第48話:恩
クラウンたちが兵を蹴散らし、領主の部屋へ踏み込むべく二階へと駆け上がると、そこには長槍を手にした兵たちが、狭い通路に横一列、綺麗に並び立っていた。
彼らの辞書に「撤退」の二文字は存在しない。
ましてや、主人を一人残して敵前逃亡など、あろうはずもなかった。
彼らは知っている――孤独の虚しさを。
彼らは知っている――空腹の切なさを。
彼らは知っている――主人の、あの底抜けた温かさを。
受けた大恩を返さぬまま背を向けるなど、彼ら皇国人のDNAには刻まれていない。
兵たちは今、生まれて初めて主人の命令に背いた。
ただ自らの意志で、その手に武器を握り締めて。
「――ッ!?」
階段を駆け上がってきたクラウンは、通路を隙間なく埋め尽くす長槍の壁を前に、思わず足を止めた。
背後からはフレーネ、スイレン、そしてローブの女が続く。
クラウンたちの前に立ちはだかるのは、装備もまともに行き届いていない、見るからに困窮した私兵たちだ。
数こそそれなりではあったが、別段脅威になるほどの力量も能力もないように見えた。それこそ、クラウンたちが一揉みすれば容易く崩せるほどに。
だが、通路に立ち塞がる兵たちの瞳には、恐怖など微塵もなかった。そこにあるのは、狂気にも似た強固な決意の炎だけだ。
「ここから先へは、一歩も通さん……!」
最前線に立つ男が、震える声を押し殺しながら長槍を構え直す。
狭い通路。横一列に並んだ長槍はそれだけで強固な「壁」となり、クラウンたちの突進を物理的に阻んでいた。
――言葉など、不要だった。
彼らの狂気を覆す理由も、説き伏せる言葉も、今のクラウンは持ち合わせていない。ならば、彼らに対して自分が成すべきことはただ一つ。その覚悟に敬意を払い、全力で打ち破ることだけであった。
「おおおおおッ!」
兵たちの雄叫びが、狭い回廊に木霊する。
彼らはすでに、生き残るための戦いなどしていない。ただ一秒でも長く主の盾となるためだけに、その肉体と魂のすべてを燃やし尽くそうとしていた。
引き絞られた弓の弦のような緊迫感の中、クラウンは静かに、しかし深く武器を構えた。
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