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混戦

2008年 黄弁町・金山組事務所

「様々に動いてくださって恐縮だ。おかげで大北組に手痛い一撃を与え、半グレどもを退かせることができた」

 善輪会理事長・穂村は、穏やかな笑みを浮かべて礼を述べた。対峙する星山は、居住まいを正して深く頭を下げる。

「滅相もございません。当然の務めです」

「米田組長と君には、組織の危機を救ってもらいました。抗争の最中ですが、少し羽を休めて下さい」

 穂村は自身が率いる金山組の奥座敷へと星山を誘った。


 部屋には、善輪会本部長の韮澤にらさわも控えていた。

「おお、本部長!」

「星山、最近の活躍は俺の耳にも届いてるぜ。あんたのような男が傘下にいることを誇りに思う」

 韮澤の豪快な言葉に、星山は「恐縮です」と短く応じた。

 そこへ、部屋住みの若い衆が茶と和菓子を運んでくる。穂村は、末端の組員にまで「苦労をかけますね」と優しく声をかけていた。星山はその懐の深さに、改めてこの男への忠誠を強くする。


「ところで兄貴、例の件を共有しておいた方がいいのでは?」

 韮澤の言葉に、穂村が表情を引き締めた。

「そうですね……星山さん。鬼斬鉄拳会が原野派の襲撃で壊滅した件はご存知でしょう。襲撃の実行犯は、善竜会若頭補佐・馬淵が率いる『宝鳴組』です。既に執行部直系が動き出している。警戒を怠らないでください」

 その忠告が終わるか否か。凄まじい衝撃音と共に、窓ガラスを突き破って火炎瓶が投げ込まれた。


「――っ!」

 星山は反射的に跳び起き、即座に臨戦態勢に入る。韮澤たちが盾となって穂村を護る中、星山は炎の上がったテーブルクロスを素手で掴み取った。それを、窓から侵入しようとしていた覆面の男の顔面へ、燃え盛る塊のまま投げつける。


空き地

 向かいの空き地に停まったバンの中から、スキンヘッドの男が双眼鏡を覗いていた。西牧組傘下、渡辺一家総長・渡辺だ。

「星山もいやがるか……上等だ、まとめて地獄へ送ってやる。原野の親分も、あいつが一番の障害だと言ってたからな。おい、裏口の連中にも突撃させろ!」

 側近の染谷がトランシーバーに向かって咆哮する。

「全員突撃! 狙うは穂村の首だ!」


 室内では星山が二挺拳銃を抜き放ち、侵入者を次々と撃ち落としていた。

 だが、建物の深部からも怒号と銃声が響き始める。

「まずい、包囲されてる! 金山組と原山太闘会の衆、後ろを頼みます! 理事長と本部長は、ここの押し入れへ!」


 裏口側はさらに凄惨な混乱に陥っていた。降り注ぐ火炎瓶で廊下は炎に包まれ、防火服に身を包んだ刺客たちが「穂村を探せ!」と喚きながら踏み込んでくる。

 そこへ、新たに二台のバンが急ブレーキをかけて突っ込んできた。

「クソ、渡辺の野郎、先を越したか!」

 歯ぎしりをするのは、力士のような巨体の男。船越会会長・島根だ。

「美濃部班は渡辺の連中を撃ち落とせ! 松坂班は一階から二階へ上がれ!」


 さらに、けたたましい排気音と共に大量のバイクが乱入する。

「ガキは引っ込んでろ、島根!」

 リーゼントヘアの男がバイクを滑らせながら叫ぶ。村山喧嘩会会長・村山だ。

「穂村の首を獲るのは、この俺たちだ! 船越の連中をどかせ! 進めぇ!」


 星山は火傷を負いながらも、飛んでくる火炎瓶を素手で掴んでは外へと投げ返していた。

 あまりの反撃の激しさに、渡辺一家の連中は侵入を諦め、焼き殺そうと火炎瓶の投擲に専念し始める。

 だが、渡辺が「役立たず共め!」と毒づいた瞬間、階下から悲鳴が上がった。

「親分、まずいです! 船越と村山の連中が!」

 功名心に駆られたライバル組織たちが、二階を攻める渡辺一家の背後に襲いかかり、敵同士での醜い乱闘が始まったのだ。


「……よく分からんが、外で仲間割れを始めてやがるな」

 星山は鼻を鳴らすと、押し入れの扉を開けた。

「お二人には手荒な真似をしますが、逃げますよ!」

 星山は抵抗する暇も与えず、穂村と韮澤を左右の肩に担ぎ上げた。そして、窓から突き出た庭の巨木へと、その巨体で軽々と飛び移った。


同時刻 獄界町

「……何だ、こんな時に」

 米田は鳴り響く受話器を取った。

「米田組長ですか? 私は善竜会西牧組傘下、深口組の芹沢です」

「善竜会だと!? 何の用だ」

「簡単な取引ですよ。貴方の若頭、星山さんに、穂村理事長を我が深口組の事務所へ運ぶよう命じて頂きたい」

「――断る。以上だ」

「最後まで聞きなさい。見返りに、大北組の摂津を失脚させるネタを提供しましょう」

「……話はそれだけか?」

 米田の冷徹な一言に、芹沢の声音がビジネスライクなものからドスの効いたものへと変わる。

「そうですか……血なまぐさい展開は嫌いなのですがね。後悔なさいませんよう」

 電話は一方的に切られた。


同時刻 黄弁町

「おっと……あんた、大した男だな!」

 木の上から庭に停まっていたバンの屋根へ飛び降りた星山に、担がれた韮澤が感嘆の声を上げた。

「すみません、急ぎます!」

 星山は二人を後部座席に押し込み、自身は運転席へ滑り込む。アクセルを底まで踏み込み、混乱の極致にある事務所を脱出した。


 敷地を出る際、強引に割り込もうとした敵の車と接触しそうになる。

「おい、今の車、穂村が乗ってるぞ!」

 敵の叫び声と共に、数台の追跡車両がバンの背後に食らいつく。

 その最後尾を、眼鏡をかけた芹沢が悠然と走らせていた。

「米田組長は賢明な判断ができなかったようだ。穏便に済ませたかったのですが……」

 荒事を嫌う芹沢の傍らで、運転手の組員は「ヤクザなら喧嘩してなんぼだろうが」と内心毒づいていた。


 星山は猛スピードで追跡を振り切ろうとするが、前方の路地から四台のピックアップトラックが立ち塞がった。荷台にはライフルを構えた男たちが並んでいる。

「クソ……理事長の首を狙うハゲタカ共が多すぎる」

「お二人とも、舌を噛まないよう気をつけてください!」

 星山はハンドルを急激に切り、反対車線を逆走しながら、トラックの群れを紙一重で回避した。


「深口の連中か!? 邪魔だ、全員弾き飛ばせ!」

 トラックの助手席から森江組組長・坂又が叫ぶ。

 これにより、穂村を追う深口組の車両と、手柄を横取りしようとする森江組のトラックが激突。路上で両組による激しい殴り合いが勃発した。


30分後 獄界町

 星山は、直系の闇金「深沢事務所」に二人を運び込んだ。

「突然済まない。深沢、理事長と本部長をしばらく預かってくれ。俺は組の連中と合流しに戻る」

「は、はい……!? り、理事長……!?」

 雲の上の存在の来訪に、闇金の深沢は失禁せんばかりに動揺している。

 星山は二人を応接室へ案内すると、すぐさま車に戻り、再び夜の街へとエンジンを唸らせた。

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