第11話 聖女か、魔王か
街は、救われた。
そして、私は、一夜にして、時の人に、なっていた。
◇
防衛戦の、翌日。
街の、広場には、大勢の、人が、集まっていた。命を、救われた、住民たち。生き延びた、冒険者たち。……その、誰もが、口々に、あの、防衛戦の、英雄の、話を、していた。
……つまり、私の、話を。
「聞いたか? Eランクの、新人の、女の子が、たった一人で、群れを、食い止めたって」
「土も、風も、火も、無詠唱で、操ったらしいぞ」
「しかも、あんな、力を、持ってるのに、"自分の力じゃない"って、謙遜したんだと」
「なんて、謙虚な……まるで、聖女様みたいだ」
……聖女。
その、言葉が、ちらほら、聞こえ始めていた。……ふふ。聖女。悪くない、響き。
◇
ところで。
この、私を、称える、大合唱の、外側で。……まったく、別の、反応を、していた、者たちが、いた。
まず、一人目。
私の、隣に、ふわふわ、浮いている、チュートリアル……イフリートが、めずらしく、むっつりと、黙り込んでいた。
「なによ、チュートリアル。浮かない顔して」
『……浮かない顔も、しますよ』イフリートは、低い声で、言った。『あなた、昨日、精霊たちを……土の子も、風の子も……あんなふうに、つかんで、投げつけて。……あの子たち、みんな、怖がって、泣いてました。……精霊はね、ミライさん。道具じゃ、ないんです。……敬意を、もって、力を、貸してもらう、ものなんです。……あんな、扱いは、あんまりです』
「あら。でも、街は、救えたでしょう」
『……それは、そうですけど……』イフリートは、言葉に、詰まって、それから、ぼそっと、呟いた。『……あなた、いつか、精霊たちに、そっぽを、向かれますよ。……水の子みたいに』
「……ふん。そのときは、そのときよ」
私は、軽く、聞き流した。……このときは、まだ、その、言葉の、重さを、わかって、いなかった。
◇
二人目、と、三人目は。……昨日、援軍として、駆けつけた、王都からの、Aランク冒険者の、中に、いた。
……賢者パーティー、と、呼ばれる、精鋭。魔法の、深奥を、究めた、者たち。
彼らは、広場の、片隅で、私を、遠くから、見ながら。……深刻な、顔で、囁き合っていた。
一人は、長い、耳を、持つ、エルフの、老女。……エルフの、大賢者。
彼女の、目は。……怒りに、燃えていた。
「……見ましたか」エルフの大賢者は、絞り出すように、言った。「あの、娘。……この地に、根付いた、精霊たちを。……つかんで、投げて。……道具のように、使い、捨てた。……自然の、恵みたる、精霊を。……あんなふうに、冒涜する、者を。……私は、初めて、見ました」
その、声は、震えていた。
「精霊は、我らと、共に、生きる、隣人。……敬い、感謝し、対等に、力を、借りるもの。……それを、あの、娘は。……力ずくで、ねじ伏せ、使い潰した。……神をも、恐れぬ、罰当たり。……あれは、英雄などでは、ない。……あれは……災いです」
◇
もう一人は。……王都から来た、魔導士の、賢者。
彼は、エルフの大賢者とは、別の、意味で。……戦慄していた。
「……いや、しかし」魔導士は、乾いた声で、言った。「あなたは、"冒涜"と、言うが。……私は、そもそも、あれが、できること自体に、震えているのだ」
「……と、いうと?」
「精霊を、つかむ。……投げる。……簡単に、言うが」魔導士は、額の、汗を、拭った。「そもそも、精霊が、"見える"だけでも、賢者級の、力が、要る。……まして、原初級の、高位精霊を、複数、同時に、しかも、あんな、力ずくで、従わせるなど。……我々でも、不可能だ。……あの、魔力量は、人間の、領域を、超えている」
魔導士の、声が、掠れた。
「……私は、一つ、思い当たる。……最近、隣国の、王都で。……異世界から、"勇者"を、召喚する、儀式が、行われた、という。……そして、あの娘も。……聞けば、異世界から、来た、者だという」
「……まさか」
「……もし。……あれが、召喚の、際に、紛れ込んだ、"何か"だとしたら」魔導士は、ぞっと、したように、言った。「……あれは、勇者の、対極。……魔王の、器かも、しれん」
◇
……こうして。
同じ、一人の、私を、見て。
街の、人々は、「英雄」「聖女」と、崇め。
エルフの、大賢者は、「災い」「罰当たり」と、憤り。
王都の、魔導士は、「魔王の、器か」と、恐れた。
……そして、四人目。
避難していた、住民の、中から、駆けつけてきた、あの、気弱な、少年は。……この、騒ぎを、見て。……頭を、抱えていた。
「……あーあ」少年は、遠くから、私を、眺めて、ため息を、ついた。「……ミライさんを、あんなに、調子に、乗せちゃって。……あの人、絶対、いい気に、なってるよ……。……もう、しーらない……」
……唯一。少年だけが、真実を、知っていた。あの英雄が、ただ、かっこいいことを、したかった、だけの、いつもの、ミライさんだ、ということを。
◇
……で。当の、私は、というと。
そんな、四者四様の、視線には、まったく、気づかず。……広場の、真ん中で、ちやほやされて、すっかり、いい気分に、なっていた。
「聖女様! ぜひ、一言、お言葉を!」
誰かが、そう、叫んだ。……お言葉? ふふ。いいわ。この、私が、民に、語りかける。……こんな、おいしい、シチュエーション、逃す手は、ない。
私は、広場の、一段高い、台の上に、上って。……集まった、人々を、ぐるりと、見回し。……声を、朗々と、張り上げた。
「――民の、皆さん」
……ざわ、と、広場が、静まった。
◇
「昨日の、戦い。……確かに、私は、力を、振るいました」私は、芝居がかった、口調で、語り始めた。「でも、勘違い、しないで、ほしいの。……あの勝利は、私、一人の、手柄では、ありません」
……我ながら、いい、出だし。
「城壁に、立った、冒険者の、皆さん。矢を、放った、人。魔法を、唱えた、人。……逃げずに、街に、残って、戦った、一人ひとり。……そして、避難しながらも、私たちを、信じて、待って、くれた、住民の、皆さん」
私は、両手を、広げた。
「あなたたち、全員の、勇気が、あったからこそ。……私は、戦えたのです。……この勝利は、私たち、みんなの、勝利です!」
……ふう。決まった。(※中身は、ほぼ、その場の、思いつき)
――わあああっ!
広場が、割れんばかりの、歓声に、包まれた。
◇
「……聞いたか、今の、お言葉を……!」
「あんな、力を、持ちながら、手柄を、民に、譲るなんて……」
「まさに、聖女だ……! 聖女様が、この街に、降臨されたんだ!」
「聖女様! 聖女様!」
……あら、あら。すごい、熱狂。……ふふ。悪くないわ、これ。
「――いや、待て!」誰かが、叫んだ。「聞いた話だと、あの方は、異世界から、来たらしい。……王都で、勇者が、召喚されたって、話と、繋がってるんじゃ……。……つまり、あの方は、召喚された、伝説の、勇者様なのでは!?」
「勇者様!?」
「いや、あの、賢者のような、力……賢者様、では……!?」
「聖女様だろ!」
「勇者様だ!」
「賢者様だって!」
……広場は、大混乱に、なった。私を、めぐって、「聖女」だの、「勇者」だの、「賢者」だのと、称号が、乱れ飛ぶ。
……ふうん。聖女、勇者、賢者。……どれも、悪くない、響き。……さて、どれに、しようかしら。
◇
――と、そこまで、考えて。
私は、ふと、思い直した。
……いえ。
聖女でも、勇者でも、賢者でも、ない。……そんな、ありきたりな、肩書きに、収まる、私じゃ、ない。
私は、台の上で、すう、と、息を、吸い。……髪を、かき上げて。……とびきりの、笑みを、浮かべて、言った。
「――どちらでも、ないわ」
ざわめきが、止まった。
「私は」私は、胸に、手を当てて、高らかに、名乗った。
「――湊ミライよ」
……ふふ。
(……ああ、決まった。……今の、私、きっと、すごく、かっこよかったわ)
……称号なんて、要らない。私は、私。……この、湊ミライという、名前、ひとつで、充分。
……そう。……たとえ、この先。「英雄」と、崇められようが。「災い」と、疎まれようが。「魔王」と、恐れられようが。……関係ない。
私は、ただ、私の、やりたいように。……かっこよく、生きて、いくだけ。
……もっとも、この、能天気な、名乗りが。……のちに、この街だけでなく、王国、いえ、この世界の、勢力図を、まるごと、揺るがす、大騒動の、はじまりに、なることを。
……このときの、私は、やっぱり、これっぽっちも、気づいて、いなかったのだった。
(第11話 了 )




