第66話:貴平議会制
「そこまで調べた時点で、儂は手に余ると判断した。国の騎士団は当てにならん。だから、革命軍に護衛を頼んだのだ。……まさか、このような小僧が来るとは思わなんだがな」
老貴族は皮肉げに口の端を歪めると、重い溜め息をついた。
「刺客どもが狙っておるのは、決まって同じ顔ぶれだ。殺された四人も、儂も。皆、旧皇主派の貴族ばかりよ」
「旧皇主派……?」
「何じゃ、貴様。そんなことも知らんでここまで来たのか?」
老貴族は心底呆れたように、ふんと鼻を鳴らした。
無知を晒した仲間をフォローするように、シノンがすぐさま口を開く。
「旧皇主派っていうのはね、貴平議会制で選ばれた貴族議員たちの派閥の一つだよ」
「派閥?」
「ふん、どうやら初歩の初歩から教えてやる必要がありそうだな」
老貴族は椅子の背にもたれかかり、値踏みするような視線を向けてきた。
「貴平議会制というのは、貴族と平民の双方が議席を二分する議員制度のことだ。一見すれば、双方の立場から公平に政が行われているように見える。だが、所詮は茶番よ」
「茶番……? 選挙で、公平に選ばれているはずでは?」
「フン、表向きはな。貴族は貴族の、平民は平民の投票で確かに選ばれる。だがな、その実態は有力貴族どもの人気投票と、メディアを駆使した巧妙な世論操作の産物にすぎん。傀儡の平民を議席に座らせ、裏から糸を引いているだけの欠陥制度よ。まったく、嘆かわしいこと極まりない」
老貴族の言葉には、この国の根幹に対する深い侮蔑が混じっていた。皇国の平穏を装う皮膜を剥ぎ取れば、そこにあるのは歪んだ支配構造の骸だ。
「税収は過去最高を更新し続けておるというのに、国民には一切還元せん。己の私腹を肥やすことに心血を注ぎ、予算の見直し一つせんときた。だから儂は一度、この腐った政界から身を引いたのだ。……だが、これ以上この国が穢れていく姿は、到底見ておれん!」
激昂する老貴族の声が室内に響き渡る。
その背後で、クラウンの目はテーブルの上に飾られた一枚の古びた写真に留まった。
そこには、若き日の老貴族と、どこかで見覚えのある男――ヒルラルド領の領主バッシュバルトが、親しげに肩を並べて写っていた。
「……わかるか? それは、貴様らが殺してくれた儂の親友だよ」
頭を殴られたような衝撃だった。クラウンの喉が凍りつき、言葉が出ない。
「何、復讐などはせんよ。ただ、どんな奴らが奴の命を奪ったのか、この目で確かめたかっただけだ。……どうだね、この国は?」
「それは……」
「ハッキリ言ったらどうだ」
老貴族は背を向け、バルコニーへと続く重い扉を押し開けた。
途端に、外の喧騒と、どこか無機質な電子音が室内に流れ込んでくる。
そこからは、街の中心部に高々と掲げられた巨大な街頭ビジョンが見えた。世論操作の道具として、狂ったように同じ映像を繰り返し垂れ流し続ける、この国の歪みの象徴。
画面の中では、仕立ての良さそうな上着をまとい、高価な眼鏡をかけた男が、聖人のような穏やかな笑みを浮かべていた。
『外国人はわが国の宝です。皇国全体で彼らを守っていく責任があります』
男が滑らかな声で語るその下には、過去最高を更新した税収を誇らしげに誇示するテロップが、傲慢に明滅している。
眼下の広場では、灰色にくすんだ人々が足を止めることもなく行き交っていた。ビジョンに目を向ける者は、もうほとんどいない。皆、諦めきっているのだ。それでも、あの耳障りのいい欺瞞の声は、雨のように毎日の生活に降り注ぎ、彼らの耳から脳へと染み込んでいくのだろう。
「見ろ。あれが、この国の顔だ」
老貴族はバルコニーの手すりに両手をきつく押し当て、吐き捨てるように言った。
「真実は一つも語らぬくせに、皆があれを信じておる。いや……信じさせられておる、と言うべきか。自国民を犠牲にして外国人を優遇し、予算がないと喚く割には隣国へ湯水の如く資産を提供する。それを平然と行い、恥じることもない。己で語ってなお、彼らは自国民を差別していることにすら気が付いていないのだ」
クラウンは何も答えられなかった。ただ、画面の中で傲慢に微笑み続ける男の顔を、硬直した目で見つめることしかできない。
その横顔を冷徹に捉えながら、老貴族は静かに、だが重く言葉を継ぐ。
「そして、そこまで愚弄され、搾取されてなお、民は選挙にすら行かず、どうせ変わりはせんと匙を投げた。……もう一度聞くぞ、クラウン。どうだね、この国は?」
風が、冷たく二人の間を吹き抜けていく。
村にいた頃には、知る由もなかった世界の真実。
日を追うごとに、残酷で、世俗にまみれた、汚い世界の深淵を無理やり覗き込ませられていく。
これが世界。これが国。これが、人。
クラウンの胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちていった。
「少々、答えづらい質問であったな」
老貴族は手すりから手を離し、ゆっくりと振り返った。先ほどまでの激情は消え、その声は驚くほど静かだった。
「『わが国を今一度せんたくいたし申候』。……儂が尊敬する者の言葉だ」
老貴族は遠くを見るように目を細める。
「この歳になってその言葉に当てられ、恥ずかしながら、政の世界へ戻ってきてしまったというわけだ」
自嘲めいた笑みはすぐに消え、老貴族はまっすぐにクラウンを見据えた。
「儂一人では、この国は変えられん。力を貸してもらえるか?」
風が止み、街頭ビジョンの電子音だけが、二人の間に遠く響いていた。
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