第41話:神の模造品
通路の先に、見覚えのある気配があった。
扉の奥へ進むと、開けた円形の空間に出た。天井は高く、壁には血管のように無数の管が張り巡らされている。その中心に、巨大な檻が鎮座していた。
そして、その中にいるものを見て、クラウンは息を呑んだ。
「……土地神様?」
呆然と口にした直後、その「獣」はクラウンを射抜くような眼光で睨みつけ、地を這うような唸り声をあげた。
その瞬間、疑念は確信へと変わった。目の前にいるのは、あの土地神ではない。
確かに外見こそ、かつてクラウンがまみえた虎型の土地神に酷似していた。だが、その背には痛々しい縫合の跡が走り、四肢には肉を裂いて重厚な金属器具が埋め込まれている。何より、クラウンが肌で感じたあの神聖で温かみのある気配は微塵もなく、そこにあるのは剥き出しの殺意と狂気だけだった。
「グアァァァッ!!」
檻が内側から粉砕される。弾け飛んだ金属の礫を避け、クラウンたちは散り散りに跳んだ。
改造された土地神が、音速に近い踏み込みでシノンに襲いかかる。
「くっ……!?」
シノンが回避するより早く、獣の鉄爪がその肩を掠める。防弾仕様の隊服が紙のように引き裂かれ、鮮血が舞った。
「シノンさん! ……みんな、下がってて!」
クラウンは剣を抜き、咆哮と共に獣の前に立ちはだかった。
「こいつは……僕が、決着をつけなきゃいけない相手です!」
かつて敬意を払った、温かみのある土地神。その面影を無惨に汚され、殺戮兵器へと成り果てた姿を見て、クラウンの心に燃え上がるような怒りと、強い責任感が宿る。これは自分以外のメンバーには背負わせられない、個人的な因縁だと直感したのだ。
「いい加減にしてよ……この、バケモノっ!」
カミラが鋭い叫びと共に、腰から引き抜いた長い鞭を振るった。
空気を切り裂く衝撃音が響き、鞭の先端が獣の脚に絡みつく。渾身の力で引き寄せ、その機動力を一瞬だけ削ぐ。
「クラウンさん、今です!」
「……ありがとう、カミラさん!」
クラウンはカミラの加勢に感謝しつつも、悲痛な表情で剣を振るい、獣の脇腹を深く裂いた。
しかし、絶望的な戦力差は埋まらない。カミラの鞭で押さえつけても、獣は力任せにそれを振り払い、異常な再生能力で傷口を瞬時に塞いでいく。
「そんな……手応えがあったのに、その場で塞がっていくなんて……!」
絶望が場を支配しかけたその時、天井の配管から緑色のガスが勢いよく噴出した。獣は苦悶の声を漏らし、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。強制的な鎮静だった。
「もうええわ。これ以上壊されたら、予算がいくらあっても足りひんわ」
頭上から、静かだが冷徹な声が降ってきた。
クラウンたちが肩で息をしながら視線を向けると、高いガラス張りの部屋から、白衣を纏い、煙管をくゆらせる白髪の女性がこちらを見下ろしていた。
「相変わらず綺麗でヤンス、アクイ博士」
ノッチが、どこか陶酔したような、それでいて深い諦念の混じった声で呟いた。
ノッチの言う通り、クラウンたちが相対した女性は美しかった。
クラウンの位置からでもわかるスタイルの良さと、人形のような整った顔立ち。ミロットが纏う近所の優しいお姉さんとは対照的な、高嶺の華と呼ぶべき冷ややかな気配を纏っていた。
「ノッチも相変わらずのようで何よりだわ。それからご苦労さん。わざわざここまで案内してくれて」
その一言に、クラウンの心臓が凍りついた。
「まさか……!? ノッチさん、あなたが!」
「申し訳ないでヤンス、クラウン殿」
力なく返事を返すノッチ。その横顔には、これまでの軽薄な面影は微塵も残っていなかった。
「どうして!」
アクイ博士が奥へ向かおうとした、その時だった。
「待ってください! 妹は! 母は無事なんですか!」
シノンが叫んだ。
「あー、そうだったわね。ここまで誘導させたら解放する約束だったわね」
「シノンさん……どういうことですか?」
クラウンが振り向くと、シノンは唇を噛みながら答えた。
「ごめんなさい……。僕には、皆さんを犠牲にしてでも守りたいものがあるんです」
「シノンくん」
「でも! 安心してください! アクイ博士は実験体のサンプルが欲しいだけですので、もしここまで皆さんを連れて来られたら、妹と母と一緒にここから逃がしてくれると約束してくれましたから!」
その時、別の声が響いた。
「おめでたい奴だね! そんな事本気で信じていたのか!」
「レックス先輩!」
「よぉ! カス共」
「ミロット先輩はどうしたんですか!」
「何だぁ、そんなにお仲間が気になるか? いいぜ教えやるよ。ミロットは、お前らより先にあの世で待ってるぜ!」
「なっ!?」
「アクイ博士、どういうことですか……。約束してくれたじゃないですか……。ここまで連れて来たら全員無事に解放するって!」
「申し訳ないけど――」
必死に説明を求めるシノンに、冷徹な声が響いた。
「それは出来ないわ」
「ッ!? なぜですか!?」
「だって、実験体178号と179号は、アナタ達が殺しちゃったじゃない?」
「な、何を言っているんですか!?」
「研究室の前にいたキメラ。アナタに返そうと思って置いといてあげたでしょ?」
アクイ博士は煙管を燻らせながら、淡々と答えた。
シノンの顔から血の気が引いた。
「嘘だ。嘘だ! 嘘だ!」
「研究者は自分の研究に嘘はつかないの。わかるでしょノッチなら?」
「……。」
「あぁぁぁぁぁああ!!」
フラッシュバックした。
シノン達が先ほど戦闘を交わしたあの四本腕のキメラ。あのキメラが伸ばした手、「シィィ」と叫んだあの言葉は――シノンの中で点と点が繋がった。
そんなうずくまるシノンを尻目に、アクイ博士は踵を返し指示を出す。
すると、壁から水が溢れ出し、プープーという機械音が響き、入口の扉が閉まり始める。
「逃げますよ!」
カミラの声で四人は走り出したが、水の勢いは想像以上だった。足をすくわれ、そのまま下水道へと流された。
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