信じる
仙人との決戦直前。
オッサ山中腹付近に立ちはだかかる深い霧の前に立つダヴィは、目の前の霧がただの霧ではないことを理解していた。
結解としての役割を持つと推測できるこの深い霧は、おそらくあらゆる手を使って自分を惑わしてくるだろうとダヴィは考えた。
一体何が見られるのか、不安よりも好奇心が勝ったダヴィは警戒心を疎かにして、深い霧の中に入っていった。
◇◇◇
深い霧の中を進むと霧が両側にはけていき、目の前に大きな城が現れた。
ダヴィはその城に見覚えがあった。
「懐かしいな・・・」
その城はダヴィが十歳の頃まで暮らしていた城であった。
ダヴィはその城に入って行くと中庭に着いた。
草や花が生い茂る中庭ではダヴィが一人の少女とかけっこをして楽しく遊んでいた。
その少女の姿に心臓を掴まれた気がしたダヴィは思わず声が漏れた。
「・・・・・・フィリス」
六歳からダヴィは家庭教師をつけられていた。
家庭教師の男は優しく、それでいて博識であった。
度々勉強に飽きたダヴィが関係のない話をしてもそこから話を広げてダヴィの好奇心を煽り、そして最終的には勉強の話に戻すことでダヴィの勉強への意欲を高める技術を持っていた。
そんな優れた家庭教師に純粋無垢な子どものダヴィは、長い期間を要せず、惹かれていった。
ある日。普段は家庭教師が城に通ってダヴィに勉強を教えるのだが、好奇心旺盛なダヴィは家庭教師の家に行ってみたいと思い、一緒に住んでいた第六士師である叔父に頼み込んだ。
ダヴィに甘く、理解のある叔父はダヴィの懇願に負けて許可を出したのだった。
そして三日後、執事のモラガと共に家庭教師の家に訪れた。
家は普通の民家であった。
ダヴィはあんなにも博識ならば、もっと偉い役職に就けるはずだと思った。
家の中に入ると、妻と娘が服を縫っていた。
ダヴィは少女の姿が視界に入ると、その愛らしさに目を放すことが出来なかった。
家庭教師の男の紹介で名前を「フィリス」だと知ると、すぐにその名前を呼んで「一緒に勉強しないか?」と誘ったのだった。
家庭教師の男とその妻は恐れ多いとたじろいだが、フィリスもダヴィを一目見て気に入ったのか「いいよ!」と返事をした。
話してみるとフィリスはかなり活発な少女で授業中もダヴィが関係ない話をしだすと臆することなく一緒にふざけるのだった。
ダヴィ一人であれば、家庭教師の男も得意の技術で授業の流れを戻すことが出来たが、フィリスとダヴィが組むと手に負えなく、音を上げるのだった。
そんな二人であるため、すぐに仲良くなり、授業後は外に遊びに出かけるのだった。
外でかけっこをして驚いたことは、ダヴィよりもフィリスの方が、運動神経がよかったことだった。
ダヴィはかけっこで負けて悔しかったが、そんな快活なフィリスに惹かれていたのだった。
それからは、城で授業を行うことが基本であったが、偶に家庭教師の家に行って授業を受けることもあった。
ある日、フィリスを城に招待したいと思ったダヴィは、授業の日に家庭教師にフィリスも連れてくるように言って、二人で授業を受けた。
家庭教師の家で会った時と違って正装をしておめかしをしてきたフィリスにダヴィは見とれてしまった。
フィリスは初めての城で緊張して顔を赤くしていたが、第六士師の叔父の気遣いといつも通りのダヴィの態度に安心したのだった。
二人で授業を受けた後、部屋にあった一枚の羊皮紙にお互いの似顔絵を描き合って二人は照れながらも喜んだ。
そんな牧歌的な日々をダヴィは十歳まで送っていた。
ダヴィが十一歳を迎える前日、ダヴィと第六士師の叔父が暮らす城に若くして国王になった父が到着した。
国王は息子が一つ歳を重ねることを祝福すると、大切な話があると告げた。
国王は夕食の際、ダヴィに言った。
「お前が十二歳を迎えたならば、第六士師に任命し、国の運営に携わってもらう」
ダヴィはその言葉に「ぼくが・・・⁉」と驚いた。
いずれ自分がその地位に着くことはわかっていたが、想像よりもかなり早かったための驚きであった。
だが、すぐにダヴィは国王の話の続きに集中した。
「よって、これから一年。私の城で士師としての教育を施す」
「お父様。それは、この城から出るということですか?」
「そうだ。ダヴィ。もうこの城へは戻らない」
「戻らない・・・とは?」
「ここへ預けたのは、あの優秀な家庭教師に勉強の面倒を見てもらうためだ。お前の成績は聞いている。もう必要ない。そもそもここはカロロスの担当地域だ。ダヴィ、お前が士師になれば、別の地域をあてがう」
「ここには友達がいるんだ! また遊びに来てもいいでしょ?」
「ダヴィよ。士師になれば、遊んでいる暇などないぞ。明日出発する前にお別れを言いに行きなさい」
「明日出発・・・・・・⁉」
「ああ。もちろんだ。学ぶべきことはたくさんあるぞ」
「・・・・・・嘘でしょ」
明くる日、ダヴィはモラガを連れてフィリスの家に会いに行った。
ダヴィはヤフィリスに、事の説明をして別れを告げた。
お互い、目に涙を浮かべて言葉を交わし合った。
そして、国王の乗った馬車が到着すると、ダヴィはフィリスの目を惜しむ思いで見つめながら馬車に乗った。
隣に座ったダヴィに国王は溜息をついて言う。
「なんだ女か。子どもの遊びはおしまいだ。お前には許嫁がいるからな」
初めて聞く事実にダヴィは反発する。
「そんなの聞いていない‼」
国王は静かに言う。
「王家の品位を守るためだ」
フィリスとの別れに傷心したダヴィであったが、国王をはじめ、周りに人間はそれを気遣う素振りを見せなかった。
国王の城に着くと同時に出発したカロロスと共に王の間に入った。
そこでは国王が玉座に座り、その前に士師が四人立っていた。
カロロスは一人で歩いて行き、士師の列に加わった。
置いて行かれたダヴィは、カロロスに走って近付き「カロロス、ぼくはどうすればいいの?」と聞くとカロロスはすごい剣幕で「俺を呼び捨てにするな‼ 立場をわきまえろ‼」と怒鳴った。
今まで優しかったカロロスに突然厳しい態度をとられたダヴィは唖然として立ちすくんだ。
国王は言う。
「ダヴィよ。早くそこに並びなさい。いつまで待たせるつもりだ」
ダヴィは黙ってカロロスの隣に行くと「ここじゃない‼」と言ってカロロスに向かいの方へ投げ出される。
ダヴィは痛みを堪えながら、黙って立ち上る。
「ダヴィよ。お前は来年士師になるのだ。国を背負う自覚を持ちなさい。お前にはいずれ、戦争の要である学院の管理を任せたいと考えている。我々が西を奪還するためには必要な場所だ。よいか、ダヴィ。優秀な兵士を育てなければ、我々は戦争に負け、お前が仲良くしていたフィリスという少女の命も危うくなるぞ」
その言葉にダヴィの頭にはフィリスの笑顔とフィリスが苦しむ姿をほぼ同時によぎった。
フィリスを失うことを恐れたダヴィは一瞬怯みながらも、即座に立ち直った。
(ぼくがやるんだ‼ 再びフィリスと一緒に過ごすために‼)
そうして一年間、ダヴィは士師としての教育を施されたのだった。
そしてついに十二歳になったダヴィは第六士師となり、担当する地域と学院の管理権をあてがわれた。
ダヴィは一年の教育期間で士師としての自覚と品位を身につけ、士師としてよく働いた。
そんなある日、十四歳になったダヴィは、脱走兵を捕まえるためにオッサ山へやってきた。
そこではエルザと言う少女に出会った。世間知らずの田舎娘だとダヴィは思った。
城に戻ったダヴィは壁を見つめながら思う。
(山に籠っているから都市の生活も流行りも社会問題も何も知らない。その癖全てを知った気になっているのか、この俺に盾突いてきた)
しかし、そのエルザの無邪気な態度にダヴィは一人の少女を思い出した。
フィリスである。
ダヴィは士師の教育を受けてから久しぶりにフィリスの事を思い出した。
ダヴィの笑顔や一緒に過ごした日々が思い出され、胸を締め付けた。
だが、士師であるダヴィは即座に邪念を振り払って、忘れることにした。
ダヴィは執事のモラガを呼び出して、エルザを学院へ導く作戦を伝えた。
「こいつを上手く使えれば、優秀な魔法使いになる」
モラガは「かしこまりました」と言って部屋を出た。
モラガが去ると、ダヴィはベッドに横になり、学院について思案を始めた。
しかし、五分もしないうちに窓に何かが当たる音がした。
ダヴィは気になって窓から外を見る。
すると突然、下から笑顔の少女が顔を出した。
ダヴィは驚いて「わっ‼」と声を出して後ずさりをした。
少女は言う。
「やあ! ダヴィ、久しぶり!」
その言葉にダヴィは一瞬フリーズしたが、すぐにその少女の正体に合点がいった。
「フィリス・・・・・・⁉」
「せいかーい!」
「なんで、フィリスが・・・ここにいるんだ⁉」
フィリスは屈託のない笑顔で言う。
「会いにきた!」
「はぁ・・・?」
「士師に昇格おめでとう。それだけを言いにきたの」
「なにをいまさら・・・」
動揺するダヴィをよそにフィリスは「それからこれ、はい!」と言って、羊皮紙をわたした。
「あの日、これ落としていったよ。だから返しに来たの! マジで忍び込むの大変だったぁ~」
そうフィリスが話していると、廊下から守衛たちの声がした。
ダヴィの驚いた声が聞こえたようで、ダヴィの部屋に向かって来ている。
ダヴィは焦って「やばい! 城の者が来る! 早く隠れろ!」と言った。
フィリスは壁から近くの木に飛び移り、地面に下りた。
そうして城の出口に向かて走りながら、ダヴィに言う。
「信じているから! また、あの時のように笑い合っておしゃべりできる日が来ることを! 信じているからぁ‼」
その光景を食い入るように見ていたダヴィの前に深い霧が立ち込める。
ダヴィは焦って「フィリス‼ フィリス‼ フィリス‼」と叫ぶが、全てが霧によって隠されていく。
ダヴィは手を伸ばしてフィリスを求める。
「フィリス‼」
そこでダヴィは目を覚ました。
失意の中、目覚めたダヴィが見たのは、見覚えのある天井だった。




