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第9幕  更に混乱しています…

 秋はセスカの怪我を気遣いながら、その案内で直人の屋敷に向かっていた。

「……でもさ。お前、俺のどこが気に入ったんだよ」

 鼻にちり紙を突っ込みながら、秋がやや先を歩くセスカに尋ねた。

「全部だ」

「……そっ、そっか。でもこんな情けない男だぞ?」

 自分を指差しながら、秋はまだ信じられないという様子で尋ねた。

 確かに鼻にちり紙を突っ込んだ姿は見た目にも、お世辞にも「かっこいい」とは言えない。

「私の裸を見て鼻血を出したんだろう?」

「……」

 セスカが振り向いて秋の顔を見た。 

 秋は無言で頷くしかない。

「じゃ、お前はどうして私に一目ぼれをしたんだ?」

「そ…それは……」

「胸か?」

 どうしてセスカは表現が露骨なんだろう。本当に答えに困る。

 


 セスカが身に付けている藍色の鎧は、軽装備と言えるだろう、必要最低限の部分しかガードしていない。

 両肩に、胸。そして左腕。その下は薄手の服を着ているだけだ。

 今は夏の季節らしく、夜は少し寒いが、昼間は半袖の服で過ごせるらしい。

 現在半袖のTシャツの秋は、夜のひやりとした空気を少し寒く感じている。

 


 アレティの話ではロバロ公国は、冬はとても寒い地域に位置しており、そのために冬季は雪も積もるし、零下の寒さは覚悟せねばならないが、夏はこれでもかなり暑いらしい。

 そしてセスカの服は、ミニスカートにニーハイのソックス。スタイルはバツグンだし、その服がとても可愛いし似合ってる。でも――と思う。

 戦士ならどうしてこうそれらしい服を選べばいいものを――おれが喜んじゃうような服の選択するかな?と、何故かいらぬ心配をしてしまう。

 胸あるし――あっ、やっぱ胸に惚れたのか?いいや、違う――と思いたい。

「どうせ明日にはお前のものになるのだから…」というセスカの言葉が突如思い出され、再び鼻を押さえてしまった。

 秋が顔を押さえて俯いていると、セスカは急に憮然としていた表情を崩し、立ち止まって笑みを称えながら秋の手を握った。

「嘘。胸でも顔でも惚れてくれたなら……」

「ぜ…全部だっ」

 今度は秋が憮然として答えた。

 セスカは秋の右手を自身の両手で、大事そうに握った。

「うん。ありがと」

 その笑顔がどれだけ可愛いことか。秋はずっと理性を保つことに、全神経を集中せざるを得なかった。

 刹那。セスカの表情が剣を帯びた。

「どうした?」

 秋もすぐにセスカの異変に気づき、小声で問うた。

「……殺気を感じる」

「そうか」

 無意識にセスカを左手で抱きしめ、辺りに注意を払った。

 が、ここであることに気が付いた。

 あのとき手にしていた『ヘラクレス』とかいう長い水晶がここにはない。

 森の中でセスカを背負うために、アレティに預けたままだったことを思い出した。

 あれがないと力が使えない?秋に焦りが浮かぶが、それは殺気を放つ輩は待ってはくれないだろう。

「……来るか」

 秋にも感じる気配があった。それは複数。

 外はすでに夜。闇に乗じておそらくは良からぬことを考えてのことだろう。

 例えば命を狙う連中とか――。

 この際、何故自分たちが狙われるのかなどとは、とりあえず脇に置いておく。

 だがこのとき、秋のズボンのポケットに、ある物体が潜んでいたことを、秋自身が思い出していた。

 漆黒のローブに身を包んだ輩が5人ほど。木々や建物の陰から姿を見せた。

 セスカが秋から離れ自分が迎え撃とうとしたが、意外に強い秋の腕力に勝つことが出来ず、そのまま秋の胸に体を任せる結果になった。セスカにとって、これはこれで嬉しいのだが。

 


 次ぎの瞬間。5人の黒ずくめの輩が一斉に秋とセスカに襲い掛かってきた。

 秋は右手をポケットから引き抜き、何かを握り締めたままその輩の前に突き出した。

 秋の右手から光が迸る。

 秋もセスカもその輝きに目を背けた。

 輝きは一瞬。すぐに元の闇に戻る。

 秋もセスカも序々に視線を輩の方へと戻した。いくら光に目がくらんだとは言え、あまりにも無反応だったので、何が起こったか確認するためである。

「……あれ?」

 セスカの手を握り、秋が恐る恐るまるで動きのない――固まっている輩へ足を向け――触れてみた。

「石…か?」

「あぁ…本当に石になってる。お前、一体何をしたんだ?」

 こんこんとセスカが輩を叩くと、その体は固く――本当に石化していた。

「いや……俺の世界で友だちに貰ったというか――押し付けられたというか。水晶を持ってたんで、何か役に立つかと思って使ったみたんだが…まさか相手を石にする力があるとはな……」

「ではその友だちに感謝しないといけないな」

「……そうだな」

 そうか。秋は今ようやく納得した。



◆◆◆



「……いらねぇ」

 秋は見事なぐらいの即答だった。

「なんだよっ。これはとっても希少な石なんだぞっ!!」

 それは3日前。秋が通う私立葉代高校の2年B組の教室。

 夏休みを前に、エアコンがあまり効かない茹だる様な暑さの室内で、秋の友人、竹林克哉たけばやしかつやこと通称「チクリン」は、秋にひとつの水晶の原石を渡そうとしていた。

「しるかっ!!それはお前たちの価値観での話だろう。俺に何の関係がある。

 それになんで俺にそんなものを渡そうとするんだっ」

 チクリンはコアな鉱物オタクで、この夏休みに、鉱物オタク仲間で立ち上げた「鉱物部」の部員たちで、鉱物を掘り出しに行くのだと、企画された旅行の話をし始めた矢先に、この水晶を取り出しいきなり「やる」と突き出された。

 突き出された本人の秋には、訳がわかるはずもない。

「まさかこれをやるから、一緒に部活やろうとか言い出すんじゃないだろうなっ!?」

「貴様にそんな崇高な精神がないことぐらい熟知している。この水晶はな、今やその存在さえ希少とされている、山梨県の水晶峠から取れた、7センチもののレーザークォーツタイプ、美しいほどの透明度を持つ、スモーキークォーツなんだぞっ!!」

「……お前、病気だろう?」

 チクリンが何を言っているのか、まるでわからないし、理解する気にもなれない。

「この希少性と美しさの理解出来無い貴様のような奴に渡すのは、本当は嫌なんだ。それでも…僕はある夢のお告げにしたがって、これを貴様に渡すんだ」

「夢?!」

「あぁ。昨日の夜。僕の夢に女神さまが現れたんだ…。薄紫色の髪に…真っ赤な瞳。

 鎧を着てたから…あの方は戦乙女ワルキューレかもしれない」

「お前の病名わかったわ」

 うっとりと秋を通り越してあらぬ方向を見ているチクリンに、秋はため息をついてその病名を告げた。

「間違いなく『中二病』だ」

「本当のことを話しているだけだ」

「その病気の奴はみんなそういうらしいな」

 秋はまったく本気で取り合わない。

「でな、その女神は僕に告げたんだ。この水晶をお前に渡せ。とね。それがこの世界を救うことになるのだ…と。お前はこの世界を救うらしいぞ」

「もう間違う余地もないっ。すぐ病院へ行けっ。それも精神科のある病院だ。そこは間違えるなよ」

 チクリンと秋の会話はまるで噛みあわない。噛みあうはずもないのだが。

「いいから、必ず世界を救えよっ!!いいなっ!!」

「おいっ。勝手に人のポケットに突っ込むんじゃねぇっ!!」

 ほとんど強制的に、チクリンは秋の学生ズボンのポケットにその水晶を突っ込んだ。

 秋がチクリンを捕まえようとしたが、チクリンは、いつもの運動オンチとは思えない機敏な動作で秋の前から逃げて見せた。

「絶対だぞっ」

 言いたいこといいやがって。腹立たしさが治まることがなく、秋はその日あまり機嫌は良くなかったことを覚えている。

 しかしその後3日間、ほとんどチクリンと話す機会に恵まれず、秋はこの世界に来ることになってしまった。

 それも投げ返してやろうかと考えてポケットに突っ込んでいた、押し付けられたまま忘れていたこの水晶まで持って。



◆◆◆



 考えてみれば、それもおかしい話だ。

 もう3日前から、この日のことは仕組まれていたのだろうか?――とここであることに気が付いた。

 チクリン確か夢で見た女神って――薄紫色の髪に、真っ赤な瞳。鎧を着た――ってことは。

 秋がじっとセスカを見つめた。

「どうした?疲れたか?」

 その顔は心配そうに、秋を見ていた。

 俺に会いたかった奴が、先にチクリンの夢なんかに出るなよなぁ。

 秋はちょっとした嫉妬を感じ、心の中でぼそっと呟いた。

「いいや。こいつらなんで俺たちなんか襲ったんだろうな。あの化け物でもないみたいだし……」

 ここではっとした。この石化は解けるのか?このままじゃこいつら死んじまうよな?!

 慌てる秋は、セスカにそんなことを口走った。

「ナオトの言うとおりだな。お前の世界は、本当に平和なのだろう。命を狙った連中の心配なんてする必要はない…と言いたいが。お前の集中を解けばこいつらは戻るはずだ。

 心配はないよ」

「そっか。それまではこのままで捕まえとく方がいいってな」

「そうだ」

 セスカの言葉に安堵した様子で、秋の戸惑いは消えていた。

 しかしセスカの表情は逆に心配を増していた。

「シュウ。お前はこの国の――希望だ。それを危惧して先手を打った者がいるのだろう。

 それだけこの国の内情は不安定だ。相手を思いやる気持ちは大事だが、命を狙った敵に対してまで心配する必要はない。それにお前は私にとっても唯一無二の…存在なんだから」

 秋の胸に頭をあてがい、セスカは秋のシャツをぎゅっと握り締めた。

「心配すんな。大丈夫だよ」

 秋はセスカの頭を優しく撫でた。



◆◆◆



 程なくして直人の住む館に到着し、直人に会うとすぐに自分たちが襲われた事実を話した。

 直人が手配し、異常な手際の良さで神聖騎士団の守備隊が、その輩の石化を解くと同時に5人の――男たちを捕えた。

 


疲れの見える秋と、怪我の完治していないセスカを気遣い、詳しい話は明日以降として

とりあえずあてがわれた部屋で寝ることにした。



 秋はセスカと別々の部屋を希望し、ようやく訪れた静かな時間、ベットに横たわって落ち着いてこれまでの出来事を考えていた。

「……疲れたね」

 ベット下にいるベンジーが秋に声を掛けた。

「あぁ、ほんとにな」

 秋はベンジーを抱き上げ、自分の横にそっと置いた。

 ベンジーはそこに前足を投げ出して、自分も寝る体制になる。

「直人さんに訊いたんだろ?」

「色々ね。あとでじっくり話すよ。でも、秋は何でセスカさんと来たの?セスカさん怪我してるし、秋と部屋を別々って話をしたとき、すんごい睨んでたよね…秋を」

「色々な。あとでじっっくり話すよ……」

 秋はベンジーと同じ台詞を吐いたが、重みが全然違う気がした。

「まぁ、今日は疲れたし、ゆっくりね……秋?」

 ベンジーがそこまで言いかけて反応のない秋を見ると、その瞼はすでに合わさりかけており、秋が睡魔の虜になっていることは明らかだった。

「……おやすみ。また、明日」

 ベンジーはそう小さく呟いて、自分も前足に顔を乗せ――眠ろうとした。

 


 が、キィと静かにドアが開いた。

 ベンジーの垂れた耳がピクリと跳ね上がる。顔を上げ、ドアを凝視した。

「シュウは寝たか?」

 現れたのは――セスカだった。

「セスカさん…どうしたの?」

「セスカでいいよ。うん、シュウとの約束をね」

「起こそうか?」

「ううん、いい。それと、ちょっと邪魔をする」

 セスカは鎧を着たままの姿で、秋の顔を覗きこんだ。

「お前のシャツを借りるぞ」

 セスカはなんの躊躇もなく――慣れた仕草で秋の頬にキスをした。

 秋はラフなこの世界の寝巻きに着替え、着ていたTシャツをベットの柵にかけていたが、セスカはその黒のTシャツを手に持つと、何を考えたか突然鎧を外しははじめた。

 ベンジーが訳がわからず、セスカの行動に驚きを隠せぬまま固まっていると、物音に気が付いた秋が目を覚ました。

「どうしたベンジー。何が……っ!!!」

 再び秋はセスカの全裸を目の当たりにすることになり、両手で鼻を押さえる羽目になった。



「離さないって言っただろう。嘘つくな」

 秋のTシャツだけを身に纏ったセスカは、秋のベットに潜り込み、その手にはベンジーをしっかり抱きしめていた。

「だ…だからっ!!」

 鼻血が吹き出ないよう、両手で押さえているため、秋の声は篭って聞こえる。

「一体、本当に病室で何があったのっ、ねぇ、秋っ!!」

 ベンジーの声は完全に秋を責めている。

「な…なんにもねぇっ!!してねぇっ!!」

「キスはしたぞ?」

 大きめのシャツの襟首が、セスカの細い肩をするりと落ちかけている。

 だぁぁぁっ!!秋はセスカを見ることが出来ず、顔を背けているしかなかった。

「ちゃんとしてるじゃんっ!!」

 ベンジーの視線が痛い。すごく痛い。

「責めるなベンジー。シュウは男だし、私から誘ったところもある。君も同性ならわかるだろ?」

「……うぅ…」

 セスカに諭され、何故かベンジーまで困っていた。

「シュウは私を離さないと言ってくれたし、一緒に君たちの世界に連れて行ってくれると約束してくれた。今日からはベンジーとも家族というわけだ」

「ちょっ、ちょっと待てっ!!連れてく話は……」

「離さないというのはそういうことだろう?!」

 完全に言質を取られてる。あれは背中を怪我して不安だろうセスカを、安心させるために言った言葉だったのに――。

「なんか直人さんは、イルエさんにそんな話をするのに、2年かかったらしいよ。君はそれを来た当日にやってのけたんだね。すごいよ、秋。君がこの世界に来た謎がわかったよ」

「ベンジー。探偵みたいに言うのはやめてくれ。俺は犯人じゃないっ」

 セスカがきょとんとしている中、秋とベンジーの会話が続く。

「完全にセスカに会いに来たんだね。すごい愛だね」

「納得するなっ!!俺はまだ完全に事実を受け止めきれていないっ!!」

「シュウ、ベンジー。私は眠いんだ。もう寝よう。これからのことは明日決めればいい。

 それとシュウ。私はまだ背中が痛む。ちゃんと抱きしめていてくれよ」

 にっこり笑って微笑むセスカは、本当に可愛い。秋とベンジーはそう思えるだけの素直さを疲労によって欠落させ、恨めしさも込めて見つめるしかなかった。

 誰のせいでこうなったと思ってる。最後だけ可愛く笑うんじゃねぇ――。

 一気に全身を襲う倦怠感に、秋はもう反抗するだけの力は残っていなかった。









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