螺旋の一族2
日が昇り、厄災との戦いの日がやってきた。
村のはずれにある開けた場所で大賢者クレオブロスとその背後に立つ十二人の使徒が厄災を待ち構えた。
そして『それ』はやってきた。
北の方から刃のように鋭い風がジャイロ回転をして地面を抉りながら大賢者へ向かって進行する。
ヒュラースは言う。
「すでに三つの都市が壊滅し、一万九千人が被害にあっています」
『螺旋の一族』それは世代を渡る事に独自の進化を続ける、ある一族を指す。
古代の時代にルキウスという男がいた。ルキウスは妻と子ども二人の四人家族であった。
ルキウスは魔法使いとして一つの持論があった。それは『人間は進化を続けることが種の目的である』というものだった。
魔法を使うことで人類を進化させることを命題として研究をしてきた。
だが、その研究は上手く進まず、ルキウスを苦しめた。
そこでルキウスが最後の手段として縋ったのが禁術である。
その禁術とは、異なる人間同士を一体化させる魔法であった。
まず初めに、二人の自分の子どもを一体化させ、それが成功すると妻も一体化させた。
三人の一体化に成功したルキウスは続いて自分も交わることにした。
交わる際、自分の遺伝子を放出するプログラムを組み込んだ。
そして、四人の一体化よって生まれた、その直径一ミリの肉の塊は、螺旋を描くように前進し始めた。
内部から自宅を破壊して、外に出るとそのまま突き進み、ルキウスの遺伝子をまき散らしていった。
ルキウスの子種をルーツとする人間に繁殖を強制させ、多くの子を生ませると役割を終えた者が自ら螺旋に加わるようプログラムされている。
ルキウス一族を吸収し、時が進むごとに螺旋は肥大化していった。
そして今、世界を滅ぼさんと大賢者の前に現れたのだった。
クレオブロスは叫ぶ。
「昨日までの世界の憂いはここで終わるのだ‼ この戦いで決着をつけるぞ‼」
使徒たちは力強い声を上げて応える。
クレオブロスは一人、螺旋の方へ進んで行く。
クレオブロスの体内にある器が反応する。
『器』とは、大賢者にのみ与えられる大いなる力を受け入れるための防御壁である。
大いなる力とは、つまり天使を指し、世界を滅ぼす厄災と戦う際に、器の中に入り、大賢者に人外の力を与えるのである。
器のない者に天使は入らず、もし入れば、その強大過ぎる力に人間は爆ぜてしまう。
それ故、器が必要であり、器は人格者である大賢者にのみ宿る。
天使を受け入れた大賢者に勝る魔法使いは存在しない。
クレオブロスの体内から光が染みだし、天へ向かって光の柱が立つと、光の柱へ球体が、下りてきて、そのままクレオブロスの中へ入った。
すると、クレオブロスの背中から翼が生え、頭上に光輪が現れた。
クレオブロスは螺旋へ向かって飛び上がり、螺旋と衝突した。
凄まじい衝撃が起こり、使徒たちは吹き飛ばされそうになる。
ヒュラースは耐えながらクレオブロスに目をやると、螺旋と衝突したまま押し合っていた。
使徒たちはそれを見て心の中で声援を送った。
だが、拮抗する戦いは使徒たちの思いとは逆の動きをする。
クレオブロスは少しずつ押し返され、後退させられ始めたのだ。
ヨアニスはヒュラースに問いかける。
「ヒュラース‼ どうしよう‼」
「狼狽えるな。大賢者を信じろ」
その言葉に動揺していた他の使徒たちは落ち着きを取り戻す。
使徒が見守る中、クレオブロスは押し返し、反撃を開始する。
クレオブロスの背中から発光する白い手が生え、その大きな手で螺旋を掴みにかかった。
両腕で挟んで潰そうとする動きに堪らず螺旋から赤い血が噴き出る。
使徒たちは「まだ本気ではなかったのだ」と安堵する。
そのまま潰しにかかると螺旋は回転を速めて、白い腕を取っ払おうとする。
その勢いにクレオブロスは、頭が巻き込まれそうになり、抵抗することに意識がいき、白い腕の力が弱まった。
その瞬間を見逃さなかった螺旋は回転の速度を最速にしてクレオブロスを喰らおうとする。
クレオブロスはそれを避けるために後退する。
態勢を立て直したクレオブロスは再び螺旋と激突して勝負を決めようとした。
クレオブロスの体中から新たに五本の白い巨大な腕が生えると螺旋を掴んで圧迫し始めた。
体中を圧迫された螺旋はあらゆるところから血が噴き出す。
ある使徒は言う。
「勝負は決まりだ‼」
クレオブロスを含め、使徒全員がそう思った、その時だった。
螺旋の中心地から突如、大きく開いた異臭を放つ口が現れ、クレオブロスの頭部を噛み千切ったのだ。
「大賢者!!」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる口だったが。頭部を失ったクレオブロスの体は、まだ、抵抗を続けていた。
クレオブロスの体は、油断している螺旋を押し込もうとする。
それに気づいた螺旋は、再び最速に回転して抵抗した。
頭部を失ったクレオブロスの体に知能はなく、ただ螺旋の動きに抵抗するだけの人形と化していた。
人形に螺旋を押し返すだけの力はなく、使徒たちがいる方へ向かって前進した。
それを見て、ヒュラース、ヨアニスをはじめとした使徒十二人は螺旋へ向かって両手を向け、引力を発した。
「止まれぇ‼」
引力に阻まれながらも、螺旋は前進を続け、ついに使徒たちを襲った。
螺旋の回転に巻き込まれたクレオブロスと使徒たちは必死に抵抗しようとするが回転の影響で力を発揮できない。
螺旋の前では使徒の引力では力不足で、魔力を練ることもままならない。
最後の最後まで僅かでも何度も抵抗を試みたが、使徒たちはそのまま意識を失っていった。
◇◇◇
荒れたペラの地で一人の使徒が倒れていた。
使徒は目を覚ました。
顔を上げて周りを見渡す。
先ほどまでの戦いが嘘だったかのように辺りは静寂であった。
周りに見える大量の血の跡や螺旋が抉った地面を眺めて、使徒は一人理解した。
螺旋は死んだ。
大賢者クレオブロスと自分以外の十一人の使徒の命をもってして螺旋は息絶えたのだ。
その事実を受け入れられず、嘔吐したのは、第三使徒ヒュラースである。
師匠と仲間たちを思い、えずくヒュラースの視界に、とある光景が舞い込んだ。
地面に溜まる、とある血から光が飛び出し、南東の方角へ飛んでいったのだ。
ヒュラースはその光を目で追う。
すると、遠くの方から老婆がこちらへ向かって来るのを視界に捉えた。
ペロポンネーソス半島から来たその老婆は、ヒュラースの前で立ち止まった。
老婆の姿を見てヒュラースは言う。
「あなたは・・・・・・預言者ディオティマ様」
ディオティマは言う。
「神の啓示が下った。お前に告げる」
そう言うと、ディオティマはヒュラースに未来で起こる厄災について伝えた。
ヒュラースは動揺する。
「なぜ、それを私に・・・・・・」
ディオティマから伝えられた話は、本来大賢者が受け取り、自身の人生をかけて取り組むものである。
ディオティマは淡々と答えた。
「大賢者が死に、お主以外の使徒は全滅した。大賢者に空きは作れない。お主が大賢者と名乗り生きなさい」
「しかし、私には・・・・・・」
「わかっておる。お主には『器』が宿っていない。だから、まず器を探しなさい。そうすれば、もしお主が失敗しても器を持つ使徒が引き継いでくれる。厄災を持ち越すことになり、それは最悪の結果だが、お主からすれば幾分マシであろう」
それだけ言うと、ディオティマは帰って行った。
師匠と仲間たちの血だけが残された土地にヒュラースは一人立ち尽くした。
そして、厄災と向き合わなければならないという重圧にヒュラースは地面に膝をついた。
膝をついた勢いで地面に溜まっていた誰かの血が跳ねてヒュラースの顔についた。
その血を手で拭い見つめた。
「大賢者・・・・・・ヨアニス・・・みんな・・・・・・私はどうすれば・・・」
次期大賢者にも選ばれず、厄災と戦うための器もない。
ヒュラース一人に何ができるというのか。
ヒュラースは自問自答を繰り返したが、その問いに対する答えはでなかった。
(私は・・・・・・何に縋ればよいのだ・・・・・・)
そう絶望するヒュラースの脳内に大賢者クレオブロスのこれまでの言葉が駆け巡る。
『この中で大賢者になれる者はたった一人であるが、なった者もならなかった者もこれまでと変わらず、人々に救いの手を差し伸べ続けることを、神に代わり、私に誓って欲しい』
『この命を犠牲にして世界を救う。君達と過ごした鍛錬の日々を私は誇りに思う』
『名を呼ばれなかった使徒は大賢者にはなれず、使徒でも賢者でもなく、ただの一人の魔法使いとして人々へ無償で施しを与える存在になるのだ』
『昨日までの世界の憂いはここで終わるのだ‼ この戦いで決着をつけるぞ‼』
ヒュラースは胸を掴んだ。
尊敬する師匠クレオブロス、そして全てを分かち合ってきた使徒の仲間たち。
生き残った自分が彼らに恥じない行いをしなければならない。
何か策があるわけでも伝手があるわけでもない。
ただ、大賢者として、大賢者を志した者として、立ち止まるわけにはいかない。
苦しむ人々を救う一歩を、拙くてもそれを続けた先に何かあるはずだ。
仲間が眠るペラから旅立つ決心をしたヒュラースは立ち上がり、震える足を前へと出した。
そうしてヒュラースは大賢者として『イエスタデイ』と名乗り、器を探す旅に出たのだった。




