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鬼と蜘蛛~泥の中で咲き誇る華~  作者: 桜 千夜子
いとあはれなり、紅蓮華よ
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紅蓮華は桃華に抱きしめられて、久方ぶりの安らぎを感じていた。深い母の愛のように、全てを包む海の様に、紅蓮華を包んでいた。優しく髪の毛を梳くその細い指を、知らぬ間に握りしめていた。

「グレン?」

「お前、妖魔の子孫の割に力が弱いな。」

 ほっそりとした指…華奢な身体。それで岸嶋と戦うつもりなのか?

「良く…分からないのですが、おばあちゃんが色々な技を受け継ぐ前に亡くなったから。その秘術を会得すれば…何とかなると思って。」

 随分頼りない答えだ。岸嶋は、生きていた頃から卑怯な手を使って紅蓮華を追い込んでいった。

――この小娘なぞ、ひと捻りに違いない。

「グレン?」

「桃華は、俺を初めて見てどう思った?」

 紅蓮華はうっそりと、牙を覗かせた口をゆがめながら笑った。

敢えて全身からオーラを漲らせる。

桃華は蒼白な顔をしつつも、紅蓮華をじっと見つめた。

「恐怖そのもの…。でもどうしてだろう…、荘厳なイメージもある。今まで気が付かなかったけど…グレンから神気が感じられる。」

――どうして?グレンから神気が…。怖いって思ったのは、神気に反応したからなの?

 美しい顔を、綻ばせてワシャっと桃華の頭を手の平で撫でた。

「良く出来ました。」

「え?」

「俺の話をしよう。」

 紅蓮華は、桃華の目を塞ぐように手で覆った。急激に眠気が襲い…長い長い紅蓮華の昔話を夢で見た。




 天皇が住まう城の麓に広がる整備された城下町に、商才のある若者が居た。親の反物の事業を広げ若干15歳ながらも、従業員に慕われ天才的な閃きを次々と事業に生かし新しい反物を作り、城下町一の店となった。16歳に成る頃に見合いの話が来た。青年はとても美しい容貌をしている上に金持ちだ、色々な話が舞い込んでくる。その中には、没落しそうな貴族などもいた。

 親は、腐っても鯛だ!と没落貴族の娘との縁談を勧めた。若者は、店にしか興味を持てず、一緒に店を盛り立ててくれるなら誰でもいいという無頓着振り。それを良い事に、ドンドン話が進んでいった。通常はまどろっこしい、風流な歌を送るのが貴族様の流儀だが、自分は商人だ。沢山の持参金を贈る事で、直ぐに祝言となった。

 祝言で漸く花嫁の顔を見ることとなった。

 花嫁はとても美しかった。お白いで塗られ、真っ赤な紅を唇に付けていたが、素の顔はとても綺麗だろうとは容易に想像出来た。花嫁も、驚くように若者を見たが貴族が普段商人に対して見下すような目つきでは無かった。その事に若者は、ホっとした。

 やがて新婚生活を開始した。若者は、貴族だったという花嫁は何も働かず、部屋に籠るとばかり思ったが、思いのほかくるくると働く娘だった。どうやら、本当に没落しそうだったため侍女はおらず、自ら家事をこなしていたとの事だった。返って、従業員の方が手伝ってくれるので楽させてもらってますと微笑んでくれた。

 そんな花嫁に夢中になるのは早かった。周囲からは、良い花嫁をもらったなと若者を祝福したものだった。

 ある日、武芸で有名な「岸嶋家」から反物の発注を受けた。なんでも、武芸の発表会で着る着物を仕立てるのに新しい反物で仕立てたいとの要望だ。本来なら主人である若者が行くところだが、天皇家に奉納しなければ行けない反物を用意せねばならず、花嫁が出向く事になった。

 その日から、大した用も無いのに岸嶋家は花嫁を召喚した。有名な貴族であり、武芸に秀でて戦でも活躍して天皇への覚えも目出度い岸嶋家の要望を無視するわけにもいかず、何度も岸嶋家に足を運んだ。

 徐々に、花嫁の顔色が悪くなっていく。心配した若者が、何度自分が行くと言っても花嫁は岸嶋家の言うがままに足を運んだ。

 ついに、無理がたたって倒れた花嫁の代わりに、若者が訪れることとなった。


「ほう。そなたが夫か。」

「はい。本日はどのような件でしょうか?」

 岸嶋家の若当主新丈しんのじょうは、美しい女性を周りに侍らしていた。お貴族様の考える事は良く分からないな。と、若者は顔を顰めた。

「そなたの嫁をワシにくりゃれ。」

――は?何を考えているのだこのボンボンは。

一瞬沸騰しかけた頭を、瞬時に落ちつかせ話を変える事にした。

「申し訳ございません。妻を渡すわけにはいきません。本日は、新作の反物を持ってまいりました。どうぞご覧くださいませ。」

 従業員に目で合図して新作の反物を並べた。しかし、新丈は美しい反物を足で蹴り飛ばした。流石に商売道具に傷や泥を付けられて苛立った。

「新丈様、売り物ですのでどうかご容赦を…。」

「ふん。こんなものこうしてくれるわ。」

 ギリっと舌唇を噛む。この反物は諦めねばなるまい。従業員に綺麗な部分を切り取って現物支給にするか…。などと考えていると、反物の代金にしては多目の黄金色の小判が頭に降り注いだ。チャリンチャリンチャリン。

「そなたは、あの娘の両親の借金を返済する代わりに娘を差し出せと脅迫したようだな。」

侮蔑の視線を若者に投げかけた。

「いえ。そのような事は。確かに妻の実家の借金は私が返済致しましたが、通常のお見合いで出会ったのでございます。」

「ほう。ワシが聞いている話とは違うのう。」

若者を馬鹿にするような笑みを浮かべる。周囲の女たちも合わせて嗤った。

その中の妖艶な美女は、興味深気な顔で若者を熱心に見ていた。

「勘弁して下さいませ。私共は妻の実家から是非にとの話でした見合いでございます。」

「まぁ良い。次は娘が来るように計らえ。」

新丈は全く若者の話を聞かず、自らを正義だと思い込み、まるで若者が犯罪者であるかのように扇子を振って追い出した。


 若者が床について休んでいる妻に今日の事を伝えた。すると娘がしくしくと涙を流し始めた。そして、今までの話を始めるのであった。

初めて新丈の家へ行った時、非常に熱心に自分を見つめていた。その内、自分の妾に成れと迫り始めたとの事。実家は貴族であるが、末端貴族であり今は商人の妻。強く断る事も出来ず、毎回呼び出され迫られていた。身体を壊し倒れた前日には、誰から聞いたのか商人である若者に脅迫されて花嫁になったのなら、身受けしよう。と言い始め、遂に限界に来た花嫁が「いい加減にしてくださいませ。」と突っぱねたのだ。

 すると、今まで気持ちが悪い位優しかったのに、実家がどうなってもいいのか?商人がとんでもない悪魔だと噂を流してもいいのか?と迫られたとの事だった。


「すまない。」

若者は今まで妻に任せてばかりだった自分を責めた。

「私は貴族ではもうありませぬ。商人の妻です。これしきの事軽くあしらえるように成らないといけませぬな。こうしてやや子もお腹に居る事ですし、私も頑張らないと。」

「やや子?」

「はい。やや子です。倒れたのは、やや子の事もあったからのようです。」

「それでは、益々無理せず休まなければ。」

 若者は、今以上に頑張って妻に楽をさせようと決意をしたのであった。


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