螺旋の一族
これは五十年以上前の話である。
大賢者クレオブロス率いる十二人の使徒たちは、ペラにある古代の王宮が建つ村にやって来ていた。
集会所では弟子である使徒たちに囲まれながらクレオブロスが教えを説いていた。
「賢者を志した時点で母国の教えや神話とは違うモノを信じることとなる。そして、救う国や地域もまた、信じる対象は我々とは異なっていることも多々ある。
それでも我々賢者は信じるモノの違いを超えて人々を救わなければならない。
信仰の違いで救う相手を選んではならない。
この中で大賢者になれる者はたった一人であるが、なった者もならなかった者もこれまでと変わらず、人々に救いの手を差し伸べ続けることを、神に代わり、私に誓って欲しい」
十二人の使徒が大賢者へ誓いを立てた。
クレオブロスは集会所の中から外を覗いて「いらっしゃった」と言った。
クレオブロスと使徒たちは、一斉に外へ出て直立した。
彼らの目線の先には、穢れの一切ない輝かしく光る球体が、こちらへ進んで来ていた。
百メートル先で光る球体が止まると、クレオブロスが一人、向かって行った。
光る球体の前でクレオブロスが何かを呟くと、次第に光に包まれていき、完全に光の中へ収まった。
その光景を目の当たりにして、羨望の眼差しを向ける第三使徒のヒュラースは、しかしながら、心の中に僅かに冷めた考えがあることを自覚していた。
(あの光は私のためにあるのではない。この慣例によって呼ばれるのは私の名ではない)
ヒュラースは隣に立つ、第九使徒ヨアニスの存在を意識して、一瞬脱力したが、すぐに気持ちを改め、背筋を伸ばした。
ヨアニスは姿勢と表情を崩さず、口だけを動かしてヒュラースに話しかけた。
「ねぇねぇ、ヒュラース。誰が呼ばれるかな?」
その屈託のない言葉にヒュラースは唇を噛んだが、平静を装って応える。
「さあね。一番才能がある奴が選ばれるだけだよ」
「俺はヒュラースだと思う。というかそうなら納得するもん。君なら不思議と悔しくない」
「・・・・・・そうか」
ヨアニスの無邪気な言葉をヒュラースは素直に受け止められなかった。
ヨアニスは、全員が十四歳で構成される使徒の中でも、ひときわ精神が幼かった。
素直な性格であるものの少し無邪気過ぎる部分があり、出会ったばかりの大賢者や使徒たちを困らせた。
だが、共に生活をしていくと次第に悪を悪として見られないその純粋さこそ、彼が持つ特別なモノであると大賢者をはじめ使徒たち全員が認識を改めた。
一方で、誠実で大賢者の教えに忠実なヒュラースは堅苦しいと思われながらも、人望があった。
故に、二人の性格を見た大賢者はヒュラースをヨアニスの世話係とした。
手のかかるヨアニスだが、ヒュラースは真面目に取り組み、そしてその人柄と才能に惚れ込んでいった。
それでも、次世代の大賢者が決まる日が近づくにつれ、ヒュラースはヨアニスに対して邪悪な感情を芽生え出していることにも気がついていた。
光る球体に入ってから暫く経って、中からクレオブロスが出てきた。
そしてこちらへ向かって歩いて来たかと思うと、クレオブロスはヨアニスを指名したのだ。
「ヨアニス。こちらへ来なさい。あの方がお呼びだ」
ヨアニスは驚いた表情を一瞬した後、喜びの表情を浮かべ、そしてまたすぐに平静を装った表情に変わった。
ヨアニスはクレオブロスと共に光る球体の中へ入って行った。
それを見送った使徒たちは一斉に緊張を解いて小声で話し始めた。
「やっぱヨアニスかぁ~」
「そりゃあそうだろ。わかっていたことだろ」
「いや、もしかしたらってちょっと思っていただろ」
「ま、まぁちょっとは・・・」
「ほーらやっぱり! なあ、ヒュラース」
ヒュラースはその呼びかけに応じなかった。
それはヒュラースが名を呼ばれたヨアニスに対して(本当は自分だとわかっていたんだろ)と思ってしまった自分に嫌悪していたからであった。
そしてまたしばらく経って光る球体からクレオブロスとヨアニスが出てきた。
クレオブロスと使徒たちが敬意を示すと光る球体は離れていき、次第に見えなくなっていった。
二人が待っていた使徒たちのもとへ戻ってきた。
ヒュラース以外の待っていた使徒たちは一斉にヨアニスに群がって話しかけた。
「おい、ヨアニス! あの方はどんな感じだった!」
ヨアニスは恍惚とした表情で「ヘラクレス様は雄々しく美しい肉体をお持ちでした」と応えた。
ヨアニスの様子に、ただならぬ経験をしてきたのだと使徒たちは悟った。
クレオブロスは使徒たちを落ち着かせると話し始めた。
「ヘラクレス様より、これまでの我々の活動に対し、労いのお言葉を頂いた。これは尊い御行為である。感謝しなさい」
使徒たちは手を組んで感謝をした。
クレオブロスは続ける。
「そして明日は予言の日である。ヘラクレス様による激励を糧に、必ずこの命を犠牲にして世界を救う。君達と過ごした鍛錬の日々を私は誇りに思う」
使徒たちは尊敬の念を込めた視線を送る。
「既に次期大賢者になりうる使徒の身体に器の情報が流れているはずだ。私が死んだ時、その瞬間器が宿る」
そのクレオブロスの発言は、使徒全員に向けてのものであるが、殆どヨアニスを見ていた。
器を持つ大賢者とそれを受け継ぐ才能を持った使徒にのみヘラクレスは姿を見せる。
つまり、名を呼ばれなかった使徒たちは大賢者にはなれず、翌日訪れる厄災との決戦以降は、使徒でも賢者でもなく、ただの一人の魔法使いとして人々へ無償で施しを与える存在になるのだ。
話が終わるとクレオブロスと使徒たちは村の集会所に戻り、戦いに備えて眠るのだった。
床についたヒュラースは一人、決戦以降の事を考えていた。
今まで、大賢者の教えを忠実に体現してきた。
それは言い直せば、生活や活動における判断の基準を教えに託して生きてきたということだ。
明日以降、使徒でも賢者でもなくなる自分はどのように生きていけばいいのわからなかったのだ。
これまで通り、大賢者に教わったことを糧に生きていけばいいと他の使徒たちは考えているだろう。
それは正しい。だが、そう思う反面、指導者が近くにいない状態で教えを体現することにヒュラースは不安を感じていた。
(私は誰に縋って生きていけばよいのか)




