アネッテの過去
アネッテが生まれ育った村には治安維持隊としての役割を持つ騎士団が常駐していない。
そのため、自分達の身は自分達で守る必要があり、元騎士団のアネッテの父はアネッテに剣術を教えていた。
アネッテ自身も剣術が好きで、父から「筋がいい」と褒められた日は一日中剣を振り、父に止められた程だった。
アネッテの楽しみは剣術だけはない。
村長の娘である親友のエレクトラとよく遊んでいたのだった。
エレクトラは聡明で優しく、村一番の美人であったため、村の誰からも好かれていた。
二人は草原に花を摘みによく出かけて、摘んだ花を花冠にしてお互いにかけあって遊んでいた。
二人は仲が良く、姉妹のようだと村人から言われていた。
エレクトラは男の子に好意を持たれることが多く、男の子が気を引こうとしてイタズラを仕掛けてくるがその行為が度々エレクトラを傷つけることがあった。
酷い時はアネッテから貰った花冠を引きちぎったり、アネッテが陰口を叩いていたと嘘をついたりしていた。
しかしそんな時は、常に気の強いアネッテが男の子をしかりつけてエレクトラを護って、励ました。
エレクトラは言う。
「私ってアネッテに頼ってばっかりね」
落ち込んだ表情を見せるエレクトラの前に立ち上ってアネッテは言う。
「馬鹿ねぇ。何を落ち込んでいるの! 私達はこの村で助け合って生きていくの。私だってエレクトラがいないと楽しくないし。それはエレクトラが私を助けているってことでしょ!」
エレクトラはアネッテの言葉を素直に受け止めることが出来た。
それは目の前のアネッテがいつものアネッテだからだ。アネッテがいつも自分にしてくれること、言ってくれること。全てが幼い頃から変わらず、ずっとエレクトラが見てきたことだった。
これはただの励ましじゃない。本当に自分の事を思ってくれているのだ。
アネッテの事だけは信じることが出来る。
エレクトラは言う。
「ありがとう」
ある日のことである。普段通りアネッテとエレクトラが草原でかけっこをしていた。
そこへ血相を変えて村人がやって来た。
「エレクトラ! エレクトラはいるかい!」
取り乱している村人に驚きながらエレクトラは話を聞いた。
「村長が・・・村長が木の伐採中に倒れてきた木の下敷きに・・・」
エレクトラはすぐに走り出した。アネッテも少し遅れて後を追った。
村長は村唯一の医者の家に運ばれていた。
エレクトラが着いた時には、父は息を引き取っていた。
エレクトラは父を揺らして語り掛けたが反応はなく、死を悟ったのか父に突っ伏し泣き崩れた。
アネッテは悲哀に満ちたその背中をただ眺めることしかできなかった。
父の死後、エレクトラの様子が変わっってしまった。
普段であれば、家の手伝いの時以外は、アネッテと草原に出かけて遊んでいたのだが、エレクトラは国から村に依頼されている森の木の伐採の仕事に同行していた。
アネッテが遊びに誘っても「忙しくて遊べない」と言うだけでアネッテに取りあおうとしない。
アネッテはしつこくエレクトラを誘いに行ったが結局、父の死後から二か月が経ち、二人が顔を合わせることは殆どなくなった。
相変わらず、エレクトラは村人たちの仕事に同行していたがアネッテは何をしているのか想像がつかず、村人に尋ねると「仕事を見ているだけだよ」と返事が返ってくるだけで、なんのためにエレクトラがそれをやっているのかわからなかった。
エレクトラから避けられる日々が続いてもアネッテはエレクトラのことを心配する気持ちは変わらなかった。
そしてある日、草原で集中して考え事をしていたために夜帰るのが遅くなったアネッテは急いで丘を下りていた。
すると途中、木々の中で誰かが佇んでいるのを視界に捉えた。
アネッテは不思議に思い、その佇む人のところへ駆け寄った。
アネッテが「あのぉ」と声をかけるとその人は振り返った。
それはエレクトラであった。
「エレクトラ⁉ こんなところで何をしているの?」
エレクトラは抑揚のない声で言う。
「私ね、お父さんの代りに国のために働かなくちゃいけないの」
「国のため?」
「うん。国のために働かなくちゃいけないの」
「どうして、エレクトラがそんなことしなくちゃいけないの?」
「うん。国のために働かなくちゃいけないの」
「エレクトラ? 話聞いてる?」
「うん。国のために働かなくちゃいけないの」
明らかにエレクトラの様子がおかしいことに気付いたアネッテはエレクトラの両手を握って語り掛ける。
「エレクトラ。最近話しかけてあげられなくてごめんね。嫌いになったりとかそういうのじゃなくて、ちゃんと毎日エレクトラのこと心配していたんだよ。お父さんが死んじゃってショックだったよね。その後、エレクトラに何があったのかわからないけれど、急に私とお話ししてくれなくなって・・・・・・。大人の仕事について行くようになったけど、それが何か関係があるの?」
「うん。国のために働かなくちゃいけないの」
いくら語り掛けても様子の変わらないエレクトラにアネッテは涙を流して訴える。
「エレクトラァ・・・・・・。お願い・・・何か悩みがあるのなら言って・・・協力するから・・・・・・‼」
アネッテがそう言った時だった。
エレクトラが急にアネッテの手を握り返してグイッと引っ張り顔を近づけたのだ。
「アネッテ。それホント?」
アネッテは驚いたが、ようやくエレクトラが別の言葉を発したため、安堵した。
「うん。何でも言って。協力するから」
エレクトラが笑みをこぼして「じゃあ・・・」と言うとアネッテの脳内に突然、男の声が流れ始めた。
目の前で口を開いているのはエレクトラだが、声は耳に届かず、脳内に謎の男の声が響き渡る。
突然の出来事に混乱しているとその瞬間、視界が真っ暗になり、意識が遠のいた。
どれくらいの時間が経ったか、アネッテが意識を取り戻し、視界が晴れた時には村を見渡せる丘の上に立ち、エレクトラと二人で燃え行く村を眺めていたのだ。
突然の光景にたじろいだアネッテは足が何かにぶつかったのを感じた。
振り返るとそこには大量の松明が積まれていた。
そしてそれを見るのと同時に自分の両手に火のついた松明と今まさに火を点けようとしている様に松明が握られていた。
「あっ・・・あっ・・・あああ・・・あ」
動揺して火のついた松明を落としそうになるとエレクトラがアネッテを支えた。
エレクトラは言う。
「手伝ってくれてありがとう」
アネッテは信じられなかった。自分達がこの丘から火のついた松明を村に投げ入れて火事を起こしたとは。
事実を受け入れられず、地面にへたり込んでいると、背後から火事を聞きつけ村にやってきた騎士が三人現れた。
「お前達‼ 何をやっている‼」
するとエレクトラがアネッテに小さな声で語り掛けた。
「味方になってくれてありがとう。アネッテのことは私が守るよ」
アネッテとエレクトラは騎士に取り押さえられて抵抗することなく、連れていかれた。
火事は騎士の助けもあり、森や山に広がることはなかったがそれでも数軒の家が全焼した。
エレクトラとアネッテは騎士によって取り調べを受けた。
事の顛末を把握しているわけではないアネッテは取り調べにまともに答えることは出来なかったが、エレクトラは全てを正直に言ったうえでアネッテの事はこう証言した。
「私ね、暗示魔法が使えるのよ。アネッテを暗示魔法にかけて操って放火の手伝いをさせたのよ。うふふ。もうアネッテは暗示魔法の影響下にないから今度はあなたのことを暗示にかけちゃおうかしら。うふふ」
騎士はそれまで大人しかったエレクトラの豹変ぶりに驚きながらも聴取を続ける。
「魔女か。それが本当なら俺に暗示魔法をかけて操ってみろ」
エレクトラは言われた通り、騎士の一人に暗示魔法をかけた。
エレクトラは村へ配給された食糧の一部を盗み食べるように騎士に命令すると、騎士は歩いていた村人からパンを奪って目の前で食べてしまった。
それを見た他の騎士はエレクトラの証言は真実であると断定してアネッテを解放した。
エレクトラは騎士によってアルゴスへと連行された。
騎士に解放され、疑いが晴れたアネッテであったが、怒りが治まらない一部の村人に捉えられて小屋に縛り付けられ放火事件について追及にあった。
明瞭な返事をしないアネッテにイラついた村人は、アネッテを罵り、エレクトラのことを侮辱し次第には手を出そうとした。
村人が手を振り上げたのを見て身動きを取れないアネッテは目を瞑って身構える。
しかし、手はアネッテの頬には届かなかった。
アネッテが目を開けて村人を見上げると、腕を掴んで村人の動きを止めている大賢者イエスタデイの姿があった。
イエスタデイはその場を治め、村人を追い払うとアネッテを縛り付けていた縄を解いた。
「君がアネッテ・ストーリさんだね。ご両親が心配しているよ」
イエスタデイに連れられて、アネッテは家族のもとへと戻った。
両親は涙を流して我が子を抱きしめた。
イエスタデイは数日村に留まり、村の復興を手助けした。
イエスタデイが村を去って間もなく、アネッテはとある村人に違和感を覚える。
それは新しく村長になった男だ。
村長になった男は自分の仕事を放って、村の見回りを始めたのだった。
父を亡くしたエレクトラと同じようだとアネッテは思ったが、一人で村長に近付くことはなかった。
アネッテはエレクトラを思う。
エレクトラが連行された後、エレクトラが村に戻って来ることはなかった。
村ではエレクトラは死刑にされたのだと噂になって、暫くするとそれが真実かのように語られるようになった。
アネッテを操り、そして騎士から庇った。そんなエレクトラの胸中は今もわからない。




