第61話:ストックルーム
地下へ伸びた長い階段を降り、厳重な扉をノッチの力で突破すると、まず視界に飛び込んできたのは、左右にずらりと並ぶ培養槽の列だった。
薄緑色の液体に沈められた人型の何かが、外の光を鈍く反射しながら、微かな駆動音を絶えず漏らし続けている。
その異様な光景に思わず足を止めかけながらも、一行はさらに奥へと進んだ。培養槽の並ぶ区画を抜けた先――もう一つ扉を挟んだ先に、目当ての場所はあった。
そこには、透明なガラス張りの小部屋がいくつも連なっていた。
ストックルームと呼ばれるに相応しい空間だった。
目当てのガラス部屋を探して奥へ進んでいたシノンが、ふいに足を止めた。
「いた……! カミラさん!」
透明なガラスを叩いて呼びかけるが、反応は鈍く、伏せたままの瞼がぴくりと動く程度だった。
「ノッチさん、こっちです! 早く出さないと……!」
呼ばれたノッチが駆け寄り、傍らの操作盤のパネルをいくつか叩く。鈍い駆動音とともに、ガラス扉がゆっくりと持ち上がっていく。
中で力なく座り込むカミラに、シノンが真っ先に駆け寄った。
「息はある。だが、あまり時間をかけたくねぇ状態だな」
続いて入ってきたノッチが、脈を確かめながら短くそう言った。
その時、背後から乾いた拍手の音が響いた。
「あら、思ったより早かったのね」
振り返ると、白衣の裾を揺らしながら悠然と歩み寄ってくる女の姿があった。研究所の主――アクイ博士だった。
「どうやらあの男も役に立たなかったようね。まあいいわ。数日の猶予をもらって、アナタたちを捕らえられなかったこちらの負けを認めましょう。アナタの捕獲はまた別の機会に」
感情の起伏をほとんど感じさせない声で、博士はそう告げた。
「でも、こちらもただで入られては困るの。少し実験に付き合ってもらうわ」
博士が指を鳴らすと、通路の左右から重い足音が響き始めた。
姿を現したのは、揃いの防護服に身を包んだ兵士たちだった。手にした得物は二種類。一方は鞭のようにしなる長い得物で、表面が絶えず脈打ち、その先端から粘性の液体が滴っている。もう一方は、分厚いグローブのような得物だった。
兵士たちが得物を構えた、その直後だった。
鞭を持つ兵士が、シノンめがけて一撃を放つ。咄嗟に掲げた腕でそれを受けたシノンだったが、絡みついた鞭の先端から、じゅっ、と嫌な音が立った。
「あ……ぁあっ!」
薄い煙とともに、鞭が触れた手の表面が少しずつ溶け崩れていく。
「シノン!」
クラウンは得物を振るい、鞭の柄元へ叩き込んだ。硬質な音とともに鞭が弾かれ、兵士がわずかによろめく。
その隙にシノンへ駆け寄ると、シノンの腕は爛れていた。
「まさか……血刀・血華と同じ……武器に能力が⋯⋯!」
脳裏に過ったのは、以前対峙したあの武器――斬った相手の能力を喰らい、己が力として取り込む、あの一振り。
だが、違和感がクラウンの中で膨らむ。
あの時感じた、力を喰らい尽くす禍々しいまでの気配は、今目の前の得物からは感じ取れない。まるで、輪郭だけをなぞって中身を詰め損ねたような――そんな未完成の気配だった。
「弱められてる……いや、まだ、完成してないのか……」
「モンスターを素体に使ってやがるのか。悪趣味なこった」
ノッチが忌々しげに顔を歪め、呟くと即座に伝達する。
「クラウン!シノン!おそらくそいつは、素体となったモンスターの能力やら特徴やらが色濃く反映された武器だ!注意しろ!」
もう一人の兵士が、分厚いグローブのような得物を構えたまま、クラウンとの間合いを詰めてくる。
クラウンは警戒し、グローブの届く範囲よりもさらに一歩分、距離を取ったまま相手の出方を窺った。
だが、次の瞬間――伸び切ったはずの拳が、爬虫類の舌のようにしなりながら、なおも追撃してくる。
咄嗟に得物で切り伏せようとするが、拳の表面がぐにゃりと広がり、トリモチさながらにクラウンへ絡みついた。
刀や腕で振り払おうとすればするほど謎の粘着物はより一層絡みつき、クラウンの動きを封じる。
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