殴り屋江頭
2009年:獄界町
「ここがラキア系犯罪シンジケート『ブラックサムライ』の本拠地だ。……笹山さんの情報によると、大北組が送り込んだ三大スカウトグループが姿を消したあとの混乱に乗じて、この街に侵攻してきやがったらしい。俺たちが固く禁止してる、カタギの女を違法に使ったポルノ動画を量産してやがる」
古びた雑居ビルを見上げ、星山は怒りに顔を歪ませて吐き捨てた。
「てめえら、心してかかれよ! 一気に乗り込んで奴らを叩き潰すぞ! ただし、ボスの生首だけは勝手に落とすなよ!」
小原一家組員の川上が、引き連れてきた傘下の半グレたちへ鋭い発破をかける。それに呼応するように半グレたちが猛々しい雄たけびを上げ、血生臭い戦闘の火蓋が切って落とされた。
星山は動揺して銃を構えるラキア人の護衛たちをサブマシンガンの掃射で瞬殺すると、一気に階段を駆け上がっていく。上階の見張りが異変に気付き、「この野郎……!」と大型の鉈を振りかざして切りかかってきたが、星山は間髪入れずに鋭い前蹴りをその腹に叩き込み、一瞬で無力化させた。
最上階のドアを蹴り破ると、そこには目を覆いたくなるような凄惨な光景が広がっていた。
全裸にされた若い女性が椅子に固く縛り付けられ、撮影用カメラの前で弄ばれている。
「いや……やめて……っ!」
泣きじゃくって暴れる女性に対し、「黙れや! 声出すと頭ぶち抜くぞ!」と一人のギャングが怒鳴り散らし、額にピストルを突きつけていた。そこへ、下半身を露出させた別のギャングがいやらしく歩み寄り、カメラを構えた男たちが下品な爆笑を上げている。
「ビッチ野郎、光栄に思えよ。てめえのハメ撮り動画は全世界に配信されるんだ!」
奥の革張りソファに深々と腰掛けた大男から、太い声が上がった。こいつがボスのガルベラだ。
(クソッ、カタギの被害者がいるか……慎重にいかねえと)
星山は息を殺して部屋の入口付近に身をかがめると、ピンを抜いた発煙筒を部屋の真ん中へ勢いよく放り込んだ。
「あ? なんだこりゃあ!?」
充満する猛烈な煙に、ギャングたちがパニックに陥る。
ボスのガルベラも何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くしていた。すると煙の奥から、圧倒的な威圧感を纏った大きな影がぬっと現れる。
「おう、ベジョアーか……?」
ガルベラは身内の護衛が戻ってきたのだと思い込み、立ち上がりかけた――その直後、冷たい銃口が自分の額に強く突きつけられた。
「ベジョアー? ……俺と似たいい体格の兄ちゃんなら、さっき階下でぶっ殺したぜ」
煙の中から現れたのは、星山だった。
視界が晴れるにつれ、ギャングたちが絶句する。見知らぬ日本のヤクザが、自分たちのボスを人質に取っているのだ。
「チンピラども、ボスの命が惜しかったら今すぐ女を解放して服を着せろ。それから、その汚ねえカメラを全部叩き壊せ!」
ギャングたちが躊躇しているのを見て取ると、星山はガルベラの額にさらに強く銃口を押し当て、腹から声を張った。
「今すぐこいつの頭を吹き飛ばしてもいいんだぞ! さっさとしろや!」
死の恐怖に直面したガルベラが、慌てて金切り声を上げる。
「こ、このヤクザの言う通りにしろ! 早くやるんだ!」
「流石はシンジケートのボス・ガルベラ様だな。……まあ、ただのチンピラの集まりだけどよ」
星山は冷酷に嘲笑すると、ガルベラの耳元で低く囁いた。
「俺たち米田組のシマで、よくもまあこんなゲスなシノギをやってくれたじゃねえか、ああん?」
ガルベラから先ほどまでの尊大な態度は完全に消せ失せ、ガタガタと震え上がっていた。
「き、聞いてくれ……! 俺たちは元々、日本の侍に憧れて集まった愚連隊だったんだ! だけど、俺たちが最初にアジトを置こうとした場所には『猛炎』の連中がやがった。奴らは外人嫌いで、俺たちを徹底的に迫害しやがる……! 奴らは街中にいくつか支部を持ってるが、この獄界町にだけは支部がなかったんだ!」
「ああ、事情は分かった。だがな、それがカタギを傷つける汚ねえシノギをやっていい理由にはならねえだろうが!」
星山が胸ぐらを掴んで一喝すると、ガルベラは怯えながらさらに言葉を続けた。
「俺たちは……別の極道にも迫害されてるんだ! そいつらは俺たちの前のボスを殺して、このポルノの仕事を強制してきた! 俺たちに割り当てられたシマ内にある風俗店の女を使えってな……! そうでもしなきゃ、奴らに莫大な上納金が払えねえんだよ! 悪いとは分かってる、だけど仕方なかったんだ! あんたら米田組の風俗店に手を注したことは謝る……! だから頼む、あの二人組を追い出してくれ!」
「二人組……? あんたらを裏から脅してる奴らか?」
「そうだ! 奴ら……確か、西坂組の水島と江頭とか言ったか……!」
「何……!?」
星山はその名前に強い聞き覚えがあった。
西坂組の水島と、その舎弟である江頭――。水島は、西坂組組長である稲垣がかつて「稲垣連合」という伝説の暴走族を率いていた頃の最古参の護衛であり、現在の西坂組における最高戦力の一人だ。中学校時代にコンバットナイフ一本で他校の不良グループを丸ごと病院送りにした化け物で、頭のネジが完全に吹き飛んでいる狂人だと噂されていた。
そして、その狂気を兄貴分からダイレクトに吸収しているのが、舎弟の江頭だ。江頭もまた凄惨な戦績を持つ凶悪な武闘派だった。元地下格闘技の選手であり、メリケンサックを用いた破壊的なパンチで何人もの対戦相手を死に至らしめた過去を持つ。加入した暴走族『崑爾鬼』では、総長を殴り殺してその座を強奪。その後、拳ひとつで勢力を拡大していた彼に目をつけた水島が、西坂組へと引き入れたという経緯があった。
「なるほど、話は分かった。……お前たち、今日限りでこんな汚ねえシノギは辞めろ。俺たちの下につけ。『猛炎』のケツ持ちをしてる岸田組には、俺から話を合せておいてやる。その代わり、一つ教えろ。奴らは次にどこに現れる?」
「あ、あいつらは、隣の半グレ『レッドファイン』が経営するパチンコ店に、今夜8時、上納金の回収に現れるはずだ……!」
「分かった。……あの2人は、この街にとって害悪でしかねえ。俺がここで叩き潰す」
同時刻:徳川町
半グレ集団『閻魔爛弩』の幹部・菱川は、耳から携帯電話を離すと、ボスの梅田に向かって報告を入れた。
「西坂組が獄界町への本格侵攻を開始したらしい。今、『桜刃傭兵団』の河馬から連絡が入った。稲垣の性格からして、そのうち自分も乗り込むつもりだろうから、近いうちに殺し屋を送り込んで仕留めるそうだ」
梅田はその報告を聞くと、ニヤリと不敵に口角を上げた。
「そうか……ついに、あの稲垣が地獄の苦しみを味わう時が来るんだな?」
「ああ。あんたも直接、獄界町へ高みの見物に行くか?」
梅田はしばし煙草をくわえて思案したのち、首を振った。
「……いや。今獄界町へ行って、西坂組だけじゃなく米田組や小原一家にまで目を付けられたら面倒だ。こっちは現在『黒沢連合』と事を構えている最中だからな、ヤクザどもと余計な全面戦争をする余裕はない。――河馬には、殺し屋どもに稲垣の拷問映像をしっかり撮影させるよう伝えておけ」
「あいよ、分かった」
菱川がアジトをあとにすると、梅田は暗い部屋で低く笑った。
「稲垣……てめえが過去の報いを受ける時が来たぜ。そして……獄界町も、いずれ俺の手に収めてやる」
6時間後:獄界町
パチンコ店の裏手に立つ2人の半グレが、ガタガタと体を震わせながら緊張した面持ちで待機していた。
やがて、遠くから地響きのような大爆音を鳴らし、2台の大型バイクが路地へと滑り込んできて停車した。ヘルメットを脱ぎ、降り立ってきたのは水島と江頭だ。
それを見た半グレ2人は、弾かれたように深く頭を下げた。
「お、お疲れ様です! 水島さん!」
「おう。で、今月の『上納』は整ってんだろうな?」
水島が鋭く凄むと、「こ、これです……!」と一人の半グレが分厚い封筒を差し出した。それをひったくるように受け取った江頭が、中身の札束を確認して無言で頷く。
それを見た水島は、下卑た笑いを浮かべた。
「よし。次も遅れずに用意しろよ? 俺たちが、この街でデカい顔してる米田組の奴らを一掃除してやるからよ」
水島が再びバイクに跨ろうとした、その時――背後の闇から冷ややかな声が響いた。
「――あんたが言う『デカい顔した米田組の奴』だぜ。挨拶に来てやったぞ!」
現れたのは星山だった。星山は片手でピストルを構えるや否や、躊躇なく引き金を引いた。パーンと甲高い銃声が響き、水島のバイクのリアタイヤが見事に撃ち抜かれた。
「ギャハハハハ……ッ!」
バイクを破壊されたにもかかわらず、水島は狂ったように大爆笑しながら振り返った。
「早速お出な出しか! 星山だろ? てめえの首は、一度ぶっ殺して引っ張ってみたかったんだよ!」
水島が凶悪なコンバットナイフを抜き放つ。しかし、その横から江頭が片手を制した。
「水島さん、ここは俺にやらせてください! こいつとは地下格闘技の時代から、一度本気でやり合ってみたかったんすよ!」
水島は少しつまらなそうな顔をしたが、ナイフを収めて吐き捨てた。
「チッ……じゃあ星山はお前に譲ってやる」
江頭は、凶器の突起がついたメリケンサックをハメた両拳を構えた。それと同時に、星山も体勢を低くして蹴りを構え、二人の最悪な死闘が幕を開けた。
「クソ外道が! この街から出ていけ!」
「ハン! 出ていくのはてめえだ! ここは間もなく、西坂組のシマになるんだよ!」
怒号と拳が激しく交錯する。……だが、先に血を流したのは星山の方だった。江頭の放った凄まじいフックが星山の頬をかすめ、皮膚を切り裂いたのだ。
「メリケンサックなんてズルい手使いやがって……!」
「ハッ! 俺がこれで何人の骨を砕き、ぶっ殺してきたと思ってんだ? そこにてめえの名前が加わるだけだ!」
「そうかよ……やってみろ!」
畳みかける江頭の連続攻撃に、星山の口から叩き折られた歯が飛ぶ。足の怪我の影響もあり、明らかな劣勢。だが、星山の眼光は死んでおらず、重い拳の勢いも衰えない。
「チッ、しぶとい野郎だ……!」
江頭は激しい舌打ちとともに一旦距離を取ると、右手を上着のポケットへ突っ込んだ。
(何を取り出そうとしてやがる……!?)
めざとくその違和感を感じ取った星山は、一撃で仕留めるべく一歩踏み込んだ。だが江頭は、ポケットから引き抜いた拳をそのまま星山の額へ強烈に叩きつけた!
「――っ!?」
メリケンサックの威力を遥かに超える凄まじい衝撃が頭砲を突き抜け、星山は後ろへ大きくよろめいた。額の皮膚が裂け、視界が赤く染まるほどの血がダラダラと垂れ落ちる。ふらつく星山の腹へ、さらに江頭の追撃の膝蹴りと拳が叩き込まれた。
(おかしい……なんだこの衝撃は……!? こいつのパンチ、明らかに異常だ……!)
星山は内臓を破壊されるような強い衝撃に尋常じゃない違和感を覚え、ガードを固めて後退した。見た目には、江頭のメリケンサックに特別な仕掛けは見当たらない。
(一体……どういうカラクリだ!?)
「おいおい、ビビっちまったのか!? 米田組若頭の星山さんよぉ!」
江頭は勝ち誇った笑みを浮かべ、再び壊滅的な一撃を放とうと拳を振りかぶった。星山はその一挙手一投足を、血に染まった瞳で凝視する。
(……見えた! 奴の策略はそこか!)
江頭の拳が星山の顔面に到達する直前――。
「とりゃあっ!」
星山は大咆哮とともに決死のバックステップを踏んだ。そして、そのままの勢いで軸足を跳ね上げ、江頭の振り抜いた腕を下から鋭く蹴り上げた!
カラン――と音を立てて、江頭の開いた手から「小さく重い石ころ」が地面に転がり落とされた。
江頭はメリケンサックを装着した上で、ポケットの中で硬い石を握りしめることで、インパクトの瞬間の握力を極限まで高め、打撃力を跳ね上げるという極悪なトリックを使っていたのだ。
石を落とし、体勢を崩した江頭の髪の毛を、星山は逃さず左手で掴み取った。
「カラクリが分かれば……大したことねえな!」
星山の渾身の右ストレートが、江頭の顔面を打ち抜いた。形勢逆転だ!
鼻骨を砕かれ、態勢を立て直せない江頭の腹へ、星山は容赦なく重い前蹴りを叩き込む。
「ここは米田組のシマだ! とっとと消え失せろ!!」
街と誇りを背負った星山の圧倒的な執念の前に、凶暴な狂犬・江頭は血反吐を吐いて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「ハァ……ハァ……。おい、水島……てめえ……」
星山が肩で息をしながら顔を上げると、激しい舌打ちが漏れた。
バイクを壊された水島は、倒れた江頭を見捨てるように、残された江頭のバイクへ跨り、夜の闇の中へ高笑いしながら走り去っていたのだった。




