第68話:皇女として
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翌日。
イザナは、中庭に面した小さな応接室でその者を待っていた。
扉が叩かれ、侍女に連れられて入ってきたのは、昨日訓練場で目に留まった新兵のルミだった。
「新兵、ルミ。お召しにより参りました」
直立し、右手を胸に当てて頭を下げる。
顔を上げた瞳は昨日とは別人のように光を湛えていた。
しかし、その瞳の奥深くには昨日見た執念の色が宿っていた。
「ようこそ、ルミ様。急にお呼びだてしてごめんなさい。どうぞ、楽にしてください」
イザナは年相応の笑みを浮かべ、椅子を勧める。ルミは「お気遣いには及びません」と短く答えて、立ったままでいた。
賢い女だ。
皇女は一瞬で理解した。
復讐に駆られてなお、彼女はひるむことなく真っすぐにこちらを見つめ対話の意思を示している。
皇女という立場の人間と関わることの有利性を知っているのだろう。
(これは、使い方を誤ればこちらがやけどするかもしれませんね)
皇女は心の中で笑い、続けた。
「実はですね、ルミ様にお願いがあり足を運んでいただいたのです」
小首を傾げ、胸の前で指を組む。
「私の、専属の騎士様になっていただけませんか?」
ルミの眉が、ほんの僅かに動いた。
「……私が、ですか。成績は特段目立ったものではありません。他に相応しい者がいるかと存じますが」
「実はお恥ずかしい話。殿方とうまくコミュニケーションを取れる自信がないのです。同じ女性同士の方が気兼ねなくいられると思ったのですが……不快だったでしょうか」
嘘ではない。
些細であっても、今、言われのない悪評が立つことは避けたかった。
特に、新兵(若い男)を四六時中連れ回しているなどという、くだらないスキャンダルはもってのほかだ。
なぜ彼女が今まで誰にも警戒されることなく放置されていたのか、それは彼女が政敵に敵とすら認識されていないからである。
だが、いずれ年齢とともに周囲の警戒心は強くなるだろう。
だからこそ、巫女という立場を手に入れ、正義感と幼さが入り混じる今、民と元老に実績と気性を知らしめる必要があった。
「それから、もうひとつ。こちらは騎士としてのお仕事のお話です」
イザナは、声の調子を子供のそれから僅かに落とした。
「革命軍の討伐部隊、というものを、ご存知ですか?」
「……噂程度には」
「私が、議会に何度も提案してきたものです。大勢で押し潰すのではなく、少数精鋭で確実に、素早く事を収める。先日ようやく、議会の承認をいただきました」
元老たちが首を縦に振ったのは、巫女の提案を表立って退ける理由がなかったからだ。
それに、幼い傀儡の戯れ、と高を括っているのだろう。
だが、それでいい。そう思わせるために、何度も何度も無邪気な顔で頭を下げてきたのだから。
討伐隊の指揮権こそ握れないだろうが、実績としては十分である。
巫女としてのはじめての職務、しかも皇女肝煎りの討伐部隊というだけで人目に付く。なにより、皇女の唯一にしてはじめての専属騎士が付いたのであれば、その本気度も周囲には伝わるだろう。
「その部隊に、ルミ様に入っていただきたいのです。私の騎士として、私の剣として」
沈黙が落ちた。
窓の外で、風が庭木を揺らす。侍女が息を詰めているのが、背中越しにも分かった。
やがてルミが、ゆっくりと口を開く。
「謹んで、お受けいたします。皇女殿下」
膝をつき、頭を垂れる。
イザナは、ルミの頭が垂れると同時に微笑んだ。
そう、これでいいと。
この程度の事で怖じ気づくような輩は要らないのだから。
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