第50話:領主の選択
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問いかけながら、クラウンは不思議と手にする刀が重く感じていた。
まるで、先ほど命を散らした兵たちの呪縛のような想いが、血を通して、死してなおもこの領主を守ろうと縋りついているかのようだ。
到底、理解できなかった。
移民で溢れかえらせ、自国民を地獄のどん底に突き落とした元凶の男を、なぜそこまで必死に守ろうとするのか。
「如何にも。私がヒドラルド領領主、ミザギである」
名乗るミザギの目に、恐怖など微塵もなかった。
それどころか、一国の貴族としての威厳をいささかも失っていない。
その毅然とした誇り高き佇まいに、部屋に乗り込んだはずのクラウンのほうが、思わず気圧されそうになる。
「ところでお客人。お話でしたら、まずは門番に話を通されてから伺われてはいかがですかな?」
「……」
クラウンが手にする刀からは血が滴り落ち、今さっきこの手で殺めた者たちの命の痕跡が生々しく残っている。
人を殺したのは初めてではなかった。
時代も時代だ、任務とは別に、この手で葬ってきた命は確かにあった。
しかし、これまでに斬り伏せてきた相手は決まって「絶対の悪」であり、その向こうには必ず、自分たちに感謝してくれる誰かがいた。
だが、今回の任務の敵にその大義はあるのだろうか。
目の前の男は命を乞うわけでもなく、至って平然と自分たちに対話を求めてくる。その光景を客観的に見れば、間違いなく悪は自分たちの側であった。
「紅茶でよろしかったかな? 最近は人が少なくなってしまいましてな。自らこういうことをするようにしておるのですよ。手際が悪いのは許してくだされ」
――騙されるな、この男は悪だ。
クラウンは心の中で必死に自分へ言い聞かせ、己を正当化するように無意識に奥歯を噛み締めた。その激しい動揺を覆い隠すように、吐き捨てる。
「あなたには、この領の現状が見えていないのですか!」
「見えていないか、だと? 笑わせるな!」
ミザギは自嘲気味に苦笑すると、カップを落とし唐突に狂おしいほどの声を張り上げた。
「我が祖国を見ろ! 土地は荒れ果て、かつて美しかった街並みは移民どもで溢れかえっておるわ! だというのに、この国の狂った上層部は、未だに移民受け入れの推進を止めようとせんわ!嘆かわしいことよ。自国民を差別し、貧困化させていると、すべてを理解した上で平然とやってのけておるのだからな!」
「なら、なぜ……なぜ戦わなかったのですか!」
「なら!? ならどうしろと言うのだ! 私に、この国を相手に反旗を翻せと? 我が領だけで戦争を始めろと、貴様はそう申すか!」
「……っ」
一国一城の頂点に立つものの苦悩を感じさせた。
誰よりも自領を愛し、民を愛した男の悲鳴にも似た咆哮。
男の言葉の重さを知るにはクラウンはあまりに若く、無知であった。
しかし、確かに感じるものはある。
自領を侵し、信念を捻じ曲げてでも守ろうとした男の覚悟を。
言葉は出なかった。
出す気にもならない。
ただ、返す言葉も見つからず気圧されてしまった。
「貴様の言う通り、死に物狂いで牙を剥くべきだったのかもしれん。だがな……私が愛したこの土地の者たちを、勝ち目のない戦に巻き込み、みすみす殺すような真似は私にはできなかった! 私にできたのは、彼らが納めた税を返納し、より安全な土地へと送り出すことだけだったのだ。……笑いたければ笑え。だが! 私はこのヒドラルドの主として、最後まで抗わせて貰うぞ! 例え、形骸化した愚か者に成り果てようともな!」
ミザギは咆哮と同時に、優雅に並んだティーセット一式のすぐ横にある不釣り合いな大槍を手にクラウンへと襲いかかる。
その言葉の重さに圧倒され、何もできずにいるクラウンの眼前に切っ先が届くわずか寸刻前、ミザギの身体をスイレンが容赦なく斬り伏せた。
その直後――ミザギの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「……あぁ、やっと死ねる。ゲホッ、ゴホッ……!」
口の端から、どろりとした鮮血が伝い落ちる。
未だに硬直するクラウンが一言も発せずにいると、クラウンの横からフレーネが抜け、掌を領主へ向け神経を鈍らせる魔法を使う。
「誇ってください。領民を思い、貧困時には税制すら廃止した。貴方は素晴らしい領主でした。もうお休みください」
フレーネは静かに告げた。
「素晴らしい⋯⋯。違うな⋯私は、怖かったのだ。この国に逆らうことが。その結果、我が祖国を私自らの手で穢してしまった。……私は、一体どうすればよかったのだろうな……?」
血を吐きながら問う老領主に、クラウンはただ静かに、冷徹な視線を向けた。
「⋯⋯わかりません。でも、上に立つものの責任はやはり大きいと思います。だから、僕達が手を汚す意味があると僕は信じています」
「……クク、そうだな。全くだ……」
ミザギは力なく笑み、次第に光を失っていく瞳で、天井の先にある何かを見つめた。
「叶うなら……この国を、強く、そして豊かに……。移民などに汚され、侵されることのない……真に強い国に……」
それが、一領主として国に振り回され、すべてを奪われた男の、最期の呪詛であり、祈りだった。
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