口封じ
2008年 獄界町・米田組
米田は、星山から黄弁町での一件について詳細な報告を受けていた。
「なるほど……金山組事務所の被害状況はどうだ?」
「襲撃者たちは既に引き上げましたが、金山組側は死傷者5名、重傷8名、軽傷多数。凄惨な状況です。敵側も、動けなくなった死傷者7名を現場に置き去りにして逃走したようです」
「……地獄だったな。まずは穂村理事長と韮澤本部長の身の安全を確保できたことを喜ぶべきか。星山、今日はゆっくり休め……と言いたいところだが、一つ気になることがある」
「何でしょうか、オヤジ」
「先ほど、深口組の代行・芹沢からあった脅迫電話だ。奴は『大北組の摂津を失脚させるネタを持っている』と取引を持ちかけてきた」
星山は眉をひそめた。「妙ですね。大北組は善竜会側の主力のはずだ。身内を売るメリットが芹沢にあるんですか?」「それについては、笹山から裏が取れた。善竜会の服部が『理事長のタマを獲った組織は二次団体に昇格させる』と号令を出したらしい。芹沢は功を焦り、独断で動いたんだろうな」「だから現場に、あんなに多くの有象無象が群がっていたのか……」「まあ結果として、理事長暗殺は失敗。善竜会側は面目を潰された形だ。になったがな。」
「芹沢を攫ってみますか? 面白そうなネタを吐きそうです」
「そうしたいところだが……まずは泥のように眠れ」
無茶ばかりする愛弟子に、米田は苦笑いを返した。
同時刻 大北組本部
摂津は、鳴り響く受話器をゆっくりと取った。
「……私だ」
『ああ、原野だ。金山組の襲撃は聞いたか?』
「ええ、耳に入っております。そこにも例の星山がいたとか」
『どこにでも現れる野郎だ。とっとと潰しておかねばならん。お前のところの糸平も、あいつにやられたんだろう?』
「ええ。うちにとっても、星山と小原一家は目の上のたんこぶですねぇ」
『そうか。……ところで、金山組を襲った深口組だが、奴らはしくじった。善竜会としては、実行部隊の組は全て絶縁にするつもりだ』
摂津は無機質に「左様ですか」とだけ答える。
『深口の組長は口が堅かったが、代行の芹沢は欲深い男だ。自分の持つ情報は全て金に換えるだろうよ……。それだけだ』
電話が切れた。摂津はしばらく受話器を眺めていたが、やがて後ろに控える錦田に冷徹な声で命じた。
「すまねいけどねぇ、生越を呼んできてくれないか」
4日後 桜零街
「――ここの料亭か?」
星山は、小原一家調査係の須藤に問いかけた。
「ええ。芹沢は今日、ここでカンボジア人と裏ビデオの取引を行うようです。護衛はアロウ・ジャパンの傭兵が数名。裏口までがっつり固めてやがります」
「なるほどな。……おい、ガキども。出番だ」
星山がバンのドアを開けると、そこには顔中に包帯を巻いた二人の少年が震えていた。
「俺たちの事務所に落書きしたケジメだ。あの料亭に、同じことをしてこい。わざと大声でな。やり遂げたら、解放してやるよ」
「へ、へい……!」
少年たちが大声を上げながら正面に回り、落書きを始める。裏口を固めていた警備員たちが、異常を察知して即座に制圧へ向かった。
「行くぞ」
星山は須藤ら三人の組員を率い、手薄になった裏口から音もなく侵入した。
廊下の奥へ進もうとしたその時、突き当たりの部屋から凄まじい銃声と絶叫が響いた。
「……何だ?」
須藤が動揺するが、星山は無言で制し、音のする引き戸の前で足を止める。
『――あんたら、騙しましたね!』
芹沢の悲鳴に近い声が漏れる。
『済まないミスター芹沢。俺たちも生き残らなきゃならない。善竜会の後ろ盾を失ったあんたたちと組むのは危険すぎたんだ』
『……そういうことか。一本取られましたよ、生越さん……』
乾いた銃声が一度。
『深口グループは全滅か。ミスター生越、約束の報酬を――な、何をする!』
『すまねえな。俺たちも不況でよ、あんたらに払う金はねえんだ』
続けざまに鳴り響く銃撃。会話は沈黙に変わった。
「芹沢が……消されたか」
「……大北組の生越だ。摂津の弱みを握る芹沢を、カンボジア人を利用して誘い出し、まとめて口を封じやがったな」と険しい顔で星山。
大北組、生越。
幼少期の虐待により壊れた人格を持つ、残忍な処刑人だ。少年院時代に摂津に見出され、組織に引き入れられた。倫理観が欠如した彼にとって、殺人は呼吸と同じだった。両親の愛を知らぬ生越に対し、摂津は「偽りの慈しみ」を与え、自分にだけ懐く狂犬へと育て上げたのだ。
「今日のところは撤退だ……」
星山が踵を返そうとした時、廊下の向こうから「何をしている!」と怒声が飛んだ。店主が傭兵を連れて駆け寄ってくる。
その騒ぎに気づいた生越が、血に濡れたライフルを手に、部屋の扉を蹴破って姿を現した。
「よぉ。こそこそ何してんの?」
「おい、貴様、部屋で何をした!」
店主が叫び、警備員が刺又を構えて生越に飛びかかる――が、生越のライフルの銃床が警備員の頭部を粉砕した。
「ひっ……!」
腰を抜かして逃げようとした店主の首筋に、銀色の閃光が走る。
「悪いけどさ、目撃者は消さないと。怒られちゃうから」
生越が投げたナイフは、寸分狂わず店主の急所を貫いていた。
「今のうちに逃げろ!」
星山は部下たちを裏口へ促すが、そこへ銃弾が降り注ぐ。
「おいおい待てよ。さては、小原一家の星山だな? ここでお前を殺せば、オヤジが最高に喜んでくれる!」
「須藤! てめえらは先に戻ってオヤジに報告しろ。芹沢は死んだ、とな!」
「でも、オヤジは……!」
「いいから行け!」
部下を強引に逃がした星山の前に、生越が異様な巨大火器――携行型のガトリングガンを構えて立ちはだかった。
「勇気だけは認めてやるよ、星山ぁ!」
「……ふん。悪く思うなよ。お前も、ここで終わりだ」
星山は愛銃を抜き放ち、死神の目をした殺人マシンと正面から対峙した。




