絶体絶命
2009年:獄界町
「『獄軍』の襲撃……てめえが裏で糸を引いてやがったのか!」
星山は眼前で凄む水島を鋭い眼光で睨みつけた。
対する水島は、嘲笑うように口角を歪めて応じる。
「人聞きが悪いじゃねえか。俺たち西坂組はよ、組を弾き出されて行き場を失った元極道どもが困ってたから、資金と武器、兵隊とシノギのルートを提供してやっただけだ。温情ってヤツだよ」
「ケッ……二階堂をただの捨て駒にしただけだろうが。てめえ一人じゃ小原一家に乗り込む度胸がねえから、アイツらを踊らせたんだろ!」
「がたがたウルせえ! 黙って死にやがれッ!」
水島がコンバットナイフを握り締め、爆発的な踏み込みで突き進んでくる。
星山はギリギリまで引きつけてその身を交わし、水島の開いた顔面へ渾身の右拳を叩き込もうとした。だが——水島は躊躇なくその拳へ額から頭突きをぶち当ててきた。
鈍い衝撃音が室内に響く。
「っ……!?」
星山の拳に強烈な激痛が走り、腕全体が痺れに襲われる。
「てめえごときに後れをとるタマじゃねえんだよ! 正直、原野の叔父貴たちがなんでてめえみたいな器を警戒してんのか分からねえぜ!」
咆哮とともに、水島は星山の軸足を払い倒した。倒れ込んだ星山の上へ即座に馬乗りになる。
「くそっ!」
星山は腰の銃へ手を伸ばそうとするが、届かない。すさまず降ろされた水島のナイフが、星山の腕を深く肉薄した。鮮血が噴き出す。
「簡単じゃねえか! 江頭のバカはこんな奴に殺られたのかよ。拍子抜けだな」
嘲笑いながら、水島は残った手で星山の喉元を締め上げようとした。その瞬間——星山は残された足で水島の股間へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
激痛に悶絶した水島が跳びのく。星山は息を荒らげながら態勢を整えた。
「なかなか粘るじゃねえか……!」
同時刻
獄界町の別のエリアでも、まさにヤクザの事務所に対する襲撃が始まろうとしていた。
数人の半グレと3名の極道が、路地裏の影から古びた雑居ビルを見上げている。
「ここが原山からの援軍の最後の拠点か?」
極道のひとりが半グレのボスに尋ねると、男は冷徹に頷いた。
「ええ。他の拠点は、大北組が襲撃を仕掛けてきた際に潰れるか、水島さんが自ら片付けました」
「ハッ! 原山太闘会も底抜けのバカだな。莫大な上納金を吐き出す米田組を守ろうとしたんだろうが、結果は大事な兵力を失っただけじゃねえか」
「そうっすね。奴らは援軍を引かせようとしねえ。だから……オヤジに根こそぎ潰されるんすよね?」
別の極道の言葉に、最初に口を開いた極道——稲垣が凶悪な笑みを浮かべて頷いた。
「この稲垣様が直接、援軍の息の根を止めてやるぜぇ! これでこの街は丸ごと、俺たち西坂組のシマだ! ギャハハハハ……!」
同時刻:小原一家本部・総長室
片腕を痛烈に負傷した星山は、無傷で襲いかかる水島を前に極限の苦戦を強いられていた。
動く左腕で銃を抜き、狙いを定める。しかし照準が定まらず、放たれた弾丸はすべて空を切った。
「残念だったな。てめえの寿命はここで終わりだ!」
水島が獣のような速度で跳躍し、とどめの一撃を繰り出そうと肉薄する。
「くそがっ!」
星山は咄嗟に銃口を跳ね上げ、天井の電球を撃ち抜いた。
室内が不意の暗闇に包まれ、水島の踏み込みが一瞬鈍る。その僅かな隙を逃さず、星山は片手で重厚な木製椅子を掴み上げ、突き出されたナイフを正面から受け止めた。
メリッ、と椅子に刃が深くめり込む。想定外の抵抗に、水島の顔に初めて焦りの色が浮かんだ。
星山は意を決して銃を投げ捨てると、水島の足元へ足を引っ掛け、椅子ごと床へ倒し込んだ。間髪入れず、己の全体重を椅子の上へと覆いかぶせる。
ミシミシと木が悲鳴を上げ、折れた脚の反動によって、水島の掌からナイフが力づくで弾き飛ばされた。
勝機はここしかない。
星山は引きちぎれた椅子の尖った破片を握り締め、のたうち回る水島の両目へ容赦なく突き立てた。
「うわああああっ!? 目が、目がぁああっ!」
水島が惨叫を上げ、激痛に狂乱してのたうち回る。星山は床に転がったコンバットナイフを静かに拾い上げると、その喉元へ深々と刃を突き立てた。水島の身体が大きく跳ね、やがて動かなくなる。
その時、総長室のドアが勢いよく開いた。
「総長! ただいま『獄軍』が撤退を始・め……っ!? 総長、腕に酷いお怪我を! それにこいつは……!」
血まみれの部屋に絶句する組員に、星山は荒い息を吐きながら答えた。
「……ああ。二階堂はただの陽動だ。こいつが本丸だったみたいだが……なんとか仕留めたぞ」
星山は深く息を吐き出し、膝をついた。
同時刻:米田組本部・組長室
米田は組長室のデスク越しに、目の前に立つ血煙を纏った軍服姿の男——大串と対峙していた。
室内の床には、すでに息絶えた組員たちが転がっている。
「俺の命を狙うのは勝手だが……我が子同然の組員たちを惨殺した貴様を、絶対に許さん!」
日頃の温厚な面影は消え失せ、米田は溢れ出す憤怒とともにデスクの引き出しから2挺の拳銃を取り出し、大串へ向けた。
だが、大串は鼻で「ふっ」と冷たく笑っただけだった。
彼が手にしていたミリタリースペックのマシンガンが、容赦なく火を噴く。
ダダダダダダダッ!!
無数の弾丸が米田の身体を穿ち、鮮血が狂い咲くように舞った。
米田の巨体が崩れ落ち、重厚な絨毯の上に黒ずんだ血の海が静かに広がっていた。




