第64話:小さな身体、大きな器
ミロット達アッシュ・ドックズの面々といつの間にか離脱していた傭兵を除き、クラウンはヒルラルド領へ向かっていた。
クラウンが再びヒルラルド領へ足を踏み入れると、街並みは以前とすっかり変わっていた。
外出することすら躊躇い、ローブで姿を偽っていた住民達はもうそこにはいなかった。
彼らの目には、たしかに日常という名の希望が宿っていた。
「だいぶ復興が進んでいるみたいっすね」
クラウン、シノンに続いて、周囲を見渡すカミラが告げた。
「そうですね。以前は移民達の王国みたいになっていましたが、彼らがいなくなったことで、だいぶ治安が良くなったみたいですね」
隣を歩くシノンが穏やかに応じると、カミラは「そうなんすね」と小さく頷いた。
その自然な言葉の響きに、クラウンはふと気づいて彼女を振り返る。
「そういえばカミラさん。少し口調、変わりました?」
「あ、出ちゃってましたか?」
カミラはおどけたように両手を広げて肩をすくめると、すぐに冷めたような乾いた笑いを漏らした。
「レックスに言われて、普段は口調に気をつけていたんですけどね。……まぁ、今となっては、あの裏切り者がよくもまぁそんな細かいところを気にしてやがったもんだ、って話ですけど」
苦い吐息混じりの言葉に、クラウンはそれ以上深く踏み込むことはせず、ただ前を向いて歩みを進める。裏切られた怒りや落胆を、あえて雑な言葉遣いで覆い隠そうとする彼女なりの強がりなのかもしれない。
やがて一行が街の中心部へと差し掛かると、前方に小柄な割にやけに太々しい女の子の姿が見えた。
「ヴェーラさん! だいぶ復興が進んでいるみたいでよかったです」
駆け寄るクラウンに、ヴェーラは少し不機嫌そうにこちらへ視線を返すと棒付きキャンディーをペロペロと数回舐めた。
「大したことはしちゃあいねぇがな。元々近隣の治安の悪い馬鹿共と違ってこの国の人間は勤勉なんだ。無能な政府が余計な移民を抱え込んだり、法外な税金を毟り取ったりしなきゃ、普通に回るようになってる。要は、真っ当な土台さえこっちで用意すれば、誰がやったってこのくらいにはなる」
肩をすくめて見せるヴェーラの横顔からは、政府への明らかな皮肉が滲み出ていた。
「それで?」
ヴェーラの声色がワントーン下がった。
チラリとカミラとシノンへ値踏みするような視線が向けられ、すぐさまクラウンへと戻る。
「え?」
「え、じゃねぇよ。なんか話があってきたんだろ? ミロットから手紙をもらってんだよ」
ヴェーラは懐からくしゃくしゃの紙切れを取り出すと、クラウンの目の前に突きつけた。
そこには、殴り書きのような文字が並んでいる。
『ヴェーラ、クラウンの話聞いてあげて。ミロット』
「あいつは報告書というものの意味を理解してんのか? こっちは新しく入ってきたクラウンのせいで、町の復興に駆り出されててクソ忙しいんだ。大したことない用件だったら、後でノッチに八つ当たりするからな」
「……」
相変わらずのヴェーラ節に、クラウンは小さく冷や汗を流しながらも、シノンを救うための「交渉」を始めるべく、意を決して唾を飲み込んだ。
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クラウンは一度深く息を吸い、シノンの処遇について、これまでの経緯とミロットの言葉をできるだけ簡潔に伝えた。
ヴェーラは棒付きキャンディーを咥えたまま、口を挟むことなく最後まで聞いていた。
話し終えても、彼女はしばらく何も言わない。
ただ、視線だけがクラウンから、その後ろで俯くシノンへ、そして苦笑いを浮かべるカミラへと順に移っていく。
「……なるほどな」
キャンディーを口から抜き、ヴェーラは大きく息を吐いた。
「話は分かった。要は、処刑されるはずの裏切り者を、アッシュ・ドックズで引き取りたいって言いてぇわけだ」
「はい。無茶を言っているのは分かっています」
「分かってんなら、よく顔を出せたもんだ」
鼻で笑いながらも、ヴェーラの声に先ほどのような棘はなかった。
彼女はキャンディーの棒をくるりと指先で回すと、にやりと口の端を吊り上げる。
「いいぜ。聞いてやるよ、お前のわがまま」
「えっ」
「ただし、タダじゃねぇ」
ヴェーラは懐からもう一枚、折り目のついた書類を取り出して、クラウンの胸元へ押しつけた。
「本部からの通達だ。この領地の復興を急げ、ついでにとある貴族の護衛もしろ、ってな。人手を寄越す気もねぇくせに、仕事だけは生意気に投げてきやがってな」
書類へ目を落とすと、そこには移動の日程が簡素な文面で記されていた。
「見ての通り、私は町から動けねぇ。復興を投げ出すわけにもいかねぇしな。だからお前らが行ってこい」
「僕たち、ですか?」
思わず聞き返したクラウンに、ヴェーラは当然のように頷く。
「お前と、そこの裏切り者の二人でだ」
名指しされたシノンが、驚いたように顔を上げた。
「きっちり片付けてこい。そいつが生きて帰ってきたら、うちに入れてやってもいい。話はそれからだ」
ヴェーラはそれだけ言い放つと、再びキャンディーを咥え、興味を失ったように踵を返す。
「分かったらさっさと行きな。ガキの尻ぬぐいで、こっちは手一杯なんだよ」
遠ざかる小さな背中を見つめながら、クラウンは手の中の書類を強く握りしめた。
それは救いの道が開かれたというより、新たな試練を突きつけられたような感覚だった。
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