エバ
エバはガブリエルの二個下の十歳だという。
エバはとても無口で話しているところを見たことがなく、ガブリエルが話しかけてもたまに頷くだけである。
だが、イエスタデイには心を開いているのか、どうやらガブリエルが見ていないところでは言葉を発しているらしく、イエスタデイとはしっかり意思疎通ができているようだった。
何を考えているかわからない。返事もたまに頷くだけ。
そんなエバの世話係を頼まれたガブリエルは、コミュニケーション方法に悩んでいた。
ガブリエルが導かれたこの島では、海上交易が盛んで、交易用途も含めた農業や漁業が行われている。
この日、ガブリエルとエバは、イエスタデイに言われてブドウ農家の手伝いに来ていた。
農家の老婆がする剪定作業の説明を、相槌を打ちながら聞くガブリエルとは反対にエバはただ真顔で一点を見つめ、老婆の問いかけにもコクリと頷くだけであった。
そんなエバの態度にガブリエルは「すいません。こいつ話すの苦手なんです」とフォローすると老婆は「いいよぉ。エバちゃんのことはおばちゃん知ってるからぁ」と笑顔で応えた。
老婆の指導のもと、二人が剪定作業に入ろうとすると別の農家の男が走って来て「出たぞぉ‼ カプテラスだ‼」と叫んだ。
老婆は困った表情で「やれやれ・・・またかねぇ」と言った。
ガブリエルは言う。
「カプテラスって猪みたいな魔物ですよね?」
「そうさね。最近よく出てきて畑を荒らしていくから困ってんだぁ」
「なら、俺達がどうにかするよ!」
「本当かい。それなら助かるねぇ。もうここへ来ないように追い払って来ておくれぇ」
「エバ! 行くぞ!」
ガブリエルがそう言って走り出すとエバも無言でついて行った。
畑で作物を食べ散らかす三匹のカプテラスを見つけたガブリエルはエバに待機するように言うと、こっそりと一人で近付いた。
しかし、警戒心が強いのかすぐにガブリエルに気付いて、走って森の中へ入っていった。
ガブリエルは、これでは隙を見て再び荒らしに来ると考え、エバを呼び、二人で森へ入ることにした。
森に入ってすぐ、一匹のカプテラスが待ち構えており、ガブリエルに襲い掛かると、魔力壁を纏い、魔力の籠った拳で応戦する。
拳技チャレンジを発動するまでもなく、ガブリエルの拳を額に受けたカプテラスはその場に倒れて気絶した。
ガブリエルが「よし! 一匹目!」と言って他のカプテラスを探そうとしているとエバが気絶したカプテラスに近付いた。
「どうした、エバ?」
その問いかけにエバは応えず、カプテラスに両手を向けた。
すると、エバの両手から引力が発せられたかと思うと、カプテラスの体がグチャッと音を立てて爆ぜた。
エバは引力を使ってカプテラスを押し潰してしまったのだ。
その光景にガブリエルは思わず、語気を強める。
「おい! 何をやってんだよ!」
エバはガブリエルの顔を見るだけで何も言わない。
「やりすぎだぞ! 追い払うだけでいいんだって!」
エバは不思議そうにガブリエルの顔を見る。
ガブリエルは思う。
(俺の言っていることの意味をわかっていない? うまく言葉が伝わっていないのか?)
ガブリエルはエバの肩に手を置く。
「魔物も命だ。もう少し優しさを持ちなさい。カプテラスは殺さない。追い払うだけ。いいな?」
エバはガブリエルの目を見て頷いた。
少しは伝わったようでガブリエルは安堵した。
しかし、エバに意識を向けていたために背後から襲い掛かるカプテラスにガブリエルは気付くのに遅れる。
するとエバが両手をカプテラスに向けて引力を放つ。
カプテラスの動きを止めると、カプテラスを逆さまにして地面に置く。
引力を解くと同時にカプテラスは起き上がってエバに突進しようとする素振りを見せる。
だが、エバは草影に向かって両手を向ける。
ガブリエルとカプテラスが草影を見ると、そこには一回り小さなカプテラスが隠れていた。
カプテラスは急いでその小さなカプテラスのもとへ行き、引力から守ろうとする。
それを見たエバは両手を下ろして、二匹のカプテラスに手を振った。
敵意がないと判断したカプテラスは小さいカプテラスを連れて逃げていった。
一連のエバの動きを見ていたガブリエルはエバに言う。
「親子だって気付いていたのか?」
エバはコクリと頷く。
「子に両手を向けていたけれど、あれはフリだよな? 本当に引力を放つ気はなかったんだよな?」
エバは再びコクリと頷いた。
ガブリエルは思う。
(エバはきっと、自分を表現するのが不得意なんだ。そして他人の表現の受け取り方も下手なんだ。本当は本人なりに一生懸命やっていたんだ)
ガブリエルは「戻ろう」と言ってエバと共にブドウ農家の老婆のもとへと向かった。
老婆のもとに着くと「お疲れさま」と言って、老婆が昼食の準備をしていた。
ガブリエルとエバは老婆の家で昼食をとることになった。
パンと塩漬け肉に豆のスープが並べられ、ガブリエルは大喜びでパンにかぶりついた。
美味しそうにムシャムシャと頬張るガブリエルを見て、老婆は微笑んだ。
それとは対照的にエバは表情一つ変えず、ただ静かにスープを口に運んだ。
老婆は心配になり「口に合わんかったかね?」と聞くとエバは、手を止めて、老婆を見つめた。
その様子を見たガブリエルは(エバは、戸惑っているんだ)と考え、エバに語り掛けた。
「エバ。さっきは助けてくれてありがとうな」
エバは振り向き、ガブリエルの目を見つめた。
「おばちゃんのメシ、美味しいか?」
エバはコクリと頷く。
「そうだよな。うめぇよな。なら、それを直接声に出して伝えるべきだと思うぜ。嬉しい、楽しい、美味しい、悲しい、苦しい、不味い。そういう気持ちや感情は、言葉にしないと人には伝わらないんだ。エバが優しいってことも、おばちゃんのメシ食って喜んでいることも。『美味しい』って言ってあげな。おばちゃん喜ぶぞ」
エバはコクリと頷いて、老婆を見る。
「・・・・・・おばあちゃん」
「なんだい?」
「このスープ・・・とっても美味しい・・・よ」
初めて聞くエバの声は、とても透き通っていて幼かった。
老婆は微笑んで「ありがとう」と言った。




