第51話:若輩者
地下牢へ向かうクラウンの足取りは重かった。
今しがた自らの手で葬った命の重さが、そのまま足へとのしかかっているようだった。
周囲に自分自身の足音だけが静かに響き、孤独を助長させる。
先程までの死地が遠い日々であるかのように感じる静寂は、戦場の常なのだろうか?
クラウンが一線を交えたあの戦いは戦場というには小規模ではあったが、この孤独と毎度向かい合えるほどクラウンの精神はまだ出来上がっていなかった。
だが、クラウンの脳裏に過る一コマはその情緒すら過去のものにしてしまうほどの衝撃があった。
それは――『真に強い国に』
ミザギが残した言葉である。
どうにもこの言葉が脳裏を離れない。
この領に立ち入ってからこんな事ばかりだ⋯⋯。
これが誰かの想いを切り捨てるということなのだろうか?
いや、受け継ぐという言葉の方が相応しいだろうか?
無知であるが故の焦燥や怒りが身体中に迸るのを感じながら、今一度この国の現状を考え直す。
この国を思いながら、理不尽なシステムに疑問を持ちながら何も出来ず手をこまねく者たちがどれだけいるのだろうと。
今まで自分たちに敵対する存在を悪として認識していただけに、嘆きや恐怖、怒りといった複雑に入り乱れる感情にどう向かい合っていいかわからなかった。
ふぅー。
血反吐でも吐くかのように深いため息を落とす。
良き君主とは得難いものだ。
正しき統制、正しき治世。
それは国民に歩み寄ったものだけが成せるものだ。
ミザギ・バッシュバルト。
革命を成功させた暁こそ、彼のような人物が必要だったのではないのか?
いくら仲間を救うという大義名分があったとしても、彼をここで討つのはこの国の為になったのだろうか?
⋯⋯。
本部がミザギを野放しにし、ヴェーラは調査と救護をフレーネに任せたのはこの国の現状を理解していたからではないのか?
それぞれの思惑が飛び交う中で、クラウンは改めて自分自身を振り返る。
今自分がやったのは上官の指示を仰がず無断で行動した暴走に過ぎないのではないだろうか?と。
達成感のない虚しさと吐き気に襲われながら、クラウンは地下牢へ向かった。
すると――
「いやーかたじけないでヤンス」
「クラウンさん申し訳ございません!僕も捕まってしまいました!」
独房の中でノッチとシノンがこちらへ向けて手を振っていた。
クラウンは吐き気すら催す現時点でも、確かに助けた者たちの笑顔が幾分かましにさせた。
⋯⋯。
身体は重く、心は欠けている。
だが、立ち止まることも泣き言を言うことさえ許されない。
ここで泣きごとを漏らせば、仲間達を助けたその行為と、彼らの誇り高き信念のそのものの侮辱だ。
何より、クラウンは自分自身を維持できなくなる。
この時、決めた。
今自分が手を汚すのは未来のためであり、その過程に存在する善も悪も、丸ごと受け入れようと。
過程は関係ない。
最後に、自分が葬った数千倍、数万倍の人のために自分を手を汚すのだと。
クラウンは自己正当化の為に嘘をつき、ノッチとシノンの独房に辿り着くまでに新たに自分へ刻み込んだ。
「元気そうですね?今、フレーネさん達が鍵を探しているのでもう少し待っていてください」
「⋯⋯。そうでヤンスか。」
「はい!ありがとうございます!」
一瞬こそノッチの表情は固まったが、何事も言わず受け入れたようだった。
「あったよー鍵。」
独房にスイレンの声が響き、クラウンが視線を向けるとスイレンが指先でくるくると鍵を弄んでいた。
「そうでヤンスか!早く空けてほしいでヤンス!」
「早くって。ありがとうございますじゃないの?」
「いいでヤンスか?この独房にはトイレがないでヤンス。このまま空けなければ、ミーの下着とズボンは大変なことになるでヤンスよ。そうなったらそのままスイレン殿に抱きつくでヤンスよ」
「独房にいてどうやって抱きつくのさ」
「それはミーのミーがニョロニョロっとするでヤンス」
「気持ち悪いな。わかったよ、早く開ければいいんでしょ」
クラウンの胸糞悪い気分は、仲間達の会話で幾分かマシになっていた。
しかし、
「ヒュー、バチバチ!」
町の方から、花火が上がった。
我が国が誇る美しい花火ではなく、不格好な音で、花火というより爆発音の強い爆竹に似た響きが鼓膜を刺激した。
嫌な、予感がした。
言い様のない胸騒ぎとともに⋯⋯
クラウンはノッチとシノンの解放をスイレンに任せ、急ぎ町へと駆けていった。
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