第46話:選択
ローブを被った女性は口元を結び、目の前の二人へと視線を向けていた。
かつての栄華と現在の絶望、その両極端を知る彼女自身の目で、クラウンとフレーネが真に信じるに値するのか見定めようとしていたからだ。
しかし、彼女は決めかねていた。
目の前にいるのは国家に衝動的に逆らった大望と現実の狭間を見極められないただの馬鹿か、それとも未来の英雄か。
ロクに情報がないなかで物事を判断しなければならない時、人は原点へ立ち返る。
クラウンの目を見た。
その人の人となり、つまり意思であり本気度。
この男には成し得るのかどうなのか。
女は最後の最後に女の勘に託したのだ。
「ちょっと待ちな。私を使う気はないかい?」
「使うって?」
「言葉通りさ。私はそのクソったれの領主のメイドでね。今まで散々こき使われてきて限界だったのさ」
クラウンの問いに、ローブを脱ぎ捨てタバコに火をつけながら真っすぐに答えた。
「――。」
自然とクラウンの背筋は伸びた。
ローブを脱ぎ捨てて披露されたのは、黒いタンクトップ越しですらわかる分厚い腹筋に、猛禽類を彷彿とさせる鍛え上げられた歴戦の戦士の肉体だった。
ド素人から見て分かる。
強い。
傷の入り方、立ち振る舞い。
彼女から溢れ出るオーラは、兵法やミロット達のような暗殺技術とは違った戦場や死地を駆けてきた者の出で立ちであった。
「別に構いませんが、私たちはアナタを信用できません」
フレーネも彼女を警戒したからか、静かに釘を差す。
「構わないさ。領主陣営の私を信用しろって言っても無理がある。お互いが協力できる範囲で協力すればいんじゃないかい?」
「……。」
不気味なほど空気が重い。
繊維が擦れる僅かな音は勿論、空気を吸うことすら憚られるほどの無の時間。
誤って音を発したその瞬間、剣戟が交わされそうなその張り詰めように思わず刀へ手を伸ばしたくなる衝動を抑え、クラウンはただの空気と化す。
「そうですか。では、具体的にどのような点がアナタは使えるのでしょうか?」
「そうねぇ。」
木々の軽いざわめきと調和するように発せられた両者の声音は、ファンタジーの住民達のように違和感なく二人だけの世界を構築させる。
ローブの女性がしばし思考を巡らせると、彼女が思考を巡らせる際の癖、一種のルーティンとも呼ぶべき慣れた手つきでタバコを口に加え毒煙を纏う。
クラウンはその一糸乱れぬ完璧なまでの動きにカッコいいと見惚れていた。
男の男臭さがあるカッコ良さとは違う、心の臓まで動きを一瞬止めてしまうかのような洗練されたストイックなカッコ良さがある。
フレーネからすれば何を敵に魅入られているのかと呆れていたが、こればかりは男の性であった。
ローブの女性が毒煙を吐き切ると、フレーネへ視線を戻して口を開いた。
「私なら、お前たちの知らない領主側の情報を流してやれる」
「メイドの貴方がまともな情報を仕入れられるとは思えないけど?」
「今朝方領主の兵どもからたまたま耳にした情報だが、近くの下水管で妙な二人組を発見したと騒いでいたな。ひょっとして、あんたらのお仲間なんじゃないのかい?」
「随分と真偽がわかりにくい情報だけれど――」
「その情報は確かだよ」
二人だけの女の空間を、切り裂くように冷めた声が通った。
一同がハッと声の主へ視線を向けると、クラウンがようやく声を上げた。
「スイレンさん!今までどこに!?」
「戻るのが遅いからちょっと巡回してたんだよ」
木々の間から音もなく歩み寄ってきたスイレンは、少し安堵した表情を浮かべていた。
「根拠はあるんですか?」
心なししかフレーネの声色も柔らかになっていた。
「まぁね。さっき兵士を尋問した時、そこの人と同じ事言ってたよ。しかも厄介な事に、どうやら残りの二人もアクイ博士に捕まっているらしいよ。領主が捕らえた2人もアクイ博士が数日以内に引き取りに来るそうだから、救出するなら急がないと」
「そんな!なら今すぐ助けに行かないと!」
「そうですね。」
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