酔っ払いの男
導きの鏡を潜り抜けると、そこには見たことのない景色があった。
二人の目の前には多くの人が行きかい、活気にあふれ、賑わっている街の光景が広がっている。
ある所では、オシャレにスカートを履きこなす若い女性が花の絵柄のあるコップにアーモンドミルクを注いで客に運んでいた。そのカフェでは中年の男性が多く、皆、女性店員を眺めていた。
また、ある所では、店の前で女性客が大行列になって焼き菓子を求めていた。
その前をドライフルーツのマークが描かれた袋を持った男が通って行く。
故郷では見たことのない奇抜な服装をした店員が街を歩く人に声をかけている。
すぐ傍には、公園があって、草原の上を子ども達が駆けまわっていた。
これまでの人生で見たことのない街の風景にオリオンは口をあんぐりさせてその場に突っ立ってしまった。
隣で同じ光景を見ているアネッテは「オビアスにこんな所あったんだ・・・・・・」と言った。
オリオンが知っている東オビアスの栄えた街は無機質で軍事国家色の強い光景ばかりが目に入って、娯楽と言えば、酒場と個人間のギャンブル、一年に一度のショーだけであった。
ただそれも、知識だけで、実際には見たことがなく、一般市民には関係のない事であった。
そこで一つの疑問が浮かぶ。
「ここって東なのか?」
オリオンの質問の答えをアネッテは持ち合わせていない。
東オビアスでこのように栄えている場所があることを元騎士団員の父を持つアネッテですら聞いたことがないのだ。
知らない街に来てしまった二人は、これからどうやって生活していくのか考えなければならない。
街を行く人々は皆、二人には自由で幸せそうに見えた。
オリオンは言う。
「誰かに話しかける?」
「うん。宿の場所教えてもらおう」
「俺達が持っているお金は使えるのか?」
「もし使えなかったら、最悪野宿になるかも・・・?」
先行きが不安な二人が誰に話しかけるか吟味していると、オリオンの肩に誰かがぶつかる。
オリオンが振り返ると、そこにはがっちりした体の男が地面に尻もちをついていた。
オリオンが戸惑っていると、その男は「おぉうい、お前、どぉこぉみてんだぁ」と呂律の回らない口ぶりで言った。
オリオンはすぐにこの男が酒で酔っ払っていることに気付く。
(うわ~絶対に関わっちゃいけない人に絡まれた~)
オリオンは男を刺激しないように「すいません。田舎から出て来たものでボッーとしていました。気をつけます」と丁寧に言った。
「だぁ~くぅ~気ぃぃぃつけろぉよなぁ~」
オリオンは「はい、すいませんすいません。気をつけます。それでは」と言ってその場から去ろうとすると男は「ぐえっ! ばぁ! べぇ! おろろろろろろろ!」と嘔吐した。
「ひぃぃぃぃぃ!」
オリオンは若干引きながらも、吐いている人間を放っておくことは出来ず、背中をさする。
「だ、大丈夫ですか」
男は何も答えずダイナミックに吐き続ける。
「おろろろろろろろろろろろろろ!!!!」
街行く人たちに見られながらも、オリオンとアネッテは男の介抱をした。
そうして、男が吐き終わるとオリオンは再び「大丈夫ですか」と聞く。
男は「ああ」と応えて、そのまま地面に寝転がり「よく眠れそうだぁ」と言った。
オリオンは慌てて「こんなところで寝たら風邪ひきますよ。家に帰りましょう」と言うと、男は西の方を指さして「あっち」と言った。
「あっち?」
「そぉう。俺ん家、あっちぃ。後はよろしくぅん」
男はそう言っていびきをかいて眠り始めた。
オリオンはアネッテと顔を見合わせた。
「運んでいけってこと?」
「だろうね・・・」
賑やかな街から少し離れた所に家々が建ち並ぶ長閑な場所があった。
その内の一つの小さな家をオリオンに背負われた男は指さした。
オリオンは家の中に入って男をベッドの上に寝かせた。
男は寝惚け眼で「う~ん、ありがとなガキども・・・」と言った。
オリオンとアネッテが家から出ようとすると男は「ちょっとまてぇ」と引き留めた。
「なんですか?」
「礼をする。俺が起きるまで待ってろ」
オリオンが困惑しつつ「えっ、ここでですか?」と質問するも男は「グゴオオオオオ‼」といびきかいて寝始めた。
「どうする、アネッテ? 宿探し、しなくちゃだけど」
「う~ん、でもまぁ、この人が起きたら話聞けるかもしれないし・・・」
すると寝ていた男が急に「なんだお前ら、宿探してんのか?」と言った。
オリオンは驚きつつ「はい、どこかいいとこありませんか?」と聞くと男は「グゴオオオオオ‼」と再びいびきをかき始めた。
「寝てるんかい‼」
二人は大人しく椅子に座って待つことにした。
そうして夕方になった頃、男は目を覚ましてむくりと起き上がった。
ベッドの上に座り直し、目線の先で椅子に座って大人しく待つオリオンとアネッテを見て「誰だ、お前?」と言った。
不審に思われたオリオンとアネッテは必死にこれまでの経緯を男に説明した。
説明の甲斐あって「おお‼ 思い出した‼ お前らサンキューな‼」と男は機嫌を良くした。
男は言う。
「俺の名前はリック・ベンジャーってんだ。お前らは?」
二人はそれぞれ自己紹介をした。
リックは二人の姿を見て疑問に思う。
「お前ら、さっき宿がねぇって言ってたけど旅でもしてんのか?」
「まあ、そんなところです。ただ、行き先を決めずに来たので、ここがどこなのかもわからないんです」
リックは「無鉄砲な奴等だなぁ」と驚きながら「ここはなぁ、スパルテーだ」と言った。




