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第6幕  落ち着いたけど…

 セスカは骨には異常がなく、治療のあと、今晩1晩眠ればほぼ完治するだろうという担当医術師の言葉で、秋やアレティはその胸を撫で下ろした。

 秋の国――日本も医療の分野の技術では世界先進の国と言っていいだろうが、あのセスカの怪我は1晩やそこらで治るものではない。

 少なくともどんなに肉体を鍛えている者でも、1週間以上は完治に時間がかかるのではないだろうか。

 直人が教えてくれたのは、この世界には魔法のような力が発達しているという。

 そのために、人の治癒能力を高め、傷の治りをよくする力を使ったらしい。

 そんな話を聞けば聞くほど、ここが自分の住んでいた日本とは違う――異世界なのだと思い知らされた。とんでもないことになった――頭の中はその整理に、必死になっている。

 


アンナの招きで、談話室に通された秋とベンジーは、アンナからこの世界に来た経緯を尋ねられ、それまでのことを簡単ではあったがアンナに話して聞かせた。

 部屋にはアンナのほかにアレティと直人が同席していた。

 そしてその場で、ベンジーが人の言葉を話せることも打ち明けた。



 秋は直人に一番の疑問であった――この異世界でどうして言葉が通じるのか――という質問をしてみた。

「僕もそのことについては今だにわからないんだ。

 僕もここへ来たときから、君たちと同じだった。

 たぶん言えることは…僕らのこの…不可思議な能力がこの世界でも、言葉を通じさせている。ということなんだと思う。ベンジーが話せることも同じかもしれない。っていうか、それしか理由が思いつかないんだ」

「……なるほど」

 苦笑いの直人に、秋もそれ以上の――この件についての質問は避けた。



「そうか……フォマーが大変失礼なことをした……」

 アンナは秋とベンジーに頭と垂れ、秋は苦笑いでそれに応じた。

「いいえ。別に何も。ただアレティに…いやアレティ様に……」

 アレティには「呼びつけにしていい」と言われていたが、アレティの立場やアンナなどの登場で、秋もさすがに馴れ馴れしい態度は憚られた。

「ははは。アレティに気楽に呼べと言われておるのだろう?ならばそうすればいい。

 君はアレティに勇気を教えてくれた。それはアレティにとっては、金銀の財宝など以上の宝となる。これからも友人…いや兄妹のように接してやってほしい」

 アンナの言葉に、秋の表情から笑みが消えた。

「…どうした?嫌なのか?」

「いいえ。そうじゃなく……」

 アンナの問いに、秋に代わってベンジーが答えた。

「秋にはアレティと歳の変わらない妹がいるんです。とてもしっかりしていて、兄思いのいいコです。でも…とても寂しがりやで。秋は一ヶ月前に、お母さんを病気で亡くしています。僕らはただ散歩の途中でここへ来てしまいました。

 できれば急いで帰って妹…弥生を安心させたいんです。

 今日はお父さんの帰りも遅いし、弥生がすごく心配していると思うから……」

「そうか…母御を……。それは早く帰りたいと願うのは当然だな……」

 アンナはじっと秋を見つめ、秋はばつが悪そうに、顔を俯けたままだった。

「……もう…帰るのか?」

 これはアレティ。秋の事情を知ってなお、秋が元の――自分の世界に帰りたがっているという事実を、受け入れられないと言った顔をしていた。

「アレティ。シュウにはシュウの置かれた事情がある。気持ちよく送り出してやらねばならんぞ……」

 しかしその事実に、一番困惑の表情を浮かべていたのは――直人だった。

「どうじゃナオト。シュウに手を貸してやれないか?」

「……そうしたいのは山々なんですが……」

 直人の言いかけた言葉の意味を、秋は絶望と期待の入り混じった表情で見つめていた。

「……無理…なんですか?」

 一旦直人は秋から視線を外し、瞳を閉じると、何かを決意したようにその瞳を見開き秋へと向き直った。

「…僕が答え…と言っておくよ」

 刹那。秋は腰掛けていた椅子の背凭れに、力なく倒れ込んだ。

3年ぶりという直人の言葉が、心に食い込んで離れない。

3年も待てるはずねぇだろが――秋が右手で拳を作り、ぎゅっと握り締めた。

「……シュウ……」

 そんな秋の態度に、アレティが心配そうに見つめていた。

「だい……大丈夫じゃ、シュウ。わらわがきっとシュウとベンジーが元の世界に帰れる方法を見つけ出すっ!!」

 突然アレティが立ち上がり、両手を握り締め、落胆する秋へと力強い言葉を送った。

「シュウとベンジーは2度もわらわを助けてくれた。立派な王様と言ってくれた。

 今度はわらわがシュウを助ける番じゃ。だからそんなに落ち込むでないっ!!

 すぐにでも妹御に会えるようにする。だからシュウとベンジーはそれまでこの国で待てば良いっ。約束するぞっ!!」

 秋は椅子から身を乗り出した。そして力強い視線を向けてくるアレティを見つめた。

 この姫様はなんて力をくれる瞳をしているのか――。

「そうだよ秋。今は焦っても仕方ない。この世界のこともよくわからないし、今はちょっと落ち着いて、よく考えてみよう。その時間は必要かもしれないよ」

 と、ベンジー。秋は1人と1匹を改めて見つめる。

 そしてアレティとベンジーに笑いかけ、「そうだな」と答えた。



「ナオト」

「はい、アンナ様…」

「秋とベンジーは、今晩はそなたに預けよう。いつまで居ることになるかわからぬが、しばらくはそなたの元がこの…2人も安心出来るだろう」

「はい。承知いたしました」

 直人は笑顔でアンナに軽く頭を下げた。

「そうだ…」

 秋は何かを思い出したように、アレティとアンナへと顔を向けた。

「どうしたのじゃ、シュウ?」

「アレティにひとつお願いがあるんだが……」

 照れ気味の秋に、アレティは首を傾げた。



◆◆◆



 ここで初めて秋とベンジーは別行動となった。

 というより、秋はセスカの見舞いをアレティに希望したが、ベンジーは直人にこの世界の話を訊きたいと、直人が住む館へ行くことを希望した。

 セスカがいつ目を覚ますかはわからないので、秋はその間にベンジーに話を訊いてもらうことにし、そのままセスカのいる療養室へと向かった。

 このときアレティが「わらわに任せておけ」と一言いい残し、アンナとともに秋より先に部屋を出て行ったが、秋はきっと自分が行くことを『医術師』に知らせてくれるのかと考え、その行為に甘えることにした。



「あれは絶対に、部屋の前にいる騎士団のメンバーを蹴散らしに行ったんだろうなぁ」

 ベンジーを胸に抱き、直人がそんなことを言った。

 このときすでに、直人とベンジーは館に向かっており、周りには誰もいなかった。

「…セスカが目覚めるのを待ってる…ってこと?」

「あぁ。セスカはあの可愛さだからね。騎士団でも、すごい人気で、影で取り合いになってるんだよ」

「そう言えば、秋を睨みつけてるアックスっていう奴がいたね」

 ベンジーはそいつにひとこと言ってやりたいと思っていたが、我慢していたことを直人に告げた。

「あははは…そうそう。アックスは、セスカにベタぼれでねぇ。でもセスカにはその気はないらしくて…もう2年越しぐらいでアックスの片思いが続いているよ。

 彼は騎士団でも一番の力の持ち主だから、皆そのせいでセスカに手を出せないでいるんだけどさ……」

「…ふうん。だからって秋を睨むことないよね。秋はセスカが動かせないから背負っていたのに、無理やり降ろそうとするんだよ」

「それはよくないな。心配と嫉妬でそうとう周りが見えなくなっていたんだろう。

アックスは意外と気が短いところがあるから…。逆にアレティ様がいてくれたおかげで、セスカを大事に運んでこられたんだろうね。もちろん、秋が大切に運んだことが一番だろうけど」

「うん。秋も疲れていたと思うけど、ほんと良く頑張っているんだよ。だからさっきは帰れないと聞いて、ショックだったと思う……」

ここで会話が一度途切れた。

「ねぇ、直人さん…」

「なんだいベンジー…?」

 ベンジーは自分を抱いている直人の顔を見上げた。

「どうしても帰る方法はないの?」

 これには直人はすぐに答えなかった。答えられない――。ベンジーには直人の様子がそう見えた。

「…3年…僕もそれなりに足掻いてはいる…。答えはまだ…見つかっていないんだ……」

「……そう」

 ベンジーはそうとだけ呟くと、それ以上直人に尋ねようとはしなかった。



◆◆◆



 秋が教えてもらった場所に到着すると、セスカがいるという部屋の前には誰もいなかった。

 あのアックスとかいう奴と出会うことを覚悟もしていたのだが、余り騒ぐ気持ちにはなれなかったので、秋としては助かった。

 実のところ、一足先にアレティとアンナが部屋の前でたむろしている騎士団の連中を追い払い、秋の来やすい環境を整えていたことを、秋が知る由もなかったが。



 『医術師』から、セスカはまだ眠っていることを告げられていたので、そっとドアを開けた。

 ベットの上にはセスカが眠っていたが、その寝顔は少々苦しげに見えた。

 おそらくまだあの背中の痛みが抜けていないのだろう。

 それをどうして仰向けに寝かせるのかと、秋はあの『医術師』たちを問い詰めたくなった。

 さて――と考え、体の位置を変えようという答えに行き着くと、秋はそっと毛布に手をかけた。

 ここで誰かに見られようものなら、セスカを襲っている様子に見えるだろうとびくつきながらでもあった。

毛布をはぐと――秋は驚愕で、その視線を一点集中させることになった。セスカは薄い治療着を1枚着ているだけ。下着は――つけていないだろう、たぶん。

そのまま――結局毛布を掛け直す羽目になった。

ごめんなさい――と心の中で何度も呟いて。



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