿」
子供らしい声で笑う。
「私が提案した、討伐部隊の件。その後、どうなっているのか気になってしまって。順調に進んでおりますの?」
「は。順調に、準備を進めております」
「まぁ、嬉しい」
イザナは手を合わせ、小首を傾げた。
「でも、おかしいですわ。ルミがずっと、待機のままだとお聞きしましたの」
「それは、殿下の騎士様に万が一があってはと」
「そうでしたね、お気遣いありがとうございます」
微笑みを崩さないまま、声の調子だけが僅かに落ちる。
「では、他の方々のお名前を教えていただけます?」
「それは……」
「ありますよね?この案の発案者として、それぐらいの権利は」
笑顔のまま、イザナは繰り返す。断れる空気ではなかった。
ローレンは渋々、表向きに公表している名簿を差し出した。
「あら、あなたの私兵の方が随分と多いようですね。でも、おかしいですわね。この方とこの方には、私、先ほどお会いしてきましたの。そうしましたら、特に用は承っていないと申しておりましたわ」
ローレンの背を、冷や汗が伝った。名簿の名は、どれも適当に埋めただけのものだ。確かめられるなど、考えてもいなかった。
「もう一度お聞きしますが、私の騎士を除け者にしておいて、進んでいないということは、ありませんわよね?」
ローレンの肩が、跳ねた。
「も、勿論でございます。その、現在……順調に、進行しておりまして。ただいまは探りを入れている段階で」
歯切れが悪い。視線が泳いでいる。
イザナはそれを、じっと見つめた。
「そう。安心いたしましたわ」
にこりと笑って、続ける。
「では、近いうちに、成果をお聞かせくださいませ」
ローレンは深く頭を下げた。
彼は、額に滲んだ汗が床へ落ちそうになるのを、必死に堪えているようだった。
扉が閉まる音を聞き届けてから、イザナは笑顔の仮面を外し、小さく息を吐いた。
(さて、どこまで嘘を重ねてくださるのかしら)
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