第67話:血の宿命
皇族の血筋には、世代ごとに必ず未来を予知する者が現れるという。
その者は「巫女」と呼ばれ、政治の舵取りをはじめ、国に降りかかるあらゆる災厄を回避する力を持つとされていた。
しかし、もし未来視の力を宿して生まれたのが巫女(女子)ではなく、覡(男子)であったなら――それは国をも揺るがす「最悪」が訪れる前兆と言われていた。
時の皇主はその天命を受け入れた。
しかし、自らの権力と立場を失うことを恐れた元老たちは猛反発。彼らは皇主を密かに殺害すると「崩御」したと偽って発表し、その不吉なる男子をも闇に葬り去ったのである。
――だが、元老たちの不遜なる野心がそれだけで潰えることはなかった。
彼らは、殺害した覡(男子)の腹違いの幼い妹を「未来視の力を持つ正統なる巫女」と偽り、玉座へと据えたのである。
予知の力など持たぬその少女を、元老たちが都合よく国を操り、己の悪政を神格化するための、哀れな傀儡――としたのである。
そして今日。その偽りの巫女は、生まれてから暦で十を数え、正式に巫女としての名乗りを上げる式典を迎える。
西方の地を治める有力なる領主、ディアファンがわざわざ中央へと足を運んだのも、まさにこの式典に参列するためであった。
それ故彼女――皇女イザナは、自らの手で「牙」を握る必要性を痛感していた。
自分には、国を救うとされる「未来視の力」などひとかけらもない。元老たちが己の悪政を神格化するために仕立て上げた、ただの哀れな傀儡。先代の皇主であった父が殺されたことも、本当の予知の力を宿したために闇に葬られた異母兄がいたことも、彼女はとっくに勘づいていた。
このまま飾り物の人形として、兄と父を殺した仇たちの道具に甘んじるつもりは毛頭ない。
予知の力がなかろうと、皇女としての血と、大衆を欺く「巫女」の仮面はここにある。ならばそのすべてを利用して、腐敗した元老院を地の底へ叩き落とし、この国に本物の夜明けをもたらさねばならない。
そのためには、国家や法ではなく、イザナという個人にのみ命を捧げる絶対の騎士が必要だった。
「騎士ですかな?」
「はい。私も一人くらい、専属の騎士様が欲しいではないですか」
皇主を失って以来、元老の許可なくしては、騎士を一人つけることすら叶わなくなっていた。
子供らしい無邪気な仮面をかぶり、元老の一人に懇願する。
「もちろん、ナンバーズの方々も悪くはないのですよ。でも、なかなか打ち解けるのが難しくて。そんなわがままは言いません!新兵の誰かで良いのです」
ナンバーズは皇家の盾。皇国騎士とは別に存在する、皇家専属の騎士団であった。
しかし、先代を失って以降どれだけの者が元老に流れたか知れない状況では、ナンバーズすら頼ることが叶わなくなっていた。
そこで彼女が目をつけたのが、新兵であった。
仮にも皇家の人間、それなりに将来有望な者達を見繕う口実にもなろう。
何より、元老の手垢がつきようのない、まったくの素人。発言力も地位もない彼らなら、一人二人つけたところで警戒すらされない。
「まぁ良いでしょう。他の者たちには私から話しておくとしましょう。」
「ありがとうございます!さっそく騎士様達を見学させていただきますね」
駆け出した皇女の後ろで、お付きの侍女が慌てて裾をつまみ、追いかける。
「お、お嬢様!走られては危ないですよ!」
「ふむ、無邪気なものですな」
許さない。許してあげるもんですか!この国を、兄上を、父上を、殺した貴方達を私は絶対に許さない。
皇女は無邪気な笑顔の仮面の下で唇を噛みしめる。
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訓練場にて、イザナは無邪気かつ皇女としての立場を損なわないように笑顔で新兵を値踏みする。
新兵というだけあって身体が出来上がっていないものが多く即戦力とはなり得ない。
教官もそれを百も承知で、あえて厳しい試験を課している。
だが、男とは馬鹿な生き物である。
皇女が現れたというだけで彼らは何倍もやる気を出し見栄を張る。
それも、皇女がまだ年端もいかない愛らしい少女というだけで。
「うわぁ~、流石にこの国を護らんとする兵士様方は気迫が違いますわね」
傍らに控える侍女が、苦笑まじりに頷いた。
「そうですね。皆さんお嬢様が来られているというだけで舞い上がっているのでしょう」
「まぁ、そうですの?」
わかりやすいお世辞だ。
内心で理解してなお、彼女は笑顔で返す。
ざっと見回した限り目ぼしい者は多々いる。
だが、問題は彼らをこちら側へ留まらせる事が出来るかである。
皇家という家柄にではなく、彼女自身の騎士ということはそれだけで彼女の身の回りにいる権利を所有するということだ。
もし彼らが元老の手駒になれば、発言力を増すどころかこちらの監視が増えるということにもなりかねない。
色惚けた顔でチラチラとイザナへ視線を向ける者たちも散見された。
変な正義感や義務感より、色惚けた輩の方が時として操りやすいもの。
だが、色香で惑わされるものは必ず色香で翻る。
そんなモノを完璧にコントロールできるほど、イザナは驕っていない。
「っ!?」
目に留まった。
その者の目には、当然ながら色惚けした欲情は勿論、正義感や義務感といった高尚なものなど一切宿っていなかった。
もっと深く、歪で、暗い――狂気にも似た執念がそこにはあった。
型や回避などの基本を教わるさなかにあっても、彼女の放つ刃には確かに「斬る」という殺意が込められている。
「あの方は?」
侍女に問うと、慌てて新兵の資料をペラペラと捲る。
「え?あ、はい。あの者の名はルミと言うらしいですね。特段目立った成績も劣ったところもないようですが……何か?」
「そう。」
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