第4幕 とにかく今は
「こりゃ……」
自然破壊した罪悪感は、この際ちょっと脇に置いといて。
秋はアレティとセスカに駆けより、まずその様子を見た。
幹に激しく打ちつけられたセスカの傷は、見た目以上に彼女自身にダメージを与えていた。
骨に異常がなければいいが――それが秋の見立てである。
出来れば動かさずに、このまま助けを待ちたいところだが、あのアレティが教えてくれた『ディアボロス』とかいう化け物がいつまた襲ってくるかわからない。
「…痛いかもしれないが、ちょっと我慢してくれ」
背中のダメージだと、抱き上げるという形ではセスカに負担が掛かってしまうという判断から、アレティに手伝ってもらい、秋は背負うことにした。
「…んっ」
セスカはアレティを心配させまいと、激痛を我慢しているに違いない。
秋はゆっくりと歩くことで、セスカに伝わる振動を最小限に抑えていた。
先頭はベンジーが立ち、森を走り回り、道がわからなくなってしまったアレティたちの匂いを辿り、帰り道を探そうとしていた。
「セスカ…さん」
秋が背後のセスカに話しかけた。
「…セスカでいい。私もシュウと呼ばせてもらう……」
「んじゃ、セスカ。あんた相当辛いんだろう?…俺にも少しだけ経験がある。
俺の背中なら気絶しててもいいぜ。アレティには、「眠った」と言っておくから」
「…気絶……か」
セスカが笑ったようで、その吐息が秋の首筋にふわりとかかった。
ぞくぞくっと秋の全身にやばい感覚が走り抜けた。
セスカは薄い紫色の長髪に、真紅の瞳。透石膏のような白い肌。それは、美術の教科書に出てくる古代だか中世だかの大理石で出来た彫像が、呼吸して、声出して――そんな『美少女』だった。
そう――トラックにはねられそうな自分に手を差し伸べ、この世界に導いたあの少女に間違いない。
が、それを問い詰めるには、セスカの置かれた状況は向いていなかった。
自分たちのことより、今はセスカとアレティを助けることが先決。
それが秋とベンジーの判断だった。
「……っ!!!」
秋との会話に安心したのか、セスカは秋の背中に全身の力を抜き、そのまま自分の体を預けてきた。
胸の2つの膨らみがぁ――っ!!!
セスカは簡素な鎧を着込んでいたが、負担になるからと――肩当と胸当を外していたため、たぶん結構豊かな胸なのだろうが――。
そのままの感触が秋の背中から全身へと伝わった。
その肩当と胸当を持っていた手を緩めそうになるが、なんとか『理性』でそれを保った。
「…君は…違う世界から来たのか?」
「……よくわかったな?」
セスカから漏れた言葉に、秋の意識は現実へと戻された。
本当ならラーメン食べて――今頃家へと急いでいる時間かもしれない。
「着ている服が…ナオトに似ていた……」
「ナオト?!」
その響きは――日本人の名前の響きが感じられる。
秋の興味が一気にセスカへと引き寄せられた。
「そう…似てる……」
しかしセスカの言葉は、だんだんとその力を失い始めた。
おそらく『話す』という行為が辛いのではないだろうか?
「…少し寝てろよ……」
「大丈夫。お前の背中は温かいから……」
「…!?」
力を失いながらも、セスカは何故か秋と話すことに執着している様子にとれた。
だが、言っている意味がずれて来ている気もした。
「…あとでゆっくり話してやるよ。ただ置いてきた妹が気になるから…すぐ帰るけどな」
「……帰るのか!?」
セスカが何故か頭を擡げた。すぐに「ぐっ」という呻き声が聞こえる羽目になったが。
「大丈夫か?何やってるんだよ……あんたの怪我。軽くないんだから……」
「…すまない。でも…そうか。妹さんがいるのか……」
「…?ん、まぁ。ベンジーとの散歩の途中でこっちの世界?っての。来ちまったからな。
帰る方法教えてもらって、すぐ帰らないと。あいつ心配性なんだよ」
「名前は?」
「…弥生。俺たちの世界じゃ、季節の『春』って意味だ」
「ヤヨイ…か。きれいな名前だな。君の名前にも意味はあるのか?」
「俺は『秋』だな。季節の…」
「そうか。どちらもいい名前だ……」
ほうとセスカが息を漏らした。
「おい、もう話すな。帰り着いてからでもいいだろ?あんたにはゆっくりお礼もいいたいからな……」
「…?礼を言うのはこちらだ。アレティ様を助けてもらったんだ…それに…今は気分がいい」
「うそだろぉ?背中が痛いくせに…」
「それでも…すごく気分がいい」
セスカの声に少し張りが出来た様子がした。痛みが少し和らいできたのだろうか?!
それとも会話することで、痛みを紛らわせているのかもしれない。
「…セスカって名前にも何か意味があるのか?」
秋がセスカにそんなことを訊いてみた。
間があった。余り触れてほしくない。そんな沈黙だった。
「さっきは不意をつかれたって感じだったんだろう?本当は強そうだもんな、セスカは」
秋はとっさに話題を変えた。
「……君は…シュウは本当に優しいな……」
きゅっと秋の首に絡んだセスカの両手に僅かな力が篭った。
秋は頬が熱くなる感覚を覚え、それにはあえて答えなかった。
「私の名前は…「武器」の名前からつけられた…。「戦いの女神アテナ」に因んで……母が…知恵のある勇気の持てる強い娘に育ってほしいと…。
でも……私はこの人を傷つける「この名前」が…あまり好きではない」
「…そっか」
秋は言葉少なにセスカに答え――しばらくの沈黙ののち、何かを思いついたのか――秋が再び尋ねた。
「…そう言えば…セスカはいくつだ?」
「歳…か?16だ。アレティ様は12歳になられた…」
「俺よかいっこ下か?それにしちゃ……それにアレティ…様は12歳か。弥生のひとつ下だな」
セスカの醸し出す色香は、すでに大人の女性を窺わせる。
さっきから当たる――胸の感触のやり場に、秋はずっと困っているのだが――それとは逆に、アレティはもっと下に見えた。小柄な身長のせいだろう。
くすくすと微かな笑いが聞こえ、続けて「そうか」と声が聞こえた。
「……もう限界だろ?」
「…みたいだ。あとでゆっくり話…いいか?」
「あぁ。それまでは絶対居るから…安心して寝てろ」
「…そうする……」
急にセスカの重みが増したような気がした。
腕の力が急速に抜け、だらりと秋の肩に掛かった。
どうしてセスカは、こんな無理して話をしたがったのだろう?秋の素直な感想だ。
「どうじゃ?セスカの様子は?」
ベンジーとアレティが、遅れ気味だった秋の歩みを気にして振り返っていた。
「あぁ、寝てるよ。大丈夫。帰って治療すればすぐ良くなるだろうさ」
「…それは良かった。シュウは『医術師』の資格も持っておるのか?」
『イジュツシ』?なんだそれ?医者のことか?!
そんな疑問は余り深く問い詰めることはせず、秋は軽く微笑んだ。
「そんなの持ってないが、少し…ね」
母の長期の入院で、病院の出入りが多かったせいかなんとなくではあるが、どれほどの具合なのかなど、その人の顔色や様子でわかってしまう秋の笑みには、どこか皮肉が込められていた。
◆◆◆
「これで何度目だ、アダ…」
「すみませんっ。やり直しますっ!!」
アックスはさすがにため息をついた。
アダはこの『神聖騎士団』の参謀を務める『綺晶王導師』だ。
戦術より、占いを得意とする。それは別に構わない。そういう王導師もけして少なくは無い。しかしそれはかなりの『精度』がある占いに限る。
アダは、占いの腕は悪くない。だが、プレッシャーに弱い。弱すぎた。
このように一国の君主と、その護衛役の騎士――この騎士団にとっては要というほどの存在である騎士が、もう半日ほど行方がわからなくなっているのだ。
『先視師』であるイルエの話では、今日『迷宮の森』に降臨すると予言した『英雄』を探しに行ったのでは?という話に、アックスは迅速に捜索隊を結成し、『迷宮の森』までやってきたのだ。
が、いざ森に入ろうというところで、占いを得意とするアダにアレティとセスカの行方を占わせたところ、『瘴気が濃い』、『緊張のため』、『場所が悪い』などなど。理由だけは立派な「言い訳」が連発され、すでに半刻(30分)。ようは、占いはただの1度も成功していない。
アックスのため息が更なるプレッシャーになったのだろう。アダの使っていた水晶を持つ右手が、微かに震えていた。
勘弁してくれ――。これぐらいの緊張で占えないでどうする?
アレティの叔母であり、この『神聖騎士団』の長とも言える、アンナが同じ『王導師』のナオトばかりを重用するのがよくわかる。申し訳ないが、ここまでくると「使えない」と吐き捨てたくなる。
「も…もうしこしおま…お待ちを……」
「もう少しお持ちを…だろ?」
「は…はいっ」
アックスに言葉を正され、水晶を持つ手は更に震えを増していた。
そしてもう呂律まで回らなくなっているらしい。アックスの忍耐がもう限界を迎えようとしていた頃――。
「アックス隊長っ!!」
「どうしたっ!?」
「見つかりましたっ!!」
「…何っ!?」
森の――アダがこちらかもと、自信無さ気に最初に指差した方角とは真逆。
そこから捜索隊の1人が、息を切らせて走ってくるのが見えた。
アダが顔を上げ――そしてアダを見下ろしていたアックスと視線がかち合った。
「…もういい」
アックスはそうとだけアダに告げ、その団員の方へと走り出した。
呆然と走るアックスの後姿を見送るアダだけがその場に残された。
「……なんだよ…僕ばかり当てにして…当たらなきゃ使えないのかよ……」
そう呟くと――アダは大きく肩を落とした。




