第54話:眠い
重苦しい空気が、この場に集う者たちのため息を誘う。
それもそのはず、ミザギという男を手にかけたことで、命を奪うことへのトラウマにも似た恐怖を植え付けられ、移民に至っては彼らの害悪っぷりをこれでもかと見せつけられたのだから。
そんな彼らが抱える心中を察すればこうなるのも納得である。
そんな彼らが次の任務にあたるにいたって開かれる会議場は――サロンであった。
会議場として選ばれたサロンは、僅かに残ったメイドと兵達で城の管理をしていただけあって綺麗に設えてある。
所々荒さが目立つのは、本職ではない兵士達が不器用ながら見様見真似で仕立てたからだろうか?
貴族階級へのもてなしを知る由もないクラウンからすれば、ヘインドルがそういえばやっていたような?程度のものでしかなかったが多少知識がある者たちは彼らの頑張りに微笑ましい笑みを浮かべていた。
窓の外はとうに日が落ち、燭台の頼りない灯りだけが、テーブルを囲む者たちの疲れた顔を浮かび上がらせていた。
テーブルにアクイ研究所内外のわかる限りのマッピングが記された地図が広げられていた。
「しかし困ったでヤンスね。ミー達は助かったでヤンスが、ミロット殿とカミラ殿がアクイ博士に捕まっているのは厄介でヤンスね。」
「そうですね。しかも、同じ侵入ルートが使えなくなったとなるとこれまた……。」
ノッチとシノンが頭を悩ませる一方で、報告書を一通り目を通したヴェーラはテーブルに報告書を投げ捨て、ソファーに背を預け呆れ気味に告げる。
「つーか、本部から派遣されてきた三人中二人が裏切りものだったって。手伝うどころか、足を引っ張られるとはな」
「すみません」
バツが悪そうに項垂れるシノンに、クラウンは恐る恐るヴェーラへ尋ねる。
「あの、シノンの処分はどうなるんでしょうか?」
「私らが処分する権利がねぇからどうしようもねぇが、恐らく本部に戻りゃあ処刑だろうな。」
「そんな!」
思わず声を荒げた自分に、クラウンは内心驚いていた。
人を殺めることに、もう躊躇いなど感じないはずだった。
なのに、仲間の命が失われるという話には、こんなにも心が波立つ。
その矛盾が、今の自分を余計に分からなくさせた。
「仕方ないよ。それだけ革命軍は被害を受けたし、何より何のお咎めなしじゃ本部も面子が立たない。」
平然と応えたヴェーラに食い気味に反応するクラウン。
そんなクラウンを冷静に見つめスイレンが諭すが、いまいちクラウンは不服そうに歯を食いしばる。
「そうかもしれませんが」
「いいんですよ、クラウンさん。それだけの事をしたんです。罪は罪として受け入れます。それより今はカミラさんたちをどう救うかだけ考えましょう」
「そうだね。そっちのほうが遥かに建設的だ。いいね、クラウン」
「はい」
「ありがとうございます。」
言い合うクラウンとスイレンを、ヴェーラはただ黙って見ていた。
咎めるでも、割って入るでもない。気だるげに頬杖をついたその横顔には、何かを達観したような、それでいてどこか懐かしむような色が浮かんでいた。
クラウンには、その表情の意味までは分からなかった。
ヴェーラはチラリと時計へ視線を送ると、ようやく声を発した。
「ノッチ、お前元アソコの職員だろ。なんかいい方法ねぇのか?」
「珍しく作戦の立案を丸投げでヤンスね」
「当たり前だろ。失態は成果を残してはじめて帳消しにできる。チャンスを与えるのが上の仕事だ。それに中に精通しているヤツのほうが詳しいだろ色々と……。」
小さい口を可動域ギリギリまで開き、うわぁーとあくびをするヴェーラの、やけにとろんとした目にノッチは気が付き、時刻を確認した。
「そういえばこんな時間でヤンスね」
「こんな時間ってそこまで時間は」
クラウンも続いて時刻を確認すると、時計は20時50分を指していた。
「ヴェーラは普段から頭を使っている分睡眠時間が長いんだよ。だいたい9時には寝てるし」
「子供じゃないですか!」
「子供じゃないわ!お前より年上のお姉さんだ!」
「お酒は飲めないけどね」
「飲めますぅー。」
「失礼でヤンスよスイレン殿。ヴェーラ殿は十分立派な大人のレディーでヤンスよ。この前だってみんなにオトナっぽく見てもらうために中辛のカレーに挑戦して断念したり、アメや和菓子を我慢してせんべいを齧っていたでヤンス!十分大人でヤンスよ!」
クラウンは内心大人なのか?と疑問を抱えていたが、ノッチの熱量と後ろでドヤ顔を浮かべているヴェーラにツッコむことができず押し黙った。
そして、丁度時計の針が21時を指したところでヴェーラは電池が切れたおもちゃのようにその場で倒れ込みスピーと寝息を立てる。
「あー、寝ちゃったよ」
ノッチがヴェーラをソファーに寝かせ、白衣を布団代わりにかけると作戦会議は再開された。
「ぶっちゃけ、今回の作戦はかなり無謀だと思うよ。ただでさえ侵入するのが困難な研究所に待ち構えられているところに侵入するなんてそれこそミロット並の神がかり的な技術が必要だよ。」
普段陣頭指揮をとるヴェーラが眠ったことにより、数段階気を引き締めたスイレンがため息交じりに言葉を溢す。
ミロットにこそ及ばないが、潜入のスペシャリストたるスイレンの言葉は重かった。
実際に前回の作戦に一度失敗したクラウンも同意見であった。
しかし――
「それは問題ないと思うでヤンス」
ノッチは即座に返答してみせた。
「なぜさ?」
「相手がアクイ博士だからでヤンス。アクイ博士は研究熱心な研究者でヤンス。来ると分かっている素体があるなら引っ捕らえるに決まっているでヤンスから。警戒すべきは侵入ではなく、脱出でヤンス。」
いつもの甲高い声より数段階低い声色とノッチの真面目な口調も相まってクラウンは嫌な予感がした。
「嫌なこと言うなぁ。じゃあ、どうするのさ」
「わからないでヤンスか?研究者が嫌がるのはいつだってシンプルなもんでヤンスよ」
ノッチは笑顔で言った。
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