第1話 聖女、詠唱に凝る
さて、状況を整理しましょう。
私は、湊ミライ。街を、救った、英雄。……いえ、聖女。冒険者ランクは、Dランク。そして、街の、みんなから、崇められる、時の人。
……なのに。
なぜか、実力は、あの防衛戦の、前と、ほとんど、変わっていなかった。
◇
いい? 正直に、言うわ。
私は、今でも、基本的に、スライムしか、倒せない。
……いえ、正確には。詠唱が、ほんの少し、早口に、なったおかげで。動きの、鈍い、魔物なら、多少は、当てられるように、なった。……でも、それだけ。相変わらず、あの、長ったらしい、かっこいい詠唱を、やめる気は、ないので。すばしっこい、魔物には、いまだに、逃げられる。
「……これ、Dランクの、実力なのかしら」
『いえ、まったく、Dランクの、実力では、ないですね』
私の、隣で、ふわふわ浮いている、チュートリアル……イフリートが、即答した。
「あんたに、聞いてないわよ」
『すみません』
……ちなみに、私が、Dランクに、昇格できたのは。あの、防衛戦で、精霊を、ぶん投げまくって、街を、救ったから。……つまり、実力じゃ、なくて、功績。……まあ、細かいことは、いいの。
◇
……で。
その、防衛戦の、あと。私には、ひとつ、やらなきゃ、いけない、ことが、できていた。
夜な夜な。私の、枕元に。……精霊たちが、文句を、言いに、来るのだ。
『ミライさぁ……あのときの、投げ方、ひどくない……?』
『ぼく、風の刃、出すの、あんな、雑に、やらされて……。……こう、もっと、丁寧に、扱ってほしいっていうか……』
『土の、壁だって、いきなり、ぶんって、投げられて。……びっくりした、もん……』
……そう。私は、あの防衛戦で。近くに、いた、精霊たちを、片っ端から、つかんでは、投げ、つかんでは、投げ、して。……道具のように、こき使ったのだ。
精霊たちは、それが、よほど、こたえたらしく。……こうして、毎晩、恨み言を、言いに、来る。
「……はいはい。悪かったわよ」
『ほんとに、思ってる……?』
「思ってる、思ってる」
『ぜったい、思ってない……』
……ちっ。鋭い。
◇
……で、まあ。
私も、鬼じゃ、ない。……さすがに、悪いことを、したな、とは、思っている。(ちょっとだけ)
なので、私は。……アフターフォローを、することに、した。
土の精霊が、怒っていれば。……荒れた、畑を、耕して、土を、ふかふかに、してやる。
水の精霊が、拗ねていれば。……詰まった、水路の、ゴミを、さらって、水の、流れを、良くしてやる。
森の精霊が、しょげていれば。……枯れ枝を、片付けて、森を、整えてやる。
……ええ、そうよ。冒険者の、私が。畑を、耕し、水路を、掃除し、森の、手入れを、している。……傍から、見たら、ただの、働き者の、村人。
「……なあ、少年」私は、鍬を、握りながら、隣で、種を、蒔いている、あいつに、聞いた。「……私、なんか、冒険者らしいこと、してた、っけ」
「……さあ」少年は、遠い目を、して、言った。「……でも、まあ。……いいこと、してると、思いますよ。……たぶん」
……ちなみに、この、償いの、あいだ。私に、収入は、ない。(畑を、耕しても、お金には、ならない)……なので、生活費は、相変わらず、少年の、稼ぎに、頼っている。
……でも、いいの。これは、けじめ。悪いことを、したら、ちゃんと、償う。……私は、そういう、ところは、ちゃんと、してる、女なの。
◇
……で。
この、地道な、償いが。……思わぬ、実を、結んだ。
まず。あの、防衛戦の、とき、火球を、ぶつけられて、怒って、出て行った、水の精霊――ウンディーネが。……そろりと、戻ってきた。
『……ふん。……別に。あんたのこと、許した、わけじゃ、ないんだから』ウンディーネは、つん、と、澄まして、言った。『……ただ。……水路、直してくれたの。……ちょっとだけ、見直しただけ』
「あら、素直じゃ、ないのね」
『……あんたに、言われたく、ない』
……こいつ。生意気。でも、まあ、戻ってきて、くれたなら、いいわ。
そして。……もっと、すごいのが、来た。
ある朝。私の、周りに。……ふわり、と。あたたかい、金色の、光が、現れた。
『……はじめまして』
その、光は、他の、精霊とは、格が、違う、清らかな、気配を、まとっていた。
『わたしは、光の、精霊。……あなたが、荒れた、土地を、慈しみ、精霊たちを、労わる、姿を、見て。……力を、貸したく、なりました』
◇
「光の、精霊……?」
『はい』光の精霊は、やわらかく、微笑んだ(ように、見えた)。『わたしの、力は……癒し。傷を、癒し、疲れを、いやす。……たとえば』
その、光が、私の、手のひらに、触れた。……すると、火球の、練習で、負った、火傷が。……すうっと、消えて、いった。
「……おお」
『……主に、あなたの、火球の、二次災害を、癒すことに、なりそうですが』
「……余計なこと、言わなくて、いいわ」
でも。……これは、地味に、ありがたい。私、火球を、撃つたびに、加減を、間違えて、自分まで、こんがり、しかけるから。……専属の、ヒーラーが、いるって、心強い。
『その、かわり』光の精霊は、言った。『わたしを、この地に、繋ぎとめている、光の、土地神さまへの、お祈りは……欠かさないで、くださいね。……社の、掃除も』
「……お祈りと、社の、掃除」
『はい』
……あら。また、仕事が、増えた。畑に、水路に、森に、今度は、社。……私、本当に、冒険者、よね? 村の、雑用係じゃ、ないわよね?
◇
……で、まあ。
こうして、私の、周りには。……すっかり、たくさんの、精霊が、集うように、なった。
火の、イフリート。水の、ウンディーネ。光の精霊。……その他、土だの、風だの、小さいのが、わらわら。
……ふふ。見なさい、この、光景を。私の、周りに、これだけの、精霊が、群がって。……もう、完全に、私、精霊たちの、アイドルね。
「……あんたたち。私のこと、大好き、でしょう」
『……えっ』
『……いや、そういうんじゃ、なくて』
『ぼくら、ただ……ミライが、ぼくらのこと、"見える"し、"話せる"から……。……珍しくて。……久しぶりに、できた、友達、っていうか……』
「はいはい。……照れちゃって、かわいいわね」
……精霊たちが、なにか、顔を、見合わせて、いたけど。……まあ、いいわ。アイドルの、宿命。……ファンの、気持ちは、汲んで、あげないと。
(……このとき、私は。精霊たちが、本当は、私を「アイドル」でも「主人」でもなく。……ただ、久しぶりに、できた、対等な「友達」として、見ていた、ことに。……まったく、気づいて、いなかった)
◇
……そして。ある日。
私は、精霊たちに、ひとつ、相談を、持ちかけた。
「……ねえ、あんたたち。私、そろそろ、稼がないと、まずいの。ずっと、少年に、養われてるの、さすがに、悪いし。……でも、私、詠唱が、長くて、スライムしか、倒せないでしょう。……どうしたら、いいと、思う?」
『あー……それなら』イフリートが、言った。『よかったら、俺たちが、手伝いますよ』
「手伝う?」
『はい。……ミライさんが、その、長い詠唱を、してる、あいだに。……俺たちが、勝手に、魔物を、攻撃します。……ミライさんの、詠唱に、合わせて。……火、水、土、風、光……みんなで、いっせいに』
……。
……え。それって。
◇
さっそく、試して、みた。
ダンジョンで、魔物と、遭遇。私は、いつものように、手のひらを、掲げ。……朗々と、詠唱を、始める。
「――古より、紡がれし、原初の、焔よ。我が、手に、宿りて……」
……すると。
私が、詠唱している、あいだに。……周りの、精霊たちが。炎を、水を、土の礫を、風の刃を、光の、弾を。……次々と、魔物に、叩き込んでいった。
――どがががががっ!
魔物は、悲鳴を、上げる、間も、なく。……あらゆる、属性の、魔法に、蹂躙されて、消し飛んだ。
……私が、詠唱を、唱え終える、前に。
「……あら。……もう、終わったの」
『はい。終わりました』
「……私、まだ、火球、撃ってないんだけど」
『撃たなくて、大丈夫です。……俺たちが、やっときました』
……なるほど。
……つまり。私は。……詠唱、してるだけで。……いい、ってこと?
◇
……これは。……革命だった。
私は、もう、無理して、火球を、撃たなくて、いい。ただ、かっこよく、詠唱を、唱えて、いれば。……精霊たちが、勝手に、全部、倒してくれる。
……ふふ。ふふふ。
私は、詠唱に、集中、できる。あの、長くて、荘厳で、感情の、こもった、渾身の、詠唱に。……もう、途中で、魔物に、逃げられる、心配も、ない。(だって、精霊が、倒しちゃうから)
……そう、なると。私の、詠唱は。……日に日に、長く、荘厳に、芝居がかって、いった。
◇
……そして。
私が、あの防衛戦で、街を、救った、という、噂は。……じわじわと、広まって、いた。
その、噂を、聞きつけた、冒険者たちが。……ある日から、私の、戦いを、見物に、来るように、なったのだ。
「あれが、噂の、聖女様か……」
「見ろ、あの、詠唱……なんて、荘厳なんだ……」
「一言、一言に、魂が、こもってる……!」
……観客。……ギャラリー。
私の、詠唱を、見て。聞いて。……感嘆する、人々。
……ぞくぞくする。
私は、ここぞとばかりに、声を、張り上げた。手のひらを、天に、掲げ。髪を、なびかせ。……とびきり、荘厳に、感情を、込めて。
「――我は、原初を、統べる者。焔よ、奔れ。すべてを、灰燼に、帰す、我が、意志の、ままに――ッ!」
――どがががっ!(※精霊たちが、魔物を、倒す音)
「……おおおおっ!」
「す、すげえ……!」
「聖女様、万歳……!」
……ふふ。
……ああ、気持ちいい。……見られてる。……認められてる。……称えられてる。
……これよ。これが、欲しかったの。
◇
……ちなみに。
この、私の、「詠唱」は。……よくよく、考えると。……攻撃でも、なんでも、ない。ただの、パフォーマンス。実際に、魔物を、倒しているのは、精霊たち。私は、ただ、映える、呪文を、朗々と、唱えて、いるだけ。
……でも、そんなこと。観客には、わからない。精霊は、彼らには、見えないから。……彼らの、目には。「一人の、聖女が、荘厳な、大魔法を、操っている」ように、しか、見えない。
……そして、当の、私も。……そんなこと、どうでも、よかった。
だって。……こんなに、たくさんの、人に、見られて。……称えられて。……気持ちいいんだもの。
……何も、しないのに。最強で。称賛されて。……ああ、私、いま、人生で、一番、輝いてるかも。
(……この、絶頂が。……もう、すぐ、傷だらけの、旧友の、帰還で。……ひっくり返される、ことも、知らずに)
(第1話 了)




