第9話 悲壮感に、脳汁
その日は、朝から、街が、騒がしかった。
Eランクに、昇格して、少しばかり、いい気分で、ギルドに、顔を出した私は。……ただならぬ、空気に、足を、止めた。
◇
ギルドの、大広間に、冒険者たちが、ぎっしりと、詰めかけていた。誰もが、緊張した、面持ちで、ざわざわと、言葉を、交わしている。
「なにが、あったの?」
私が、近くにいた、冒険者に、聞くと、その男は、青ざめた顔で、答えた。
「……スタンピードだ」
「すたん、ぴーど?」
「魔物の、異常発生だよ」男は、声を、震わせた。「近くの、森で、大量の、魔物が、湧いて……こっちへ、向かってきてる。……このままじゃ、街が、飲み込まれる」
――と、そのとき。
ギルドの、二階から、マスターらしき、初老の男が、姿を、現し、大広間を、見下ろして、声を、張り上げた。
「静粛に! ……状況を、説明する」
◇
「魔物の、群れは、あと、数時間で、この街に、到達する」ギルドマスターは、苦渋の、表情で、言った。「規模は、数百。……中には、Cランク級の、個体も、複数、確認されている」
どよめきが、広間を、走った。
「本来なら、王都に、応援を、要請すべき、事態だ。……だが、間に合わん。援軍が、来る前に、街は、蹂躙される」
「じゃ、じゃあ、どうすんだよ!」
「街を、捨てて、逃げるのか!?」
「馬鹿を、言うな!」ギルドマスターが、一喝した。「この街には、逃げ足の、遅い、老人も、子どもも、いる。……全員を、逃がす、時間は、ない。……街を、捨てれば、彼らは、見殺しだ」
……しん、と、静まった。
「……だから」ギルドマスターは、絞り出すように、言った。「戦える者は、城壁に、立ってほしい。……住民を、逃がす、時間を、稼ぐために。……一人でも、多くの、命を、守るために。……これは、命令じゃ、ない。……頼みだ」
広間が、重い、沈黙に、包まれた。
「……ただし」ギルドマスターは、付け加えた。「E、Fランクの、諸君は、対象外だ。……君たちは、住民の、避難誘導に、回ってくれ。……悪いが、城壁は……死ぬ、可能性が、高い。……君たちを、無駄に、死なせる、わけには、いかん」
◇
……なるほど。
私は、Eランク。……つまり、対象外。城壁には、立てない。
まあ、いいわ。命が、惜しくないと、言えば、嘘になる。私だって、痛いのは、嫌だし、死ぬのは、もっと、嫌。……避難誘導でも、やって、少年と、合流して、さっさと、安全な、場所へ……。
……と、思いながら、私は、広間を、見回した。
そこには。……悲壮な、覚悟を、決めた、冒険者たちの、顔が、あった。
もう、二度と、帰れないかも、しれない。それでも、誰かを、守るために、城壁に、立とうとする。……武器を、握りしめる、手。奥歯を、噛みしめる、横顔。震えを、押し殺した、背中。
……。
……ぞくり、と、した。
なにこれ。……この、空気。この、悲壮感。この、「みんなを、守るために、命を、賭ける」という、極限の、シチュエーション。
……脳汁が。
……どぱどぱ、出てきた。
◇
……いい? 説明させて。
私は、こういうのに、めっぽう、弱いの。
絶体絶命の、状況で。誰かを、守るために。一人、また、一人と、立ち上がって。……絶望的な、戦いに、身を、投じていく。……あの、胸が、熱くなる、展開が。……大好物、なの。
そして、そういうときに、こう、思うわけ。
――ああ、私も。この、物語の、主役の、一人に、なりたい。
……気づいたときには。私の、足は、勝手に、前に、出ていた。
「――私も、参加するわ!」
広間中の、視線が、私に、集まった。
「……いえ」私は、はっと、我に返り、慌てて、言い直した。「……ぜ、ぜひ、参加、させて、ください。城壁の、防衛に」
ギルドマスターが、眉を、ひそめた。
「……お嬢ちゃん。君は、Eランクだろう。……対象外だ。悪いことは、言わん。避難誘導に……」
「いいえ」私は、きっぱりと、言った。「私は、戦います。……こんな、状況で。……見て見ぬふりなんて、できないもの」
……ちなみに、これは、半分、嘘。「見て見ぬふりできない」は、後付け。本当は、ただ、この、かっこいい、悲壮な、舞台に、主役として、上がりたかった、だけ。……でも、そんなこと、誰にも、わからない。
◇
私の、その、言葉は。
……思いがけない、波紋を、呼んだ。
「……おい、見ろよ。あんな、小さい、女の子が」
「Eランクの、新人が、志願してるぞ……」
「まだ、あんなに、若いのに……命を、賭けるって……」
ざわ、と、空気が、揺れた。
……あれ? なんか、様子が、おかしい。
「――待ってよ、ミライ!」
人混みを、かき分けて、アリシアが、飛び出してきた。その、目は、うるんでいた。
「あなた……本当に、戦う気、なの?」
「ええ」
「……っ」アリシアは、唇を、噛んで、それから、剣を、握りしめた。「……わかった。なら、私も、行く。……あなた一人を、行かせない。私たちの、パーティーも、一緒に、戦う!」
「え?」
……いや。私は、そんなつもりじゃ……。
◇
でも。
一度、動き出した、流れは、止まらなかった。
「……アリシアの、パーティーが、行くなら」
「Eランクの、女の子が、命を、賭けるってのに。……俺たちが、逃げられるかよ」
「くそっ……やってやる! 街を、守るぞ!」
次々と。
逃げ腰だった、冒険者たちが。避難誘導に、回るはずだった、下位ランクの、面々までもが。……一人、また、一人と、立ち上がって。城壁に、向かって、歩き出した。
……え。……えええ?
ギルドマスターが、呆然と、その光景を、見つめて、それから、目を、潤ませた。
「……お前たち……」
「――マスター! 城壁に、立つ者、まだまだ、いるぞ!」
「装備を、整えろ! 持ち場を、割り振る!」
絶望に、沈んでいた、ギルドが。……一人の、Eランクの、新人が、放った、たった一言で。……息を、吹き返して、いく。
……待って。私、何も、してないんだけど。ただ、かっこいい、シーンに、参加したかった、だけ、なんだけど。
……なんか、すごい、ことに、なってない?
◇
「……ミライ」アリシアが、私の、隣で、剣を、構えながら、静かに、言った。「……あなたって、本当に、すごい人ね」
「え?」
「あなたの、勇気が。……みんなを、動かしたのよ。……あなたが、最初に、立ち上がってくれなかったら。……きっと、誰も、動けなかった。……街は、見捨てられてた」
……いや。……そんな、たいそうな。
「……あなたのおかげ、なんだから。……胸を、張りなさい」アリシアは、まっすぐな、目で、私を見て、笑った。「……行きましょう。……一緒に、街を、守るのよ」
……。
私は、なんとも言えない、気持ちで、城壁を、見上げた。
……成り行きで、志願して。成り行きで、みんなが、ついてきて。成り行きで、なんか、英雄みたいに、なってる。
……まあ、いいか。(※よくない)
こうして、私は。……ただ、かっこいい役を、やりたかった、だけ、なのに。いつの間にか、この、街の、命運を、背負う、防衛戦の、旗頭に、祭り上げられて、いたのだった。
(第9話 了)




