↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
74/78

新たな侵略者

2009年:蔵部(くらぶ)町

「何だと……!?」

善竜会若頭の服部は、手元に届いた一枚の書状に目を落としたまま、驚愕のあまり言葉を失っていた。

そこには、大北組が副本部長の東条を「絶縁処分」に付し、同時に、現在進行中である善輪会抗争において今後は「完全な中立の立場に移行する」旨が冷徹な筆致で書き連ねられていた。そして、その書状の末尾には、大北組若頭・松原の署名と血判が鮮烈に刻まれていたのである。

「クソが……! 松原といえば、確か死んだ桑田派の筆頭だろう。俺たち善竜会とは水と油の男だ。――で、摂津の野郎は、なぜ自分の若頭のこんな大暴走を指をくわえて放置してやがるんだ!?」

怒りで顔を真っ赤に染めた服部は、乱暴に受話器をひったくると、大北組本部へと直接ダイヤルを叩きつけた。

「おい、叔父貴(摂津)を出せ! あんたのところの若頭が勝手な真似を――」

『……大北組若頭の松原です。摂津は急遽、引退いたしました。今後は私が大北組の全権を預かり、対応させていただきます』

受話器から返ってきたのは、驚くほど冷静で、芯の通った松原の声だった。

「何……だと……!? 引退だと!?」

『4年前の「増沢事件」の真相――。善竜会のあんたなら、当然知っているでしょう。それが露見したことが原因で、摂津は引退(ケジメ)を余儀なくされたのですよ』

「嘘つくんじゃねえ! まさかお前、桑田の仇討ちと称して叔父貴を後ろから消しやがったな!? 身内殺しは極道にとって――」

『身内殺しは、絶対に許されざる外道行為ですよね、服部さん。……だからこそ、4年前に先代若頭の桑田の兄貴を裏で暗殺した黒幕が、他ならぬ摂津だったと分かった以上、大北組は組織としてケジメをつけねえといけなかった。それだけのことです』

松原の有無を言わせぬ静かな威圧感に、服部は背筋が凍るのを覚えながらも、怒鳴り散らした。

「クソったれが! お前らが謀略で叔父貴をハメて消したってんなら、俺たち善竜会は総力を挙げて大北組を叩き潰すぞ!」

『お好きにどうぞ。ですが、我々大北組はあくまで「中立」です。現在、白鳥組の皆さんが総本部の武田会長の病室を警護されていますが、我々も中立の立場からその手伝い(人員供出)に回るつもりです。――白鳥組と、我々大北組の双方を同時に敵に回すということが、何を意味するか……。それは、善輪会最高幹部である武田会長その人に弓を引くのと同じ事になりまっせ、服部さん』

「クソが……っ! 白鳥をケツ持ちにつけやがったか……! 汚ねえぞ松原!!」

これ以上ない完璧な政治的防壁を敷かれ、言葉を詰まらせた服部は、激しく受話器を叩きつけて通話を切った。


「白鳥組」――それは、善輪会に属するすべての組織にとって、決して触れてはならない絶対的な聖域(アンタッチャブル)だった。善輪会トップである武田会長の叔父貴にあたる先代舎弟頭・徳永が顧問を務める、由緒正しき武闘派組織である。先代会長から武田への代替わりの際に、筋を通す形で善輪会組織からは独立していたが、徳永は今なお武田会長の最大の相談役として裏社会に君臨していた。

白鳥組への攻撃は、現在中立を保っている他の有力組織をも一斉に敵に回し、善輪会全体の総力を敵に回すという破滅的な自殺行為を意味するのだ。

激しい舌打ちをした服部は、悔しさに顔を歪めながら、すぐさま別の受話器を取り、ある秘密の番号へと繋いだ。

「……チッ。待たせたな。――獄界(ごくかい)町への侵攻、全面ゴーサインだ。徹底的になぶり殺せ」



3日後:獄界町

大北組の波状攻撃によって極限まで治安が悪化し、今や廃墟と化した獄界町の広大な空き地。そこでは、夜の闇に紛れて、2つの不良グループが不気味に対峙していた。

「おい! これからの獄界町を支配するのは、俺等だ! 邪魔すんじゃねえぞ!」

鉄パイプを地面にこすりつけながら叫ぶのは、かつて大北組が街に送り込んだスカウトグループから派生し、凶暴化を遂げた半グレ集団『アンデッドブラザーズ』のリーダーだった。

それに対峙するのは、荒廃した獄界町に侵攻してきた暴走族集団『肉雷(にくらい)』だ。

「てめえら他所者のチンピラ風情が、この獄界を支配できるかよ!? ぶち殺してやる、かかってこい雑魚どもが!」

『肉雷』総長の怒号を合図に、最悪の戦いの火蓋が切って落とされた。両組織の少年たちが、雄叫びを上げながら釘バットや鉄バットを振り上げ、混沌とした激突を開始した。


だが、その血生臭い乱闘を、空き地を見下ろすビルの破れた窓から静かに見下ろす「2つの影」があった。

「こりゃあ、見事なまでに面白い泥仕合だな、兄貴」

下卑た笑みを浮かべてそう言ったのは、夜の闇でも一際目立つ、金髪のリーゼントヘアを施した大柄な男だ。

「そうだな。――おい、俺たちも我慢できねえ。加わりに行くぞ!」

獰猛な獣のように叫んだのは、不気味なスキンヘッドに、首元までびっしりと狂気的な刺青(タトゥー)を刻み込んだ男だった。その男は腰のホルダーから鈍く光る大型のコンバットナイフを抜くと、躊躇なくビルの低層階から空き地へと飛び降りた。

「ヒャハハ! やっぱ兄貴は最高に格好いいっすわ!」

金髪リーゼントも、拳に凶悪な突起のついたメリケンサックをハメ込むと、狂ったような笑顔で乱闘の渦中へと殴り込みをかけた。


――そこからは、文字通りの一方的な「虐殺」だった。

スキンヘッドは、常人離れした身のこなしで半グレたちの間をすり抜け、超至近距離から次々と足の腱を正確に切り裂いて行動不能にしていく。金髪リーゼントは、メリケンサックを装着した拳で、向かってくる暴走族たちの顔面を容赦なく破壊し、文字通り肉塊へと変えていった。

ものの数分と経たないうちに、空き地にいた両組織の数十人の構成員全員が、血の海の中で呻き声を上げて地面に転がることとなった。

「ようし! これで終わりか? ――おい、あんたら二つの組織の『リーダー』はどいつだ?」

金髪リーゼントが転がる肉体を見下ろして凄むと、血溜まりの中から、怯えきった二つの手が弱々しく挙がった。

両足を深く切り裂かれ、大量の失血で顔を青ざめさせている『アンデッドブラザーズ』のリーダー。そして、顎の骨を粉砕され、叩き折られた自らの歯を血反吐と共に吐き出している『肉雷』の総長だ。

リーゼントはその2人の髪の毛を乱暴に掴み、引きずるようにしてスキンヘッドの前に跪かせた。

スキンヘッドは、ナイフに付着した血をペロリと舐めると、ニヤリと底冷えする笑みを浮かべて言い放った。

「おい、てめえら。今日から、この水島様の下につけ。――俺がこの獄界町を完全に支配した暁には、たっぷり美味い利権を分けてやる。雑魚同士で小汚いシマ争いしてねえで、これからは仲良く俺の犬として働けよ。……なぁ?」

水島の圧倒的な暴力と狂気の前に、二人のリーダーはただ、ガチガチと歯を鳴らして首を縦に振ることしかできなかった。こうして、混沌としていた獄界町の半グレたちは、最悪の男によって「一本化」されつつあった。



2日後

米田組本部事務所。組長の米田は、普段の温厚さを完全に消し去り、非常に険しい表情で、大北組の新たな舵取りとなった松原からの電話に応じていた。

「……そうですか。摂津組長が亡くなられましたか。大北組の皆さんには、心からお悔やみ申し上げます」

『ご丁寧に恐れ入ります、米田組長。ですが、摂津は極道として完全に外道でした。若頭補佐時代に、我々の親である桑田の兄貴を謀略で殺害した黒幕は、他ならぬ彼だった。下手人は深口組です。当時の摂津が、実行犯である深口組を使って兄貴を消させ、カモフラージュしたのです。そして、柏原が獄界町の一般のカタギを巻き込んで街を壊滅させようとしたあの悍ましい計画を、裏で承認していたのも摂津でした』

「……そうだったのですか」

『仰る通りです。たとえ親の命令だったとはいえ、結果として獄界町の皆さまの生活を脅かし、深く傷つけた責任は、若頭であるこの私も背負わねばならないと考えております』

松原の、己の非をも真っ直ぐに認める誠実な言葉を聞き、米田の強張っていた顔が、少しだけ和らいだ。

「……死人の悪口はこれ以上言いたくはありませんがね、松原さん。どうやら、狡猾だった先代の摂津よりも、一本筋の通っているあなたとなら、私たちはこれからの裏社会をうまくやっていけそうだ」

『そう言って頂けると救われます。……我々大北組としての、獄界町への最低限の「ケジメ」の付け方は、これ以上の侵略ではなく、物心両面における復興支援です。大北組は中立宣言をした手前、善竜会との抗争に直接介入することはできませんが、我々が汚してしまった獄界町の復興資金として、ケジメの金を白鳥組の口座経由でお渡しします。――金額は、米田組長、そちらの言い値で結構です』

「そこまで筋を通されるのであれば、こちらも無下に突っぱねるわけにはいかん。すぐに幹部会を開いて話し合いましょう。お返事は、後ほど」

そう言って丁重に電話を切った米田は、すぐさま内線で、星山への連絡を取った。

「星山か。明日の午前中、米田組と小原一家の緊急幹部会を開きたい。すぐに各幹部の招集をかけてくれ」

『小原一家総長、星山です! 了解しました、すぐに手配します!』

「ああ、頼んだぞ、星山」

『――お待ちください、オヤジ。その幹部会を前に、一点だけ急ぎで報告しておきたい重要な情報があります』

「うむ、何だ?」

『現在、小原一家が管理している獄界町の繁華街ですが……複数の半グレ集団が、小競り合いを急にやめて、その利権を綺麗に「分け合おう」と結託している動きを掴みました!』

「分け合うだと……? 奴らは大北組の柏原が死んで以来、統制を失ってあちこちで醜い喧嘩を繰り返していたはずだろう」

『ええ。それが、どういうわけか昨日あたりからピタリと小競り合いをやめ、互いに利権を分配する方向で、まるで巨大な一つの組織のように話し合いを進めているらしいのです。先ほど、宝石店から勝手にみかじめ料を徴収しようとしていた半グレ集団『餓鬼楽(がきらく)』の幹部を俺のところで捕まえ、徹底的にボコって尋問したところ、恐怖でガタガタ震えながら吐きました』

「あの烏合の衆の半グレどもが、自発的に結束することなどあり得るのか……?」

『俺も同じことを考えています、オヤジ。恐らく……かつて大北組が送り込んだ三大チーマー集団に取って代わるような、半グレどもを力で完全に恐怖支配し、裏から統率している「新たなるまとめ役」が、獄界町に確実に出現しました』

「それは非常に厄介なことになったな。……ただの半グレの凶暴化ならまだしも、その統率のされ方、嫌な予感がするが……」

『ええ。恐らく、大北組が抜けた穴を突いて、善竜会の原野派が送り込んできた「直系の凶刃」による侵略活動でしょう。――本物の化け物が、街に入り込んでいます』

星山の声は、未知なる強敵の出現を前に、鋭く張り詰めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。