第57話:窮鼠
耳障りなブザーが鳴り響く長い通路をクラウン、ノッチ、シノンは駆ける。
限られた時間の中で行うミッションは緊張感がある。
ただ、クラウンの心中に宿る気持ちは少しばかり複雑であった。
それはノッチがクラウンへかけた言葉が起因していた。
『アクイ博士は気になる特殊能力や外見的特徴のある生命体から着手するでヤンスからね。実験用モルモットとして人間が扱われることはあまりないでヤンスよ』
あの言葉の意味は、どこまでを含んでいるのだろうか?
実験用モルモットとしては――とは、遺伝子操作やキメラ化には扱わないということなのだろうか?
そもそも、特殊能力とは紋章――印付きのことを指しているのだろうか?
だとしたらミロットは――そんな悪寒がクラウンの脳裏を支配した。
クラウンは思考が身体を硬直させないように急ぎ首を横に振り、雑念を振り払う。
そんなことはみんなわかっているはずだ。
捕まった以上ただで済むはずがないことぐらい。
僕がやることは心配をすることではない。
彼女達の無事を信じて助け出すことだけだ。
クラウンが雑念を振り払ってその時、ノッチが足を止めた。
「どうしたんですか?」
「中央棟へと扉が閉まっているでヤンス。」
目の前に立ちはだかったのは、巨大な扉であった。
壁と同色に塗られたその扉は、ノッチに言われるまで扉だと気が付かないほどクラウンたちを見下ろしていた。
「ノッチさんの力で開閉させられないのですか?」
「無理でヤンス。すくなくともすぐには。おそらく、ミーたちが侵入するより以前からこの扉はなんらかの理由で閉じられていたでヤンス。」
「その通り!まったく世話がかかる坊やたちね!手がかかる子の方が手懐けたとき快感だけれども、あまりに融通が利かないガキは嫌いなのよね!」
再びどこからか声が響いた。
先程よりドスの効いた声で、怒りを通り越して激高していることが声色から容易に想像できた。
ブーブーという既に鳴り響いていたアラートとは明らかに違うブザー音が鳴り、クラウン達は周囲を見渡す。
すると――クラウン達の真下。
床が開閉し、なにかがせり上がってきた。
姿を現したのは、人型の何か。
俗に言うロボットである。
一人乗りの操縦席からは、先程投影された女性――ミネルバが搭乗しており高飛車な笑い声と共に全体像が姿を現す。
「フッフフ!なぁにその顔?絶望しちゃったのかしら?でもダメ!私を振ったんですからね!」
クラウン達へ向け右アームが振り下ろされる。
その威力は凄まじく、振り下ろされた床だけでなく周囲の壁までも亀裂が入るほどだった。
「あんなの食らったミンチですよ!どうするんですか!」
「どうすると言われても、避けるしかないでござんしょ?」
すぐさま動きかける体勢をとるクラウンとシノンに比べ、頭脳派のノッチだけは鈍くさく躱したポーズのまま尻もちをついていた。
「あー、やっぱりいいわねぇ。この追い詰めてる時のゾクゾクする感覚。強者が弱者をいたぶる気持ちがよく分かるわぁ。やめられないわね!」
各自距離をとる三者にそれぞれ視線を送り値踏みすると、ミネルバは一言。
「決めたわ。アナタからスクラップにしてあげましょうか!」
シノンへ向けて振り下ろされる巨岩のような拳。
「うわぁぁぁ!」
クラウンもすかさず背後を取り刀を振るうが、鉄壁の装甲に弾かれる。
「硬い!」
弾かれた感触が、腕に痺れとなって残る。
圧倒的な力の前では、意志も覚悟も無力だ。
それを一番よく知っているのは、他でもない自分自身だった。
なすすべなく壁まで追い詰められるシノン。
ミネルバは不敵な笑みを浮かべていた。
「はい、先ずは一人目!」
逃げ場のないシノンにミネルバの声とともに振り下ろされた拳が当たる直前、『とん』と押され体勢を崩したシノンが間一髪で回避する。
しかし、代わりにシノンを押したノッチは拳をまともにくらい中央棟を阻む開閉式の扉へと吹き飛ばされた。
「ノッチさん!」
ノッチが吹き飛ぶ光景に、クラウンの中で何かが弾けた。
また、守れなかった。
村で刃を振るった時とは違う、もっと単純で、もっと苦い感覚だった。
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