第10話 私に、続いて
日が、傾きはじめた頃。
魔物の、群れは、地平線の、向こうから、津波のように、押し寄せてきた。
◇
城壁の、上に、冒険者たちが、ずらりと、並んだ。私も、その、一角に、立っていた。隣には、アリシア。剣を、握る、その手が、かすかに、震えている。
……眼下に、広がる、光景は、悪夢だった。
黒い、うねりのような、魔物の、大群。ゴブリン、オーク、コボルト、名も知らぬ、獣型の、魔物。……そして、その中に、ひときわ、大きな、Cランク級の、影が、いくつも、混じっている。数百。……いえ、もっと、いるかもしれない。
「……来るぞ!」誰かが、叫んだ。「弓、構え! ……放てぇ!」
矢の、雨が、降り注ぐ。魔法が、飛び交う。魔物の、群れの、先頭が、崩れる。……でも、後から、後から、湧いてくる。数が、違いすぎる。
じりじりと。城壁に、取りつく、魔物が、増えていく。梯子を、かけられ、よじ登られ。……防衛線が、少しずつ、押し込まれて、いく。
「くそっ、キリが、ない……!」
「右翼が、破られるぞ……!」
悲鳴と、怒号が、飛び交う。……ああ、これは。……まずい、かもしれない。
◇
……そのとき。
私の、胸の奥で、また、あの、感覚が、疼いた。
絶望的な、戦況。崩れゆく、防衛線。……そして、その、真っただ中で、誰か一人が、立ち上がり、味方を、鼓舞する。……「私に、続けぇ!」って。
……あ。……これも。……やりたい。
気づいたときには、私は、城壁の、胸壁に、飛び乗って、群れに向かって、手のひらを、突き出していた。
「――みんな! 私に、続いて!」
……ああ、言えた。……この、セリフも、憧れだったの。
「火球!」
――ごうっ。
特大の、火球が、城壁の、下に、群がる、魔物の、一団を、まとめて、焼き払った。爆炎が、上がり、魔物の、悲鳴が、響く。
「……お、おおおっ!」
「あの子が、やったぞ!」
「続け! あの子に、続けぇ!」
冒険者たちの、士気が、ぐっと、上がった。……ふふ。いい感じ。私、今、完全に、主役ね。
◇
でも。
相手は、数百。……いくら、私の、火球が、特大でも。一発で、焼けるのは、せいぜい、十数体。撃っても、撃っても、湧いてくる。
そして、ついに。城壁の、一角が、崩され。Cランク級の、大型の、魔物が、数体、雪崩れ込んできた。
「きゃあっ!」
アリシアが、吹き飛ばされる。冒険者たちが、なぎ倒される。……まずい。火球だけじゃ、間に合わない。数が、多すぎて。……このままじゃ。
……ちっ。
私は、舌打ちした。……仕方ない。
……使うわよ。あんまり、好きじゃ、ないけど。……精霊の、力を。
◇
いい? 説明する。
私の、周りには、いつも、精霊たちが、漂っている。(他の人には、見えないけど)チュートリアル……イフリートを、はじめ、土の精霊、風の精霊、いろんなのが、ふわふわ、している。
こいつらは、それぞれ、力を、持っている。……だったら、使わない手は、ない。
私は、近くに、ふわふわ、していた、土色の、精霊を、ひっつかんだ。
『ふぇ!?』
「悪いわね。……ちょっと、働きなさい」
私は、その、土の精霊を、崩れた、城壁の、方へ、ぶんっ、と、投げつけた。
――ずずずずっ。
地面が、盛り上がり、分厚い、土の、壁が、せり上がって、雪崩れ込む、魔物を、堰き止めた。
「……っ、今のは……!?」
驚く、冒険者たちを、よそに、私は、今度は、風色の、精霊を、つかまえた。
『ちょ、待っ』
「ほら、あんたも」
風の精霊を、群れに、向かって、ぶんっ。
――ひゅごおおっ。
無数の、風の刃が、巻き起こり、魔物の、群れを、なぎ払った。
◇
……で、私は、片っ端から、精霊を、つかんでは、投げ、つかんでは、投げ、を、繰り返した。
土の精霊を、投げて、壁を、作り。風の精霊を、投げて、刃を、飛ばし。時々、火球も、挟みつつ。……次々と、魔物を、片付けていく。
城壁の、上は、騒然と、なった。
「な、なんだ、あれは……!?」
「土魔法に、風魔法……火魔法まで……!? あの子、一人で、何種類、使ってるんだ!?」
「無詠唱で……あんな、連発……ありえない……!」
……ちなみに。彼らには、私が、精霊を、つかんで、投げているところは、見えていない。精霊は、ある程度の、魔力量が、ないと、見えないから。……だから、彼らの、目には。「一人の、少女が、無詠唱で、あらゆる、属性の、魔法を、無尽蔵に、操っている」ように、見えている、らしい。
……規格外の、大魔法使いが、現れた、と。
◇
「……ミライ!」倒れていた、アリシアが、身を、起こして、叫んだ。「あなた、そんな、力を、持ってたの!? なんで、今まで、隠して……!」
「隠してない、わよ」私は、精霊を、投げながら、答えた。「それに……これは、私の、実力じゃ、ないの」
「え?」
「私の、力じゃ、ないの。……借り物。……精霊の、力を、借りてる、だけ。……本当は、私、こんなこと、したくないのよ。精霊を、こき使うの、性に合わないし。……でも、みんなが、見てるから。……仕方なく、使ってるだけ」
……これは、まあ、本音、だった。
私は、火球ひとつで、かっこよく、決めたい、女。精霊を、ぶん投げて、あれこれ、やるのは、正直、美学に、反する。地味だし、なんか、ずるいし。……本当は、火球だけで、やりたい。
でも。……アリシアたちには、そう、聞こえなかったらしい。
「……自分の、力じゃ、ない、なんて」アリシアの、目に、涙が、光った。「……こんな、すごい、力を、持ってて。……それを、少しも、誇らずに。……"みんなのために、仕方なく"だなんて……。……あなたって、人は……!」
……あれ? なんか、話が、おかしな、方向に。
「……あの、子を、見ろ!」
「あんな、力を、持ってて、驕らないなんて……」
「なんて、謙虚な……!」
……ざわ、ざわ、と。私を、見る、目が。……なんだか、崇めるような、色に、変わっていく。
……いや。ちがう。謙虚とかじゃ、なくて。……私は、本当に、火球だけで、やりたかった、だけで……。
◇
……そんな、私の、内心を、よそに。
精霊の、力と、脳汁を、燃料に。……私は、なんだかんだで、魔物の、群れを、押し返し、続けた。
そして、日が、暮れかけた、頃。
「――援軍だ! 王都から、Aランクの、冒険者が、来たぞ!」
地平線の、向こうから、砂煙を、上げて。……精鋭の、冒険者たちが、駆けつけてきた。
彼らが、加わったことで、戦況は、一気に、傾いた。……私が、稼いだ、時間が。……ぎりぎり、間に合ったのだ。
魔物の、群れは、掃討され。……日が、完全に、落ちる頃には。……街は、守られた。
◇
……夜。
城壁の、上で、冒険者たちが、勝ち鬨を、上げていた。
その、中心に、いたのは。……なぜか、私、だった。
「あの子の、おかげだ!」
「Eランクの、新人が、俺たちを、鼓舞して……あんな、力で、群れを、食い止めて……!」
「英雄だ! ……あの子は、街の、英雄だ!」
胴上げ、されそうな、勢いだった。……いや、実際、ちょっと、持ち上げられた。
……ええと。
私は、なんとも言えない、気持ちで、その、歓声を、浴びていた。
……成り行きで、参加して。……セリフを、言いたくて、前に出て。……火球じゃ、足りなくて、渋々、精霊を、投げて。……「実力じゃない」って、本音を、言ったら、なぜか、謙虚な、英雄扱い。
……なんか、おかしくない? 私、そんな、たいそうなこと……。
……まあ、でも。
英雄。……ふふ。悪くない、響きね。(※ちゃっかり、気分が良くなっている)
◇
後日。
私は、この、防衛戦の、功績を、認められ。……特例で、Dランクに、昇格した。
Eランクから、Dランク。……うん、また、一つ。……まあ、今回は、街を、救ったんだから、当然、よね。(もっとも、この昇格速度自体が、異例中の異例、なのだが、私は、やはり、当然だと、思っている)
……ただ。
私は、まだ、知らなかった。
私が、あの、防衛戦で、精霊を、ぶん投げまくった、あのやり方が。……ある、人々の、目には、まったく、違うふうに、映っていた、ことを。
……英雄でも、なく。……謙虚な、大魔法使いでも、なく。
……とんでもない、"何か"として。
(第10話 了)




