第8幕 混乱しています。
直人の屋敷とは、宮殿内の左側――この宮殿の関係者には『学宮側』と言われている、西側の敷地内に建つ、3階建ての建物だった。
元は何かの倉庫だったらしく、そう宮殿内では大きな建物ではない。
そこに直人の他に、もう1人と3人の使用人で住んでいるということだった。
建物に着き扉を開けると、1人の女性が迎えてくれた。
が、ベンジーが見上げると、女性の焦点が自分に合っていないことが気になった。
そして直人がベンジーの話をすると、直人の胸にいるベンジーに手を差し伸べ、その頭をそっと撫でた。
「とても小さいのね…」
女性の名前はイルエ。金色の髪に、銀色の瞳。
ベンジーが育った日本では黒髪に茶色や黒い瞳の人物がほとんどだったので、強い違和感を覚えた。が、秋が友だちから押し付けられたという漫画やラノベという物語の本、ゲームとかテレビなどの世界ならば、こんな容姿のキャラクターが登場しそうな印象の女性であった。
ベンジーは秋が学校に行っている間、色々そんな本を読んだり、ゲームしたりとしていたので、その知識は今役に立っている。
「イルエさんは…」
ベンジーはイルエの目が――を続けようとした。
「そう。イルエは目が不自由なんだ。でも、そのぶん別の感覚は僕らなんかよりよほど鋭いよ」
「目が見えない分、他の感覚で補おうとするから…そうなるのね」
イルエの笑みはどこか、秋の母、奈津美に似ている――ベンジーはそう感じた。
それはベンジーにとって親しみのある存在を意味した。
「……イルエさんも、『浄化』という能力を持ってるの?」
「うん。イルエも『アトスポロス』だよ。ランクは『第2級』。僕よりそうとう強いんだ」
「また…ナオト」
なんだろう。直人とイルエの間には、家族に似た――とても親しい関係を感じる。
ベンジーはそんな2人の顔を交互に見つめた。
「直人さんとイルエさんの関係って…?」
一瞬、直人が言葉に詰まった。そして恥ずかしそうにため息を付くと
「…茶飲み友だち…というのかな?」
「プロポースしてもらったの。1年前に」
イルエの方がその答えに積極的だった。
「あぁ、恋人なんだ。恥ずかしがらす、そう言えばいいのに。弥生にも彼氏はいるから」
再び何故か直人の言葉が止まった。
「……それ…秋くん知ってるの?」
「ううん、知らない。たぶん怒るからって、弥生はまだ話してない」
「じゃ…聞かなかったことにしておく。その部分は」
「うん。そうして」
こほんと何か言い辛そうにベンジーから視線を逸らすと、直人が声のトーンをかなり下げて話しかけてきた。
「秋くんとベンジーがこの世界に来た…導いてくれたのがセスカだったんだろう?実はね。僕の場合はこのイルエだったんだ……」
「へぇ…」
「私は全然わからないんだけど……あとでナオトに教えてもらったのよ」
「へぇぇぇ。じゃぁ、一目ぼれってやつ?」
「う、うん…そうだね。告白するのに2年かかってるけど……」
「ナオトは自分の世界に帰ろうとしていたから、それを気にしてなかなか話してくれなかったけど…私が一緒にナオトの世界に行きたいって言ったの。そうしたらようやく…ね」
どうやらイルエは見た目の印象とは違う、だいぶ積極的な性格をしているようだ。
会話の中でも、直人が尻に敷かれているようにベンジーは思った。
そんなところは秋と弥生の両親、奈津美と冬彦に似ている。
この2人はベンジーにとって、居心地の良い人物のように感じられた。
おそらく直人とイルエも、相手がベンジーという犬だからこそ、気持ちを許し、普段は人前でされないそんな会話をしたのかもしれない。
「こんなところで立ち話もなんだし、部屋で落ち着いて、この世界の話をするよ」
直人がベンジーにそう言った。
◆◆◆
「ここは僕らのいた日本から3000年後の未来っ!?」
リビングに案内されたベンジーは、イルエが同席する中、直人からそんな話をされた。
「この世界では、3000年前に世界が大洪水が起こって、陸地の約50%が水没しているらしい。ここでは『ブルゾス』と言われている『霊長意識集合体』って…わかる?」
「うん…大丈夫。なんかそんな話の物語読んだ気がする。
生物の無意識下は全部繋がってて、ひとつになってて…それが『意識の集合体』なんでしょ?」
ベンジーの博識ぶりに、直人が驚いてベンジーをまじまじと見つめた。
「本当に君はすごいなぁ……」
「そんなことないよ。普通でしょ?」
それが普通なら、世界はとんでもないことになりそうだが――直人は愛想笑いで済ませた。
「ベンジーの解釈で合ってる。『霊長意識集合体』は、『人間』に限られた無意識下の『集合体』になるけどね。本来は、人間全体の進化や存在の行く末なんかに介在してくる『存在』らしいけど。『ブルゾス』はギリシャ語で『青銅の種族』を意味する。
ギリシャ神話で3番目に発生した種族で、乱暴者で、常に戦いばかりしていたらしい。そのせいで神様に滅ばされた種族だった。そして今の種族が『イロアス』という『英雄の種族』だそうだ。
僕らの世界では、僕らは第5番目に出てきた『鉄の種族』で、本当なら『英雄の種族』のあとに出てきた全ての種族において、最低の種族だったようだけどね」
「じゃぁ、ここは『ギリシャ神話』の世界なの?」
ベンジーの問いに、直人は首を左右に小さく振った。
「違う。『ギリシャ神話』のようにされた世界…というのかな。これはあとで話すよ。
僕らの元の世界でも『ブルゾス』は存在していた。そこでは『霊長意識集合体』と呼んでいたらしい。
『ミュトス』とは、その『万物意識集合体』から外れた「バグ」のような存在のようでね。
どんな生物でも、その『万物意識集合体』への回帰本能というのが、無意識にプログラムされているのだそうだ。
それは僕らが死んで肉体から離れたときに発動するプログラムで、僕という存在の意識だったものは、『万物意識集合体』という存在へと戻り、再度の『個』への誕生を待つ。
その『万物意識集合体』とは『地球』そのものの意識であり、『それ』は『ガイア』と呼ばれている。だから僕らは『地球』から生まれ、死んで『地球』に戻る。だけど、『ミュトス』はそのプログラムから外れた『個』に執着する意識体のことらしいんだ。
それが集まり、集団となり…力を持ってしまったものが『霊長意識集合体』。
ほとんどが『人間』の意識らしいんだよ。それ。
それは時間をかけてより強力な集団となり、人間にちょっかいを出すだけの力を持つようになった。
『地球』はそれを阻止するために、人間の中からその『ミュトス』を倒せる能力を持った人間を生み出した。
それは『ミュトス』を『浄化』する能力を持つ人間。『浄化者』と呼んでいたらしい」
「浄化者…ピュリファイアって…なんか言いにくいね」
直人はそう呟いたベンジーに笑って見せ、「そうだね」と苦笑いした。
「そんな『浄化者』と『ミュトス』の戦いは数千年に及んだそうだ。
普通の生活をしていた人々を極力巻き込まないよう、色々工夫しながら、世界規模の組織『カタルシス』を作り『ミュトス』と戦ってきた。が、あるとき、それでも減らない『ミュトス』を一気に殲滅しようとした」
「……だんだん話がSFになってきたね」
「本当。僕もここへ来てその話聞いて、ここが実はゲームの世界なんかじゃないかって思ったもんなぁ……」
どこかベンジーと直人には疲れの色が見えた。
そして直人は一息つき、話の続きをはじめた。
「『ミュトス』には、『霊力』に反応する性質があるみたいでね。『霊力』とは僕らの生きる根本の力のことらしい。『浄化者』はその力が異常に高いらしく、能力が高ければ高いほど『ミュトス』を集めちゃうらしいんだ。
その性質を利用して、一箇所に『ミュトス』を集めて、やっつけようとした。
『霊力』が集まると言えば、人が多く住む街も該当するから、そんな街に能力の高い『浄化者』を集めた。それが僕らの住んでいた『埼玉県五色市』なんだそうだ」
「えっ!?そうなの?」
うんと直人が頷いた。
「君も秋くん…そして僕もその『五色市』に住んでいた。
初めはとても危険視されていたらしいよ。それは日本独自の作戦だったらしいから。
それは『五色プロジェクト』と呼ばれてたそうだ。
でも数年で絶大な成果を上げた。世界でも『ミュトス』の出現率がワースト2位だった日本が、それを10位以下まで下げたらしい。
『ミュトス』に手を焼いていた世界の国々は、それを挙ってマネし始めた。
ところが、それが『ミュトス』の思わぬ反乱を招き、一気に各地で『ミュトス』が吹き出るように出現し、人々の生活に混乱を招くどころか、異常気象まで招き始めた。
世界は混乱し、人々は『ミュトス』によって、絶滅の危機にまで追い詰められる結果となってしまった。
そしてある日。世界は異常気象が齎した海面上昇の煽りを食って大洪水が発生し、陸地の半分が水没。人口の10分の一しか生き残らなかった。
そして3000年。人類の文化はここまで再生し気象も安定したが、『ミュトス』は今だに残ってる。
前の教訓を活かし、『浄化者』たちが作り上げた世界組織…『カタルシス』は『イロアス協会』と名を変えて、世界の『浄化者』…今は『アトスポロス』と呼ばれる僕らのような人間を確保し、『ブルゾス』と呼んでいる『ミュトス』と今だに戦っている……それが僕の聞いた、この世界の真相だそうだ」
説明を終え、直人はふぅと息をついた。
「ありがとう直人さん。よくわかった…けど」
「まだまだ訊きたいことはあるよね。どうして僕らがそんな『浄化力』を持つとかね」
ベンジーは直人に素直に頷いた。
「僕らの能力の源は『水晶』。それもなんの変哲もない、ブレスレットのような加工された水晶でもそうだし、いつどんなときに手にした水晶が、僕らにそんな力を目覚めさせるかわからない。
僕らの時代はね、そんな『浄化者』が手にする特別な水晶を『永久水晶 (エターナルクリスタル)』と呼んだらしい。ここはそれを『神杯』と呼ぶらしい。
それが僕らの時代では『浄化者』はいつ現れるかわからなかったものが、ここではそんな『浄化者』…『アトスポロス』予備軍を集める学校があるんだ。その予備軍たちは『石使い(メイスン)』と呼ばれて、数もかなり多いから『浄化能力』も『魔導術』とされて、誰でも…『神杯』を使える人なら誰でも学べる環境を整えたみたいだ。
でもその中でも本格的に『アトスポロス』として活躍出来る人は…かなり少ないようだけど」
直人の説明に、「ふうん」とベンジーは微妙な様子だった。
「『アトスポロス』と認定された人だけに、その事実を知らせて、多くの学生には『アトスポロス』の話はしていないんだ。
そしてその『アトスポロス養成学校』は、『オリュンピア大陸』と名づけられたこの大陸に、僅か3箇所だけ作られた。
そしてこのロバロ公国にそのひとつ、『ヘラクレス・キュノサルゲス』がある。『ヘラクレス』と最初につくのは、ここはギリシャ神話の『英雄神ヘラクレス』を象徴とするかららしい。
3つの学校の中でも戦闘面に力を入れた学校なんだそうだ」
「…ふうん」
直人の話を聞くベンジーは、まだ実感を持ってその話を聞くことが出来ないでいる。
このときのベンジーの相槌も――どこか他人事のような曖昧さを持っていた。
「ねぇ、直人さん。訊いてて疑問に思ったんだけど、『アトスポロス』は、ある日水晶を手に入れてその力に目覚める…ってことなら、辞めることは出来るの?」
ベンジーにそう問われ、直人は静かに首を横に振り、
「それは出来無い、それは『ガイア』…『地球』が許さないようだ。
完全に『アトスポロス』であることをその本人が拒絶した。『ブルゾス』を浄化することを完全に止めたとわかった瞬間…突然、生命活動を閉じることになる。
『ガイア』は使命を放棄することを許さず、そんな人間の生命を何らかの形で奪い取るようだ。
『アトスポロス』になるということは、一生『ブルゾス』と戦い続けることを意味する。
そして能力の高い『アトスポロス』は、長い寿命を与えられたりもする。数百年、時には数千年も生きる『アトスポロス』もいるんだよ……。
そして僕らのように、この時代にトリップしてくる輩もいるわけさ。もしかすると、トラックに轢かれているのかもしれないね。僕らの世界では死んだことになっていて……この姿のまま、この世界に転生した…とかさ」
「それは嫌だよっ!!僕も秋も家に帰りたいんだっ!!」
ベンジーが興奮し、声を荒げた。
直人は複雑な笑みを浮かべて、ベンジーの頭を撫でた。
「そうだね…そうだったね。ごめんね……」
直人の仕草に、ベンジーは直人も同じ気持ちであることを思い出した。
「ごめんなさい…直人さんも同じなんだよね」
ここで初めて、それまで話を聞いていたイルエが口を開いた。
「…3年前。初めて直人がこの世界に来て……私が今の説明をしたの。
でも直人はすごく興奮して…今のあなたと同じことを言ったわ。「僕は今すぐ帰らないといけない。家には母さん1人なんだ」ってね」
「直人さん……」
イルエの話に、直人は肩を竦めた。
「随分足掻いたよ。帰りたくて、帰りたくて……。でも方法がわからないんだ。
半年ほどして…イルエに諭されてね。この世界に馴染もうと決めた。
そして『石使い』として生計を立てようと、この『キュノサルケス』に入学して『綺晶王導師』や『綺晶鑑定師』の資格を得て、今はこの世界と僕らの世界の繋がりを色々調べることをしてる。
イルエに協力してもらって…。諦めてるつもりはないが、焦っても仕方がないと言い聞かせているよ、自分にね」
直人が一息ついた。
「今はなんとかこの国のアンナ様やアレティ様の助力を得ることが出来るようになった。
だいぶ助けてもらっているよ。アンナ様の専属『王導師』にもなれたから」
「『おうどうし』って何する人?」
「『ブルゾス』は君らが戦った奴らのように、人にとり憑いて…または食らってあんな姿になる。それはこの世界で深刻は被害を齎せてる。
『王導師』は各国の専門の対『ブルゾス』の参謀のような存在だよ。
でも王に対して、『ブルゾス』の倒し方を伝授する。それが僕らの役目なんだ」
「色々な職業があるんだね」
「そうだね。そこがこの世界の面白いところなんだけどね」
ベンジーはため息をついた。
「一気にこんな話を聞かされて、疲れただろう?」
「ううん。それが僕の希望した役目だもん。ただ秋にどう話そうかなって」
「それは僕から伝えよう。ベンジーにも助けては貰うけど、彼にも色々考えがあるだろうからね」
「うん。たぶん直人さんから話した方が納得しやすいかも。直人さん説明がとてもうまいから」
ベンジーに褒められ、直人は苦笑いを浮かべた。
「それはありがとう。だとしたら、それはイルエのおかげかな?」
直人が隣のイルエに視線を移す。
「あら、お礼?なら、私の将来を約束してくれることで返して貰うから、大丈夫よ」
「……やぶへびだ」
イルエの神秘的な微笑みに、直人はため息とともに肩を竦める――しかなかった。




