暗殺部隊
2009年 桜零街
降り注ぐ弾丸の嵐を縫い、星山は近くの座敷へ飛び込んだ。
「おいおい、天下の星山様がちょろちょろ逃げ回ってんじゃねえぞ!」
怒号を上げながら追撃してくるのは、大北組の刺客・生越。その手に握られたマシンガンが火を噴き続ける。
刹那、星山が投じた発煙筒から白い煙が爆発的に立ち込めた。
「クソ、煙幕か! 糸平を殺った時と同じやり口だろ? だがその手には乗らねえぜ!」
生越は迷いなく、煙の向こうの壁に向けて銃身を固定し、乱射した。老舗料亭の脆い土壁が蜂の巣になり、無残に崩れ落ちる。そこから煙が外へと吸い出されていった。
「……中々手強いな」
物陰で息を潜めていた星山が、ピストルの照準を生越に合わせる。だが、引き金を引くより早く、生越が獣のような反応で振り向いた。
「死ねえ!」
鉛の雨が星山を襲う。身を捻って回避を試みるも、数発の弾丸が背中に深々と突き刺さった。
焼けるような激痛に顔を歪める星山。それを見て、生越は下卑た笑い声を上げた。
「ギャハハハハ! あんたの武勲は聞いていたが、案外つまらねえ男だな! 拍子抜けだぜ!」
同時刻 蔵部町
善竜会が占拠する旧・善輪会本部の裏口から、一台のバンが滑り出した。
門衛は運転手と視線を交わし、軽く頷く。表向きは運送業者。だがその実は、武器、薬物、そして「消すべき死体」を運搬する裏社会の便利屋だ。
今の荷室には、作業着に身を包んだ薄汚れた初老の男が一人、力なく揺られていた。
「先方からの依頼だ。あんたを今から加賀崎重工へ移送する」
運転手の言葉に、男は「……へえ」と力なく応じる。
「で、ヤクザにいくら作ったんだ?」
「ろ、600万です……」
「そうか。……ま、一生出てこれねえだろうが、精々頑張れよ」
男は善竜会系の闇金に手を出した債務者。行き先は、人間を使い潰す「仕事場」だ。
バンは異臭の漂う古びた工場の敷地へ入った。産廃、焦げたゴム、機械油――それらが混ざり合った悪臭が鼻を突く。
待ち構えていた二人の屈強な男が、後部座席から初老の男を引きずり出した。
「よしジジイ、社員寮へ案内してやる。さっさと歩け!」
もたつく男の襟首を掴み、連行していく。男たちの会話には、隠しきれない畏怖が混じっていた。
「おい、またあの『青髪』に会うのか?」
「当たり前だ、あいつが寮の管理人だからな。……あの野郎の目はまともじゃねえ。奥にどす黒い狂気が張り付いてやがる」
辿り着いた古びたビルの前。そこには異様な男が立っていた。
銀色の般若面に、腰まで伸びる鮮やかな青髪。
「ありがとうございます。この方が『お客様』ですね?」
透き通るような、それでいて背筋が凍るような声。
「ええ……では、宜しく」
逃げるように去っていく男たちを見送り、青髪の男は怯える債務者の肩を優しく掴んだ。
「おやおや、お茶でもいかがです? ……おっと、お仕事がおありですか。イヒ、イヒヒ……。では、参りましょう。ようこそ、地獄の入り口へ」
だが、周囲から人影が消えた瞬間、青髪の男は膝を突き、深々と頭を下げた。
「緊急招集、ただちに」
「……ったく、この作業着は蒸れてかなわねえ」
先ほどまで怯えていた「債務者」が、腰を伸ばして吐き捨てた。付け髭を外し、カツラをむしり取る。
そこに現れたのは、鋭い眼光を放つ原野組長その人であった。
「……遂に、善輪会戦争にお前たちを投じる時が来た」
同時刻 桜零街
星山は血に濡れた床を押し、痛みを堪えて立ち上がった。
「降参か?」
勝ち誇る生越に、星山は不敵な笑みを返す。
「あん? 降参だと? 誰に言ってる」
星山は隠し持っていたもう一丁の拳銃を抜き放ち、二丁拳銃で弾丸を叩き込んだ。
生越も即座に応戦する。乱射されたマシンガンの弾丸が、星山の両手の拳銃を正確に弾き飛ばした。
生越の足にも数発が着弾したが、彼は怯むどころか狂ったように突進してくる。
「ギャハハハ! 痛覚なんて邪魔なもんはヤクで焼き切ってんだよ!」
「ケッ……薬物中毒か。善竜会の派閥は外道ばかりだな。原野が会長代行になれば、この街も終わりだぜ」
「うるせえ! 大人しく死ね!」
生越が懐からナイフを抜き、凄まじい速度で投擲した。
星山は咄嗟に腕を盾にするが、刃が深く突き刺さる。
「くそっ!」
星山は障子を突き破り、隣の部屋へ転がり込んだ。
「逃がさねえぞ! 大北組をコケにした報いだ!」
追ってきた生越が見たのは、壁際に追い詰められ、段差に躓いて床の間の上に倒れ込む星山の無様な姿だった。
「行き止まりだな。てめえの首、オヤジへの手土産にさせてもらうぜ。あばよ」
生越がマシンガンの引き金に指をかけた、その瞬間。
――閃光。
生越の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
マシンガンを握った両腕と、その首が、遅れて床に転がる。
肩で息をしながら立ち上がった星山の手には、一振りの日本刀が握られていた。
部屋に飛び込んだ刹那、床の間に飾られていた真剣を抜き放ち、死角から一閃したのだ。
同時刻 蔵部町
加賀崎重工「社員寮」の地下。そこには地上からは想像もつかない巨大な会議室が広がっていた。
円卓を囲むのは、原野組長と、人知を超えた殺気を放つ異能の集団。
管理人の青髪。軍服の男。無数のナイフを帯びた巨女。背中に大刀を背負った忍。そして、全身刺青の裂けた口を持つ男。
原野が静かに、しかし重々しく口を開く。
「うちの組員は使えんな。穂村派の星山一人に、これほど手間取るとは。……だが、おまえたちなら、敵の幹部を掃除することなど造作もないはずだ」
冷たい空気の中、原野の冷酷な指令が地下室に響き渡った。




