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第86幕  お前は死なせない 

「さて……」

 ノモスは少し疲れた様子で、通信用の『神杯』を耳から外した。

「…済んだようですね」

 ノモスの脇に控えていたのはワルーン。

『ズローバ』の変化の報告にノモスの元を訪れ、この現場に出くわした。

 掻い摘んでだったが、『アカデメイア』で起こっていた出来事の詳細を聞き――こうして今に至っている。



「お待たせしてすみませんでした…『神聖アギオ騎士団』だけでどうにかなりそうですか?」

「そのためにあなたは騎士団の人数は倍にした上に、高ランクの『アトスポロス』の頭数も増やしたのでしょう?これでどうにか出来なければ意味がありません」

「…ありがとうございます。状況は厳しいですが…シュウくんたちがアレティ様を連れて帰ってくるまで……ロバロ公国は我々で守り抜きますよ」

「承知いたしました」

 ノモスの言葉に、ワルーンはその頭を垂れた。

 そして再度頭を上げたとき、ノモスに対して一言――口を開いた。

「ノモス殿。大変だとは思いますが…アンナ様をよろしくお願いいたします。

 こんな程度のことでアンナ様を護れなけれは…それこそアレティ様たちに合わせる顔がありません」

「……最大の難問ですが…仕方ないですね。私が命に代えてもお護りいたします」

「いいえ。ノモス殿もご自分を護られた上での話です。そこを間違えないでくださいね」 

 そのときだけ。ワルーンの微笑みは女性らしい雰囲気を漂わせる。

 ノモスもつられて微笑みながら、肩を竦めた。

「…はい、わかりました。ではお願いいたします」

「はっ」

 ワルーンは再度ノモスに頭を下げると、颯爽と部屋をあとにした。



「……いよいよ正念場ですね。もう少しあとかと思っていたんですが…私もまだまだ考え方が甘い……」 

 ノモスは嘆息し、そんな言葉を吐き出した。

「こちらは我々がなんとしても護ります…だから…生きて帰って来てくださいね…皆さん」

 ノモスは宰相の執務室から窓を見上げ――星が瞬く夜空にそっと呟いた。



◆◆◆



「シュウたちが今日『カコ』で『ブルゾス』を戦わないで「浄化」したことで、デウスは焦りを感じたんだろうね。

 今日のシュウたちの行動は、デウスの間者であるバクってやつに見られてたんだ。

 あいつからデウスに報告が行ってる。

 もしかしたら……もうこの島に来ているかもしれないよ」

 アラヤがそれまでのやり取りから、そんな推測を話していた。

「君らが島に入れたくらいだからな」

「……まぁね」

 アラヤはフロガに問われ、肩を竦めてみせた。

「でも……ロバロから来るとなると…デウスの傍に付いているのはウスター…「シュンソク」ってやつだ。あいつも僕と同じ「時空間転移」の能力を持っている。

 それならこの島の結界とか関係なく、ちょくでここに来られるから」

 天楽がアラヤの説明に補足を加えた。

 そのとき、秋が――父であるスィコ――冬彦を見た。

「親父。親父には双子の兄なんていなかっただろ?デウスって誰なんだ?」

「……お前も知ってる…片桐修司おじさんだ」

「はっ?……片桐のおっさんも…『アトスポロス』で…3000年も生きてきたのかよ?

 親父の小学校からの腐れ縁だって…おじさん言ってたじゃん」

 冬彦は小さく「あぁ」と呟いた。

「正確には…「片桐修司」という俺の親友だったやつが死んで…「その体に同化した『エフヒ』」が今の「片桐修司」だった…デウスなんだけどな」

「……大洪水のあとに…なのか?」

「いいや。もっと…俺がお前ぐらいの歳から……俺と修司は『アトスポロス』だったんだよ。修司はそのときに命を落とした。今のデウスはそのときに修司の体に同化した『エフヒ』だった。

 それでも修司の記憶は引き継いだから……俺にとってはあいつが「片桐修司」と同じだったんだ。

 大洪水のあと。俺もあいつも生き残り…あいつは俺と一緒に頑張ってきていた。

 だが…1000年…2000年と過ごすうちに、あいつの精神が壊れてきていた。

 段々破壊的な言動が増え、行動も几帳面だったあいつからは考えられないほどずさんで残虐なものも増えた。

 俺も気がついていたが……どうしてやることも出来ずに、壊れていくあいつの話に合わせて、注意や警告をしてやるぐらいしか出来なかった。

 そして「片桐修司」としての記憶も徐々に無くし始め…100年前ぐらいには、完全に「片桐修司」としての記憶を失い、協会を去った。

 それから…徐々にあいつが先導しているらしい事件が増え始めた。

 「デウス・エクス・マキナ」と名乗り始めたのは、50年前の「カタストロフィ(大崩壊)」以降の話だ」



「…じゃぁ…今のデウスは片桐のおっさんじゃないってことなのか?」

「そうだ…これは嘘でも何でもない。それが証拠に、おそらくあいつは天楽くんに会っても覚えていなかったんじゃないか?」

 秋の問いに、冬彦は頷きながら、10年間――行動を共にしていた天楽へ顔を向けた。

「…僕もそこまでは気が付かなかったけど……デウスは確かに性格的に残酷なところとすごく幼稚な部分があった。とても「片桐」のおじさんとは思えない。

 それに僕のことも初めてあったような感じだった…上手く隠していたのかもしれないけど……」



◆◆◆



 そのとき。

 大地が大きく揺れ、秋たちはその場に立っていることが難しいほどの地震が島全体を襲った。

「これは……っ!?」

 あちこちの部屋の中から、何かが割れる音や倒れる音が聞こえてきたが、建物自体が崩れることはなかった。

 揺れが収まり、仲間たちが周囲の被害状況を確認するために顔を忙しく見回し、他の仲間にも声をかけた。



「…来たね」

 アラヤがはっきりと――告げた。

「……怖いよ…パパ」

 ペルルがフロガにしがみつく。

「大丈夫だ。パパたちがいるだろ?」

「うん……でも…あっち…たくさん……困ってる人たちがいるよ」

 そう言ってペルルが指をさす方角は――島の西。『カコ』の場所だった。

 イルエも不安そうに、抱きしめている直人の服をぎゅっと掴んだ。

「君にも感じるんだね……」

「……すごく「怖い」という感情が流れ込んでくる……」

 直人はイルエを抱きしめる手に力を込めた。



「モコ…いや、クララ。こいつらを『カコ』に連れてくから、力貸してよ」

「構わないけど……あなたは「それでいいの」?アラヤ?」

 アレティに抱かれているクララに、アラヤが話しかけ、クララは――自分たちに味方することに抵抗がないのかと遠まわしに尋ねた。

「いいからここにいるんだろう?どうせそんなに長くない。最後ぐらいは僕の好きにやるさ」

 とんとん。とアラヤは誰か右肩をつつかれ、慌てて「何?」と振り返ると――そこには不機嫌そうな秋が立っていた。

「お前は死なせねぇ」

「…はっ!?」

 アラヤも秋以上に不機嫌そうに対応し、2人の間は一瞬で険悪なムードに包まれた。

「だから…お前は死なせねぇって言ってんだよ」

「だから何?死ぬときは死ぬんだよっ」

「それは今じゃねぇって言ってんだよ。お前は俺たちの仲間だからなっ。死なせねぇ」

 秋に言われて――アラヤが反論する言葉を失い。

「よし…じゃぁ、『カコ』に行こうぜ」

 と、秋は仲間たちに声をかけた。

「……みたいよ。あなたはまだまだ死ねないわ」

 そんなことをクララに駄目だしされたアラヤは。

「お前の仲間って馬鹿ばっかりなのか、アマラっ!?」

 恥ずかしそうに、天楽にあたっていた。



◆◆◆



「まぁ…こんなものかな?」

 漆黒のドームは消え――『カコ』からは既に星空が見えないほど――黒く澱んだ空気が充満していた。

 


 ふぅとため息をつき――シッジルは笑顔でウスターを見た。

「悪いけど、もう一度ロバロに戻ってくれない、ウスター?」

「また…ですかっ!?少し休みたいんですが……」

「この中でっ!?僕らも危ないって……それより、やつらを待つのはロバロじゃないと駄目な理由があるんだ……疲れてて悪いけど。頼むよ」

「…わかりました」

 渋々ウスターは時空間の扉を開いた。

「ありがとうね」

 シッジルは疲労漂うウスターの不貞腐れた顔に、申し訳なさそうな笑みで答えた。

「さて…早く追っておいで…シュウ」



 最後にそう言って――シッジルとウスターの姿は時空間の中に消えた。




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